第7話 スカベンジャーの幽霊譚
芦屋ユーキは途方に暮れた。
周囲は、モンスター、モンスター、モンスターで四方を囲まれ、逃げ場がない。
スライム、ゴブリン、ウルフ、バット、オーク、オーガ、ベア、ワーム……選り取り見取りだ。
どこを見ても、モンスターである。
「……これはもう、年貢の納め時かもしれねえな」
思わず引きつった笑みが浮かぶ。
帰り道で、スケベ心を出したのが悪かった。
いやだって、宝箱なんて滅多に出ないんよ!
何かあると思うじゃん!?
あったのは、テレポーターのトラップでした。
そして送られてきたのが、このモンスターハウスである。
今も警報が鳴り続け、部屋は赤い照明が明滅していた。
この窮地を脱出する方法は二つあり、一つは何とかこの部屋の扉を抜ける。
もう一つは、モンスターを全滅させる。
一つ目はそもそも、扉がどっちの方向にあるのか分からない。
もう一つは、ユーキにその戦力がない。
ユーキはそこそこの腕前を持つレンジャー、いわゆる狩人の上級職だが、この数に対応できる技量は持ち合わせていないのである。
加えて、背中に大量の荷物を背負っている。
ユーキは探索者であり、同時にスカベンジャーと呼ばれる仕事にも就いていた。
本来の意味は、死骸を漁る動物を意味するが、探索におけるスカベンジャーは、死体や探索者協会に登録した際に発行されるタグの回収者を意味していた。
ダンジョンの探索は当たり前だが、命の危険が伴う。
そして、ダンジョンの中で死んだとして、それを確認してもらう術が限られている。
探索者に、発見してもらうしかないのだ。
それ以前に、モンスターに食い散らかされてしまう可能性も大いにある。
スカベンジャーは、そうしたダンジョンで命を失った探索者の遺品を回収する。
もちろん、使う者がいなくなった装備品を回収して売り捌くこともあるが、行方不明となった家族の捜索を依頼される場合もある。
探索者のタグは、探索者協会に届けると、それなりの報酬を得ることが出来る。
危険地帯におけるタグの回収は、行方不明者となった探索者の生死確認という意味で、大いに推奨されているのである。
今回、ユーキは探索者の家族に依頼される形で、ダンジョンに潜った。
探索者が帰ってこない。
今回その探索者は仲間達と共に、階層主に挑むと言っていた
複数パーティーによる共同作戦で、その人数実に十六人。
なお、十六人全員が未帰還であった。
結論から言えば、彼らは全滅していた。
階層主のものと思われる大きな魔石も残っていたので、相打ちだったのだろう。
そして勝者がいないので、この魔石は回収するユーキのモノである。
「……正確には、生きて持ち帰ることが出来れば、なんだよなあ」
ユーキは背中のリュックに意識を向けた。
荷物が多い。
十六人分のタグに階層主や眷属の魔石。
加えて探索者の装備もかなりよかったので、武器やアイテム類も回収してあった。
頭の中で、脱出を算段する。
頼みの綱は、手の中にある閃光弾だ。
わずかな時間、モンスター達の動きを止めることが出来る。
これを地面に叩き付け、同時に四方のどこかにある扉に到達して、このモンスターハウスから出る。
この手の状況での手掛かりは、モンスターの質にある。
大抵、一番モンスターの層が薄いところか、逆に最も厚いところのどちらかに扉があるというのがセオリーである。
また、モンスターの質も判断の基準となる。
問題は、今回どの方角も同じ厚さだし、モンスターの質もまんべんなくという状況なので、本当に博打になってしまうのだった。
「笑うしかねーな、これは……」
だが、やらなければ、やられるだけ。
これだけのモンスターに襲われれば、おそらく死体も残らないのではないか。
ユーキと、彼を取り囲むモンスター達との距離がわずかに――詰まった。
その瞬間、ユーキは閃光弾を床に叩き付けた。
世界が白く染まり、ユーキはリュックを捨てた。
