離れていても

ユリノェ

離れていても

 クリスマスも過ぎた年の暮れ。仕事納めをした大人たちも、のんびり過ごしていることだろう。ベッドに横たわっている私もその一人……とは言えなかった。熱を出して仕事を納められなかった私は、やむなく静養せざるを得なかったと言う方が正しい。職場には迷惑をかけてしまい、申し訳ない気持ちだ。社会人一年目、慣れない生活の中で体調には気を付けていたつもりだが、まさかこんな年末に風邪をひくなんて。

「はぁ……」

 溜め息をついても、一人暮らしの部屋に返ってくる返事はない。きちんと仕事納めができなかった罪悪感もだけれど、もう一つ心残りがあった。本当なら、年末は一緒に過ごすはずだったのだ。気の置けない友達と。同い年だが彼女は短大卒で、私より一足先に社会人生活をしている。今年は一人暮らしを始めた私の部屋に呼んで、紅白でも見ながらダラダラと年越ししようなんて数週間前に話していた。

 この有様を説明して『ごめん』と送ったメッセージには、やがて既読がついた。『気にすんな、ゆっくり寝なよ』と、シンプルながらも心のこもった返事が来る。

 食欲も無いし、とりあえず寝る事しかできないというのも、つらいものだ。忙しくて買い出しにも行けていなかったっけ。冷蔵庫にあるもので年を越せるかな。風邪薬、といっても市販薬だけれど、飲むために何か少しでもお腹に入れないと……ああ、その前に薬のストックはあっただろうか。

 重い頭でそんなことをぼんやりと考えていると、スマホがピコンと鳴る。『起きられそうだったら玄関見てみて』というメッセージ。

「……どういうこと?」

 私はゆっくりと起き上がり、玄関の方へと歩く。ドアスコープを覗いても、誰もいない。ドアを開けてみてもやはり誰かがいるわけではなかった、が──

 外を見ると、ドアの取っ手に袋が下がっていた。もしかして、ついさっきまで此処に?

 部屋に戻って中を見てみる。トロトロすぎないプリン、フルーツがゴロゴロ入っていない小さなゼリー、私の好みのものばかり。風邪の時に食べやすい、すごく有難いやつだ。それにいつも使っている市販薬。切らしそうだったから助かった。こんなに私のことをわかっているの、彼女しかいない。

「もしもし?」

 体はまだ元気じゃないけれど心は軽くなって、気づけば通話ボタンを押していた。

「見たよ。ありがとう」

『おー』

「てか、来てたならピンポンして直接わたしてくれたら良かったのに」

『行こうかって事前に言ってもさ、風邪うつしちゃうからダメって断るでしょーあんた』

 だからサプライズっぽくした、と笑い声がする。確かに私ならそう言っていただろうなと思える。私のことを無理に起こさないようにというのも気遣ってくれたのだろう。

『ちゃんと鍵は閉めた?』

「うん、大丈夫」

『起きてて平気?』

「うん、ちょっと楽になってきた。もらったやつ食べようと思う」

 テーブルに並べた有難いお見舞い品の中から、私は一つ選ぶ。

『どれから食べるか当てよっか。んーとね……ゼリー、りんご味の』

「え、なんでわかったの!」

 私の手にはまさにそれが握られていたのだ。

『なんとなくだよ。ちなみに私も今それ食べてる』

「ほんとにー?」

『ほんとほんと』

 顔は見えなくても、その表情はきっと笑顔だというのがわかる。

 こうして同じものを食べて、同じ時間を過ごしている。一緒にいなくても、一緒にいるみたいだ。

 口当たりの良い柔らかさと、りんご味の程よい酸味が爽やかに喉を過ぎていった。

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離れていても ユリノェ @yuribaradise

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