第2話
2XXX年 4月7日 9時57分
【法月心音には関わるな】
【何も知らないのはフェアじゃない】
純の言葉が脳裏を巡る。
友里は心音が入っていったトイレの中へ足を踏み入れた。
トイレから無数に重なる笑い声、そして流れる水の音、友里の目に個室に群がる女子たちの姿が映った。
「な、何しているの?」
無駄な質問である。何をしているか等、分かりきっている事だ。また一人で声を掛けてどうこうなる事情では無い。
「勝手に見んなし転校生」
友里が声を掛けた相手は菜々子とその囲いだ。菜々子の手には便器の水で濡れた顔の心音の髪を握っている。菜々子の合図で囲い達が次々と不気味な笑みを浮かべながら友里に近付いた。
「じゅ、授業中のはずでしょ!こんな…所で」
段々と声が弱くなる。
顎が引けて目線をつい逸らしてしまった。
「授業?笑わせんなし、点数と日数が足りてれば単位が貰える。なら、サボれるだけサボるしかないっしょ」
更に近づいてくる囲いたち、身体が勝手に動いて後退りをしていた。身体が危機感を訴えかける。(どうしよ、逃げなきゃ…)友里は訴えに素直に従い背を向けて咄嗟に逃げた。目を血眼にしてただ走った。何処に行こうかも考えていない。途中すれ違った年輩教師、「廊下を走るな!」と指摘されても友里は気づいていなかった。
校庭に出て前屈みになる。
両手を膝について呼吸を整えた。
一限目終了のチャイムが鳴ると同時に我に返る。
友里は目撃した事実を担任教師に伝えようと、職員室に向かった。職員室の前、言葉の整理は付いていない。
ただ、今彼女に出来ることは大人に頼る事だけだった。
しかし、教師の反応は友里が考えていた物と異なるものであった。
「……んーー、分かった。ありがとうね。」
(それだけ?)
思わず動揺し周囲を見渡す友里、教師は中々友里が出ていかない友里に他に要件があるのか尋ねた。友里が口をどもらせて居ると「心音の件は本人に聞くから」とだけ添えて職員室の奥へと入っていく。
心にモヤが掛かったまま職員室を後にするのC組の教室へと向かった。
友里が教室に付くと、殆どの生徒が次の授業の準備をしていた。居ないのは純率いる男子グループと菜々子とその囲いの女子たちだけだ。
心音は制服からジャージに着替えて既に自分の机に着席していた。
友里が心配して駆け寄ると、菜々子達が会話をしながら教室の中へと戻ってくる。
その声が友里と心音を膠着させた。
菜々子が友里の背後に迫り、左手で友里の右肩に触れ耳元で呟いた。
「覚悟しとけし」
菜々子は友里の横を通り過ぎる。菜々子が顔を若干振り向かせた時に見えた邪悪な笑みが彼女を恐怖させた。
頭が真っ白になる。何も考えられない。
悪寒に襲われながら自分の席に座った。
すると、前方に座る心音が背を向けたまま友里に話しかけた。
「友里ちゃん、私は大丈夫だよ。安心して」
重力が掛かったかのように彼女の言葉は重く霞んでいた。
三限目には菜々子達の姿は消えていた。
彼女が空間に居ないだけで、肩が軽くなる。
友里は心音に声を掛けようと肩に手を指し伸ばした。その瞬間、心音は笑顔で振り返った。
「今日放課後空いてる?」
思いもしなかった言葉と表情に友里は、唖然とした表情で小さく頷いた。
「じゃあ、きまりね!」
それからの事、放課後の出先の場所が書かれた紙を渡された限りで午後休憩の時間も夕方も一度も彼女との会話どころか友里は誰とも会話をしていない。転校生は気になって話しかけられる物だと思っていたが、何故か痛い視線を感じていた。
何となく原因は察していた。
菜々子に目をつけられたからだと。
午後 16時05分
六限が終わる頃には全員が教室に揃っていた。左手側からの菜々子の視線、チャイムの合図と共に友里は逃げるように教室を出た。すると、前方の扉の一番近くの席に座っている純が友里に声を掛けた。
「まだ間に合う」
友里は足を止め座る純を見下ろした。
だが、純は既に何食わない顔で友人と会話を始めている。友里は、純に気にかけながらもその場を去った。校内放送で職員室に呼び出される心音、虐めの件の事実確認であろう。友里は紙に書かれた住所の元へ先に向かった。
目的地の場所は何とも普通のアパートのような場所で地下には店が開かれている場所だった。雰囲気的に喫茶店かクラブかその辺りである。
電信柱の横でスマホを片手に母宛てにメッセージを送る友里、事実とは正反対の異なる事を青白い顔で光の無い目で打っていた。文面を見ると虚しくなる。送信して顔を上げると底には満面の笑みの心音が立っていた。
(どうして笑えるの?)
「なぁーに暗い顔してるの?ほら、ついておいで!」
そうして、アパートの中へ入っていった。彼女の笑みは偽りだと感じ取れても自然と友里の表情を取り戻させた。
辛い時こそ彼女はきっと笑うのだろう。
心を騙して前を向く強さだ。
階段を昇っている最中に教師にあの出来事の事を話したかどうか友里は尋ねる。しかし、心音は黙ったままで返答は無かった。
アパートの二階、友里は心音の自宅へ案内された。知り合って初日に同級生の家に招かれるなんて想像もしていなかったであろう。いや、初日から虐めの現場に遭遇したり、それが最初にできた友人だったりと想定外のことばかりだ。
「入って」
表札には四つの苗字が書かれている。
「法月」「西宮」「横川」「忌部」
(シェアハウス?)
表札を凝視していた事で友里の疑問を悟ったのか心音は玄関の扉を開きながら事柄を説明してくれた。
家の主はどうやら三年の「横川」という男子で父親が孤児院の施設長らしい。そして、その孤児院で生活していた同じく三年の「忌部」という女子と一年の「西宮」という男子、そして「心音」が横川に引き取られ生活しているらしい。もちろん家賃も分担で払っている。
「今日は三年の二人はバイトかな、愛はいるっぽい〜!ねぇ愛〜!いるーー?」
学校という呪縛から開放された心音はやけに明るい。彼女自体元々明るい為、これが本来の姿である。リビングに入る心音、友里も小さな声で挨拶をし中へ入った。床全面がフローリングで清潔に保たれいる。観葉植物が置かれており、柑橘系の芳香剤の匂いがした。
2LDKで男子と女子で部屋が分けられているようだ。都会のアパートなら割と賃金はかかるだろうが四人で過ごしているなら余裕で生活は成り立つだろう。
男子部屋の扉が閉められていた。心音はノックをして中に居る愛を呼んだ。するとゆっくりと男子部屋の扉が開いた。
「…ねぇ、なにぃ〜仮眠してたんだけど」
男子部屋から顔を覗かせたのは小柄で純白な肌の綺麗な橙色の瞳を持つ美青年だった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます