現代に、ダンジョンが出現いたしまして
丘野 境界
第1話 ノービスはスキルを使えない
「よっ、と」
佐々木ダイキは勢いよく跳躍し、洞窟を飛ぶ蝙蝠モンスターの群れを数匹ナイフで一閃、そのまま側壁に着地と同時に今度は天井へ向かって加速しながら跳躍、ナイフを振るって蝙蝠モンスターを削り、天井でもまた跳躍――数度繰り返した高速の立体機動で、蝙蝠モンスターを全滅させた。
倒された蝙蝠達は小石程度の魔石と化し、地面に散らばっていく。
ダイキの視線は着地の直前、ポカンと口を開けて立ち尽くしている、クラスの委員長、上和泉さくらを捉えた。
そしてその後ろから、さくらを襲おうとするゴブリンがいたことに気付いた。
「上和泉さん!」
ダイキは腰のポーチから鉄球を取り出し、投擲した。
さくらを避けるように異様にカーブした鉄球が、ゴブリンの脳天を破壊した。
ゴブリンもまた、魔石と化した。
戦闘は終了し、この周囲にはもうモンスターはいないようだ。
「いや危ない危ない。大丈夫だった、上和泉さん」
お気楽に言う佐々木ダイキだったが、上和泉さくらはそれどころではなかった。
探索科のある文応高校最寄りのダンジョン。
今回は職業がノービス(初心者)という理由でクラスメイトにパーティーを組んでもらえず、いつもソロで探索しているというダイキを心配して、おせっかいなさくらが同行したのだ。
ちなみにさくら自身の職業は狩人で、武器も弓である。
普段ならゴブリン程度に遅れを取るさくらではないが、ダイキの戦闘スタイルに、不覚にも呆然としてしまった。
いや、そんなことはどうでもいい。
「待って、ちょっと待って下さい、佐々木君」
さくらの頭の理解が追いつかない。
一方、ダイキはキョトンとしている。
「うん?」
さくらはダイキと距離を詰めた。
「君、ノービスだって言っていましたよね? アレは嘘だったんですか?」
「え、何で? あと上和泉さん距離が近い」
「何でも何も『迅足』と『魔弾』使っていたじゃないですか! アレは盗賊と狩人の専用スキルです! ノービスには取得できません!」
さくらは実戦だけでなく座学も熱心だ。
探索者の各種スキルだって勉強している。
ダイキが蝙蝠モンスターを駆逐するのに使用した高速立体機動術は、『迅足』という盗賊スキル。
さくらを避けるように、その真後ろのゴブリンを倒した鉄球投擲術は『魔弾』という狩人スキル。
この二つは、それぞれの職業に就いた後に修得できる、いわゆる専用スキルだ。
ノービスには修得できないのだ。
「いやいやいや、前提条件が間違ってるよ。職業がノービスだから、盗賊と狩人の、いわゆる専用スキルが使えないって言ったよね?」
ダイキは、さくらから距離を取るように少し後退しながら首を振った。
けれど、さくらはそんなダイキの言葉には納得しない。
「言いましたとも。どこが間違っているって言うんですか」
いや、幾つか抜け穴はある。
例えば転職。
実はダイキはノービスではなく、盗賊か狩人の職業になっており、どちらかのスキルを取得。さらにその後、もう一つの職業に転職している、というようなケースだ。
しかし、ダイキの答えは違っていた。
「そもそも、スキルを使っていない」
「ん?」
「だから、その『迅足』も『魔弾』も使っていないんだ」
さくらは、首を振った。
分からない。
ちょっと、ダイキが何を言っているのか、分からなかった。
「でも今さっき、それでモンスターを倒しましたよね?」
そう、さくらの目の前で、ダイキは苦もなく蝙蝠モンスターもゴブリンも倒したのだ。
「じゃあ、とりあえず一旦、ダンジョンから出ようか。石板でチェックしよう」
「分かりました」
二人は一旦、ダンジョンを出ることにした。
ダンジョンは空間に浮かぶ大きな黒い穴だ。
その両脇には人の大きさほどの白い石板がそそり立っている。
市によって周辺は整備され、高い天井が太い柱で支えられ床は石畳と、ちょっとした神社のようだ。
建物の外には、依頼の掲示や魔石の買取を担当する部署や、探索者の腹を満たす売店、武器防具屋なども存在している。
右の石板はダンジョンの階層数やクリア条件などの情報が刻まれている。
そして左の石板は無地だが、ダイキが手を当てると刻印のような文字が表示される。ダイキの探索者としての情報である。
