第3話

2XXX年 4月7日 17時01分


男子部屋から出て来た美青年、目を擦りながら友理を見上げて声をかけた。

「心音さんの新しい友だち?」

掠れた高めの可愛らしい声、遠目から見たら女の子と間違えてもおかしくない。

「転校生で緑陽の事とか色々教えてもらって」

愛は口を尖らせ「ふーん」と言いながら部屋から出てくる。すると、そのままリビングへ行き冷蔵庫からオレンジジュースを取りだした。心音が気を利かせ食器棚からグラスをコップに置き、愛の細い髪を撫でる。そして、友里を見て言った。


「可愛いでしょっ」

このほんの数分で溺愛しているのが感じ取れた。愛も心音の事はどこか気にかけているようで友里の目をじーっと直視しながら言った。


「どうか、長く付き合ってあげてね」と。

心音もクスッと笑うと更に愛の髪をクシャクシャにし、友里の手を取り女子部屋へ連れていく。今度はどうやら、心音の取っておきの物を見せてくれるようだ。

女子部屋に付くと、部屋の奥の押し入れを開いた。底には幾つもの着ぐるみが用意されている。猫、犬、龍、どれもこれも生物をイメージされているが何処か表情が変な着ぐるみばかりである。友里は唖然としながら心音はその中から猫の着ぐるみを取って、可愛さの共感を求めた。

友里は何とも言えないが一言頷くと、心音は喜んで更にもう一着、犬の着ぐるみを手に取って友里に渡した。

「着て!!」

「え!?」

「ね!!着て!!」

あまりにも目を輝かせる心音を見ると、友里は断る事が出来ずに頷いて言われるがままに着た。そして心音も着ぐるみ着る。お互いの顔は隠れ感情が読めとれないが、何となく心音は喜んでいるように感じた。

「心音ちゃん、これ何?」

「さぁ、地下に行くよ!」

「ど、どういうこと…?」

心音に振り回される友里、今日は何かと急かしい一日だ。女子部屋を出ると、愛がストローでジュースを飲んでいた。着ぐるみを着た二人を見て呆然とする。


(…え?友達にも着せたの……あれ)


「愛!留守番よろしく!」

(僕も今からバイトなんだけど…まぁ鍵持ってるか)


着ぐるみが二体も歩いているとアパートの人間もそれは驚くわけで一階から上がってきていた主婦の方には追って見られる。着ぐるみで階段を降るのは滅多に無いであろう。いつもより慎重に降りている。アパートの地下と言えば、心音との待ち合わせで見た店の事を思い出す。「真逆な」と思う友里だったがその「真逆」を超えた。


「私、ここで着ぐるみDJしてるんだぁ」

「………え!!?」

遊びに来た訳でもなくアルバイトをしている訳でもない。店のDJだった。陽気な性格な一面だけを見たらDJをしている事に驚きはないが、彼女はまだ未成年で学校生活ではイジメを受けている者である。友里の勝手な偏見だが、不良が集いそうな場所でDJをしているなんてギャップでしか無かった。オマケに着ぐるみ付きである。

だが、着ぐるみの心音が店内に入ると店内から歓声が帯びた。


「おっ!キタキタ!ジキルハイド」

「今日も待ってたぜ!ってどっちがジキルハイドだ?」

一般客の男の声、心音はこの場ではジキルハイドという名で親しまれている。だが、今日は着ぐるみが二体も居るものだから会場はやや戸惑っていた。


「そんなのどっちでもいいっしょ、ジキルとハイドってことで」

突然、身体がフリーズした。聞き覚えの声が耳を抜けたからである。


「たしかに!」

クラブの中に菜々子とその囲いの一人である美海の姿がある。それだけでは無い彼女ら二人の背後には純にその連れの男子二人までもが居た。友里は思わず息を飲む。突然吹きでる汗、熱いからではない。

友里が心音に声をかけようとした時、着ぐるみを着た心音が友里の着ぐるみの背中を押した。

「これを着てたら私が私ではなくなるの。これを着た私は無敵なんだよ」

友里を見てサムズアップするジキルハイドの姿。


「さぁぁいいかぁぁクソ野郎どもぉぉぉ!!」

ジキルハイドから聞こえる声は心音のものでは無い。ボイスチェンジャーを使っているのか男性風の声がした。

「今日も盛り上がって狂ぇぇぇ!!!」

ジキルハイドが音楽を流す。よく聞くメジャーな音源に何処か切なさと情熱が感じられる独自のアレンジを加えた楽曲だ。操られるかのように皆がリズムに乗り始めた、まるで別の次元に迷い込んだかのようである。

