「スキル『不死』が発動しました」

焼畑営業

異世界での地下暮らし

第1話 3度目の正直

人はいつか死ぬ。そう思いながら、悔いのない人生を歩んでいたつもりだった。だが、いざ自分の番になったとき、自身の運命を飲み込むことが出来なかった。


ひどい寒さと窒息感が消え、体から切り離された意識で俺は願う。

―神様。どうか来世があるのなら、死なない体に生まれたいです―



          △▼△▼△▼



―とある葬式会場にて―


「残念ね。才木 さんとこの息子さんが亡くなるなんて。何でも、川で溺れかけた子供を助けようとしたそうよ。」


「その子供は結局どうなったの?」


「今は入院中らしいわよ。命に別状はないだとか。」


「そう。はじめさんのやったことは無駄ではなかったのね。あの人優しいから、放っておけなかったんでしょうね。いつも“長生きしたい”って言ってたのに・・本当に、バカな人・・・」



          △▼△▼△▼



「ん?ここは?」


目覚めると、俺、才木 はじめは、装飾が散りばめられた一室にいた。少し埃っぽい室内だが、そこのベッド?の上から辺りを見回し、状況を確認する。


俺は釣りのために川に行って、子供を助けようと飛び込んで・・・死んだはずだ。冷たい水の中で必死にもがいた場面を思い出す。それだけで鳥肌が立つ思いだが、子供は助かったんだろうか。せめてそれぐらいは死ぬ前に知りたかったものだ。


疑問は他にもある。俺はなぜこんなところにいるんだ?もしかして、ここが死後の世界だったりするのか?


うんうん唸って考えてみても、現時点ではどれも答えは出そうにない。そうしていると、ある違和感に気づく。まず、自分の髪が異様に長いし色も違う。それこそ前かがみをすると視界が銀色で埋まるほどだ。他にもあるのだが、とりあえず、近くに飾られている古ぼけた鏡で確認する。


ベッドから出て、歩いた先に自分が映った鏡を見る。そこにはお人形さんのような可愛らしい顔の銀髪少女が立っていた。これが本当に俺なのか?だが、その少女には少々長い爪と牙。そして、コウモリのような大きな羽が、肩甲骨の下ぐらいから生えていた。これではまるで・・・


「吸血鬼?」


アニメや映画で見たその姿にそっくりだった。自分が人間ではないことからも、明らかにここは今までとは違う場所のようだ。考えられるとしたら天国か地獄か、この見た目だと俺は地獄に落ちたのか?そんな悪いことしたかな?一応子供を助けようとしたんだけど・・・


というか、なぜか着ていた服の下、特に下腹部の辺りの違和感に気づく。嫌な予感がして、慌てて確認する。


・・・なくなっていた。25年間苦楽を共にした相棒が消えていた。どうやら、吸血鬼には性別がないらしい。


「マジかよ・・・」


種族と性別を否定され、今までのアイデンティティがガラガラと崩れる音が聞こえてくる。現状について脳が理解を拒んでいる気がするが、とにかくまずは落ち着こう。色々あって精神的にも疲れた。俺はさっきまでいた少し硬いベッドに戻ると、すぐに眠りについた。



          △▼△▼△▼


ぐぎゅるるる~


盛大に腹の音が鳴り、俺は目を覚ます。腹が減った。お腹が空くということは、ここは夢ではないのかも。そうなると、ここで生きるにはまず食事が必要だ。手遅れになる前に食料を探さないと。


そのためにはこの部屋から出なければ。俺は先程からあった部屋の扉を開き、外に出る。廊下かどこかに繋がっているのだと想像するが、考えとは裏腹に、扉の外はあまりに違っていた。


外は壁や天井が全てタイル貼りになっており、所々崩れてはいるが、地下の坑道のような場所だった。明かりは無かったが、吸血鬼の特性なのか問題なく視界は明るい。


「どうなっているんだ?さっきまで貴族の部屋みたいな場所だったはずだ。」


確認のために後ろを振り返ると、扉は無くなり所々剥がれたタイルが無機質に広がっているだけだった。


「は?訳が分からない。何が起きているんだ?」


説明がつかないことだらけで不安だが、兎にも角にも今は食料が先決だ。俺は迷路のような坑道を歩き始めた。歩いていると、時々剥がれたタイルの破片が足に当たる。それがまた、不安を募らせた。


しばらく歩いたが、食料が一つもない。歩いている間に、俺は吸血鬼だから食料は人の生き血になるのか?などと考えていた。しかし、流石に飲むのはあまり快くない。ただ、最悪の事態を考えて人に会ったら血を譲ってもらうことにしよう。ここは荒れているとはいえ、かなり舗装されている。誰もいないことはないと思うのだが。


そうしていると左右に分かれる地点、いわゆるT字路に突き当たる。どちらに曲がるのが正解かと突き当たりまで歩きながら考えていると、左の方から足音が聞こえた。


「そこに人がいるのか!」


足音の聞こえる方に舵を切ろうと、左の通路を見た瞬間。俺は急いで来た道を引き返し、しゃがみこんだ。左の通路には明らかに人間でない化け物がいたからだ。背中しか見えなかったが、体型は少年ほどで、緑色の肌と特徴的な耳を持ち、右手には刃物が握られていた。


“ゴブリン”


アニメやゲームなどで見たことはあったが、まさか本物がいるとは。いや、今の俺も吸血鬼だ。もしかしたら、あのゴブリンも俺と同じ元人間かもしれない。


でも、流石にあの見た目の人に話しかける勇気は持ってないよ!分かれ道近くの壁に背中を合わせ、そんなことを考えていると、足音がこちらに向かってくる。


ヒタ・・ヒタ・・


やばいやばいやばい!どうすればいいんだ!?逃げたくても怖くて足が動かねえ!そもそも逃げたとしても逃げ切れるのか!?とにかく息を潜めて隠れれば、何とかなると信じるしかない。そもそもここは明かりが全く無いから暗いはずなんだ。見つからない、見つかるわけがない。


何とか自分にそう言い聞かせた俺は、足音の方角を見ようと視線を少し左に移して気づく。吸血鬼の羽が、道の角からはみ出ていたのだ。前世が人間なのが、災いを招いてしまった。


やば!早く隠さないと!


刹那、風を切るような音が流れる。それは垂直の壁を横に蹴るという、文字通り人間離れした動きの緑の怪物が、俺の首を薙ぐ瞬間だった。




「・・・・・・・が発動しました」

暗い海の底で誰かがそう呟いた気がした。

       △▼△▼△▼





「あれ?ここは?」


今俺がいるのはT字路で、そこでゴブリンに会って、それで。

周りを見ると、赤黒い乾いた血が俺の周囲を覆っていた。


「うっ!!!!!!」


そうだ、あの時俺はゴブリンに殺されて・・・

刃が首元を裂き、肉が抉れ、鮮血が溢れる瞬間が思い起こされる。

痛みがあまりにもリアルすぎる。ここは天国とかそういう類じゃない!現実だ!


「おえっ!あ・・う、かっ、かは!おえっっ」


あまりの衝撃に胃の中身を出しそうになるが、何も入っていないのか出て来なかった。溺れた時は感じなかった殺意に、恐怖がとめどなく溢れる。今思えば、最初の方が冷静すぎておかしかったように感じた。


「あぁ・・うぅ・・、もう嫌だ・・・。」


嗚咽し、地べたで丸まりながら俺は心情を吐露する。


「帰りたい・・・」


人間だった時の友人や職場の同僚、そして両親のことを思い出す。今頃何してるのかな・・・。先週実家に帰ったときは、彼女はできたかどうか、よく聞かれたっけ。できてなくて誤魔化してたけど、バレバレだよな。先に死んでしまって、親不孝な息子で申し訳ない。


ただ、俺はなぜまだ生きているんだ?死んでも生き返るとしたら、なぜ今回は場所が変わったり、身体が変わっていないんだ?なんにせよ、もう死の痛みは経験したくない。


ヒタ・・ヒタ・・


生きていることに疑問を感じていると、またあの足音が左の通路から聞こえてくる。ミスった。俺の泣き声を聞いてやってきたのだろう。姿は見えないが、恐らくゴブリンだ。


今度こそ逃げ出そうとするが、相手は壁を蹴って進める化け物だ。逃げ切れるとはとても思えない。今逃げれば足音で相手に位置がばれるだろう。どうする!?羽を見つけた瞬間殺してくるようなやつだ。話が通じるとも思えない。選択を誤れば俺はどうなる。死んだのになぜか生きてはいるが、今度は生き返られる保証なんてどこにもない。


“殺らなきゃ殺られる”


その現実を目の当たりにし、俺は覚悟を決める。俺自身武器は持っていないが、長い爪や牙で応戦するしかない。ただ、身体能力はあちらの方が上だ。まともに襲い掛かっても避けられるのが関の山。


ヒタ・・ヒタ・・


徐々に大きくなる足音に比例して思考を加速させる。何とか不意を突くことができないだろうか・・・そう考えていると、剥がれたタイルの破片が眼前に飛び込んでくる。これを使っていけるか?だが、他に方法が思いつかない。ええい!覚悟を決めろ。


俺は手に持てるサイズの破片を2つ持ち、1つをゴブリンとは別方向の右に投げた。


カランカラン、カラン・・・


地面に着いた破片は、音を立てて転がり動きを止める。その音が響くのと同時に、ゴブリンが破片に向かって駆けだした。ゴブリンは、目で追うのがやっとのスピードで破片に辿り着くと、不思議そうにそれを見つめる。


この瞬間を待っていた!