十六人分のタグだけは全て、ジャケットのポケットに入れてあった。報酬は激減するが、命には替えられない。
モンスターとモンスターの間を素早くすり抜け――そしてたどり着いた壁に、扉はなかった。
閃光弾の効果は切れ、モンスター達が一斉にユーキに振り返った。
ユーキは全身から力が抜けそうになるのを、何とか踏ん張った。
武器であるナイフを抜き、構える。
まだ、終わっていない。
まだ、生きているし、武器もある。
勝ち目はほぼないが、最後まで行き足掻いてこそ、探索者である。
覚悟を決めたユーキに、モンスターが一斉に襲いかかった。
数分後、どれだけのモンスターを仕留めたか忘れたが、ユーキはまだ生きていた。
満身創痍である。
全身に無数の切り傷や噛み傷が生じ、ナイフも折れた。
「ぜえ……はあ……」
モンスターの壁は、未だ健在だ。
膝の力が抜け、ユーキはその場に崩れ落ちそうになった。
切れた口の端から流れた血が顎から、下へと垂れ落ちる。
破れたジャケットからはみ出たタグの一つが、その血を受け止めた。
その時である。
『――しょうがねえな。手を貸してやろう』
そんな声が、ユーキの頭に届いた。
顔を上げると、そこには鎧を着込んだ大きな男の背があった。
ただし、半透明の霊体である。
それも一つだけではなく、二つ、三つ……ユーキの視覚で確認できるだけでも五つはある。
『――十六体な』
ユーキの正面にいた男の霊体が振り返り、その髭面がニヤリと笑った。
『――お前さんには、ちゃんと家に帰してもらわなきゃ困るからよ、今回限りだ』
探索者協会の受付で、芦屋ユーキはダンジョン内であったことを報告した。
「はー」
案の定、受付嬢は呆れた声を上げ、タイピングの手を止めていた。
「うん、信じてもらえないのは分かる。分かるけど、一応こっちも報告はちゃんとしなきゃと思ってね」
十六人の幽体に守られ、芦屋ユーキはモンスターハウスを脱出することができた。
一旦捨てたリュックも回収し、疲労困憊の肉体を叱咤しながら、何とかダンジョンの外に出ることができたのだった。
ちなみに霊体は、モンスターハウスのモンスターを脱出させると、そのまま消えてしまっていた。
「……まあ、ダンジョンはまだ、人類には分からない色々不思議なこともありますしね。信じないとは言いません」
「信じるとも言わないけど?」
ユーキが皮肉げに言うが、受付嬢は微笑んだままだった。
「はい。十六人の霊体が、タグの回収者である芦屋さんを守ってくれて、何とかモンスターハウスを脱出した、と。報告書にも記載しておきます。回収、ありがとうございました」
「あ、魔石と消耗するアイテム系はいつも通り俺がもらうけど、武器とか装飾品は遺族の方に渡してくれる?」
「おや、珍しいですね」
普段は、武器や装飾品もユーキのモノとして、売り捌く。
それは責められることはないし、探索者としては正当な報酬の一つとして認められている。
なので、今回は特別だ。
「基本、信心深いつもりはないけど、ああいう目に遭うと、どうしてもね。遺族も遺品はあった方がいいでしょ。祟られても困る」
「それは確かに。ああでも、そういう出来事あったなら十六人分のタグは、ご遺族と相談して芦屋さんが受け取るというのはどうですか? また、守ってもらえるかもしれませんよ?」
受付嬢の提案に、ユーキは首を振った。
「やめとく。十六人分の戦力は魅力的だが、今回限りって言われたし、何よりタグ十六個は普通に重い」
一つ一つは大したことがなくても、十六個はさすがにキツい。
全部溶かして鎖帷子にでもするならともかく、それこそ本当に祟られかねない罰当たり行為である。
「なるほど。それでは、お疲れ様でした」
「ああ、お疲れ様……家帰ってシャワー浴びて、寝ます」
こうして、芦屋ユーキの少し不思議な探索は、終わったのだった。
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