友里はジキルハイドの背後に寄ると、心音が囁いた。

「好きに楽しんでおいで、今は友里であって友里ではないよ」

その言葉を聞いてふと身体が軽くなった。

緊張が解けたのだ。今は自由。

友里はその場を離れた。

向かった先は菜々子たちの元だった。

目的は一つ、彼女たちの人物像を探ることだ。


菜々子の周りには黄色い歓声が飛び交っていた。

「あれってななちゃむ?」

「え、ホントだ!声掛けていいかな?」

「待ってななちゃむと親しくしてるイケメン誰!?」

「もしかしてカレシ!?」

周辺の女子たちの視線が菜々子に集まっていた。また、その背後にいる純にも一定数の視線が集まっていた。この様に菜々子には同世代の女子らの好感を引くことに優れており憧れの存在という訳もあってクラスでは優位な地位に付いているのだ。純も似たようなもので彼は容姿が優れているだけではなく格闘技のセンスがあり、特別な訓練を受けてる訳でもないのに見様見真似である程度できてしまう天才なのだ。この恵まれたスペックに男子たちは逆らう事ができないのである。


「うっせぇ、菜々子黙らせろ」

「は?うちの評判下がるっしょ」

「…ッチ」

純は人だかりの中を堂々と押しのけていく。

「は?それもやめろし」

菜々子の言い分なんて純には通用しない。純は遠目から視線を送る女子の集団に向かっていった。女子たちは純が近づいてくると何を期待したのか感情が高ぶる。純は警戒されないように、女子たちにふと甘い顔で微笑み前屈みになった。顔を徐々に近づけると突如豹変し、罵声を浴びせた。

「うっせぇんだよテメェら!!クタバレ!」

予想外の出来事に衝撃を受けた女子たちは、目を見張りながら一箇所に身体を寄せ合って固まった。

突然の怒鳴り声に周辺の部外者も目をやった。重なる視線が更に純にストレスを感じさせる。しかし、殺気じみた目付きで周囲に視線をやると凍りついたかのように場が静まり目をやるものは居なくなった。

「うちの評判下がるからマジでやめろし…」

菜々子もドン引くレベルである。

その光景を着ぐるみ越しから見ていた友里も圧倒されるものがあり冷や汗をかかせていた。


問題は続く、哀れな考えを持った不良の民が純に興味を持ちちょっかいを掛けたのだ。

複数人で純を囲って、その集団の顔であろう男が純の正面に経ち左肩に手をかけた。百八十センチを超えているであろうか純よりも若干背が高い。

「おいおい、テメェ、俺らのテリトリーで何騒いでんだ?」

傍観する友里は思う。勝手に縄張り意識を持って勝手に汚されたと勘違いして勝手に怒ってるだけなのではないかと。

「今日はやけにデカいハエが飛んでんだな。」

「あぁ?」

それは一瞬の出来事だった。不良達の視界から純の姿が消え、瞬きをした時には純の正面にいた男が気を失って倒れていたのだ。何が起きたかを語ると、純は瞬時に姿勢を低くし相手の懐に入り込んで顎に拳を一撃下から上へと突き上げるように放っていたのだ。

純を囲っていた三人の不良達はリーダーが倒された事で危機感を覚え一人は純に背後から食らいつくように襲いかかった。だが、フィジカルにも優れている純に振り払われ、後から来ていたもう一人に命中する。残った一人の男は萎縮し完全に怯えていた。

「ご、、ごめんなさぁい」

手遅れだ。男は純に正面から前蹴りを食らい近くのテーブルごと吹き飛ばされ腹部を抑え悶絶する。さらに純は狂ったかのように追い打ちをかけ蹴り続けた。

投げ飛ばされた男たちは怯えるように逃げていった。


彼らは喧嘩を売る相手を間違えた。

圧倒的強者の前では、群れて襲いかかるハイエナのような輩では到底かなうわけが無い。

幸い、純の連れ二人が止めに入ったことで重傷者は出なかった。



2X24年 4月7日 22時47分


心音の自宅、ジキルハイドの役目を終えた心音が戻り友里にお礼を告げた。友里は笑顔を見せると心音の裏の顔に驚いた事を話した。


「現実から逃げたい時はもう一人の自分を作るの。そしたらきっと乗り越えられる」

その言葉は友里の心に強く響く。

すぐには想像が出来ない。しかし、少なくとも今日の体験は明日からの生活に前を向けるきっかけになった。


新居に帰宅する友里、まだダンボールが幾つか残ってある。酷く疲労した身体を休めるべく食事の前にバスルームに向かいシャワーを浴びて湯船へと浸かった。

ふと、今日の出来事を振り返ると改めて濃い一日で最悪な一日だったと感じる。だけど、新鮮で新しい人生の一歩だとも再認識した。


友里自身大きく変化した事もある。

(ちょっと静か過ぎるかな…)

無音のバスルームにスマートフォンから音源が流れた。音が反響し合い少し耳が痛い。でも、それが友里には心地よく感じ、溜まった湯船に鼻まで顔を沈めた。


(私にはうるさい暗いが丁度いい…のかも)


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