表示されたのは、ダイキがノービスであることと、そのランク。
ランクが高い。
基礎ステータスも、かなり高い。
戦士や魔術師といった専門職に就くと、この基礎ステータスには偏りが生じる。例えば戦士ならば筋力や体力に高い補正が付くが、代わりに知力や精神力にそれは殆どない。
ノービスにはこの補正がない。
ないが……ダイキの素のステータスが、ちょっとさくらが引くぐらい高かった。
少なくとも筋力と体力は、さくらの数倍はある。
これなら、ソロでも充分やっていけるだろう。
いや、今はそれよりもスキルだ。
さくらは、石板に刻まれたスキルの項目を見た。
真っ白だ。
「……スキル、ありませんね」
「だから言ったでしょ?」
納得いった? と、ダイキの顔はしているが、もちろんさくらは納得なんてしていなかった。
「じゃあ、アレは一体何だったんですか。私の見間違え? いや、でもあんな鮮明な見間違えがあるんでしょうか」
「まあ、見間違えじゃないんだけどね。最初から言ってる通り、スキルは使ってない。そもそもないからね」
さくらは、もう一度、石板を見た。
……それは、この石板が証明している。
「じゃあ、一体佐々木君は何やったんですか」
「練習した」
「練習」
眉をひそめるさくらに、ダイキはポケットからスマートフォンを取り出した。
ダンジョン内では電波が届かないが、外に出たのでネットには繋がる。
ダイキがさくらに見せたのは、動画配信サービスの一つだった。
カテゴリは探索者のそれだ。
「ほら、これ。動画配信。スキルの検証とか、色々あるでしょ」
「あります。高ランカーの立ち回りとか、私も結構見ていますから知っています」
さくらは勉強家なので、ダイキが見せたその動画配信サービスも知っていた。
「だから、それを見て練習した」
「練習してできるモノじゃないでしょう、アレ!?」
動画にしたところで、スキルの発動時間やクールタイムに関するモノだ。
スキルとは、石板に表示された時点で自動で使えるようになるモノなのだ。
故に、専用スキル。
どうすれば使えるか、などというモノでは決してない。
練習する、というのはそれは習得してから使いこなす為に行うモノである。
習得する為に練習する、というのは因果が逆転しているのだ。
「うーん、できるスキルとできないスキルがあってさ、例えば『透視』とか『飛行』とかはどうやっても無理な方。でもほら、『迅足』はただ速く移動するだけだし、『魔弾』は投げるだけでしょ?」
「……百歩譲って『迅足』はまだ理解できるけど、『魔弾』は納得いきません」
「いやあ、投げ方とか腕の振り方にコツがあるんだよ。だから、スキルじゃないんだよ。強いていうならスキルもどきだね」
つまり、習得する事で石板に表示され、自動で使えるのが専用スキル。
しかしダイキは自力で習得したので石板には表示されない。それは石板が、ダンジョンが認めたスキルではないから。
故にスキルもどき。
……ふと、さくらは思い付いた。
「もしかして、他の職業のスキル……もどきも使えたりするんですか?」
「まあ、いくつかはね」
「だったら、他の人ともパーティー組めるじゃないですか。どうしてソロなんですか」
これだけ有能なら、ノービスであることを差し引いても、仲間に入れようというクラスメイトはいるだろう。
というか、ダイキは敢えてノービスでいる節も見られる。
さくらの疑問に、ダイキは気まずそうに目を逸らした。
「あー、そこはちょっと話辛いというか。口外しないって契約魔術をしてもいいって言うなら、話してもいいけど」
ダイキは冗談で言ったのだろう。
契約魔術は企業や法律関係で用いられる、高度な魔術であり、使い手は限られている上に高額だ。
一クラスメイトの秘密の為に、使うモノではない。
だが、さくらは頷いた。
「分かりました」
「え?」
今度はダイキが呆気にとられる番だった。
その顔に、ちょっとさくらは一矢報いることができた気がした。
「ウチの両親は法律関係の仕事に就いています。間違いなく公私混同ですが、駄目元で頼んでみます」
「いやいやいやいや、ちょっと待って!?」
慌てるダイキに構わず、さくらは両親に連絡を取る為、自分のスマートフォンを取り出すのだった。
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