じりじりと近づいていた俺はもう一つの破片を右手に握り締め、背後がガラ空きのゴブリンの頭頂部に向かって振りかぶる!


ぐちゅっ!


と、肉を潰す嫌な感触が手に伝わり、命を絶つ直前に一瞬手を止めてしまう。その隙にゴブリンは凄まじい速度で俺から距離を取る。見ると、ゴブリンは頭から血を流していた。地面が赤くなっているのを見ると、ゴブリンの出血量は相当のものであると想像できる。しかし、


「うがあぁ!!!」


怒ったゴブリンは、持っていた刃物で俺に切りかかってくる。が、俺はこれを全身全霊で避ける。流石にあの出血では万全には動けないらしい。


ズザァァッ


俺の背後まで駆け抜けたゴブリンは、ギリッと歯を軋ませたあと、壁に飛びかかる。

そして、俺の周りを壁で横に跳躍し続けながら様子を見ている。俺は目を回しそうになりながら、懸命に姿を追い続ける。


すると、一瞬俺の背後に跳んだとき、好機を逃さないとばかりに切りかかってくる!俺は懸命に避けたが、大きな羽までは避けきれず、羽の一部を切り落とされてしまった。


「いっっっ!」


このままでは俺は攻撃できないで一方的に切りつけられて終わりだ!どうするどうする!?痛みが思考を邪魔する。俺が攻撃できるとしたら、あいつが俺に攻撃するときだけだ。だが、攻撃が速すぎて避けることさえできないぞ!


もう一度死んでしまう・・・今度死んだらどうなる?俺は生き返られるのか!?思考を巡らせていたその時、俺は2回目の死亡時に聞こえた言葉を思い出す。


「スキル『不死』が発動しました」


死んだ衝撃の方が強すぎて今まで忘れていたが、『不死』とは何だ。文字通りの意味なら、確かにこの状況に説明がつく。こうなったら、一か八かの賭けだ。このままジワジワやられるくらいなら、もう一度覚悟を決めてやる!


ゴブリンは一通り様子を見た後、またしても俺の背後から切りかかる。


「がぁ!!!」


俺の背を突こうとしたその一撃は、俺が180°向きを変えたことで腹に吸われた。


グサッ!!


赤い液体がじんわりと吸血鬼の服に伝わり、ゴブリンは勝ちを確信して気色の悪い笑みを浮かべた。もう一度斬撃を加えてトドメを刺そうと刃を引っこ抜くその瞬間。吸血鬼は逃げるはおろか、ゴブリンの背に腕を回して抱きしめた。そして・・・


「捕まえたぞ。クソ野郎。」


そう言った直後、ゴブリンの首筋にその長い犬歯を突き刺した!


「がぁ!がぅ!!!」


ゴブリンは必死に振りほどこうとするが、頭の出血と首から噴き出す血のせいで上手く力が出ない。抵抗している間にも相手の力は強くなっていく。


「がぁ!がぅ!がっ・・・


とうとう出血量が限界値を超えたのか、ゴブリンの首が力なく後ろに垂れた。

俺は、勝った・・のか?


ズキッ!


腹から痛みの信号が送られてくる。刃物が邪魔だなと感じた俺はゴブリンを地面に置き、お腹に刺さった刃物を、腕に力を入れて引っこ抜く。


「っ!痛~~~」


アドレナリンが出ているのか、腹を刺された割に痛くはなかった。それよりも覚悟していたとはいえ、命を初めて奪ったことの方に気持ちが集中していた。初めて見た大量の血を前に俺は・・・涎が出ていた。


なりふり構わず、未だ血が流れ続けるゴブリンの首筋にもう一度噛みつき、血を吸い上げる。あまり美味しいものではないと思うが、食事をしていなかった俺にとっては、まさに砂漠の中のオアシスだった。その間、脳内にメッセージが表示される。


「スキルポイントを2獲得しました。」


ここにきてから分からないことだらけだ。ここではスキルというものがあるらしい。そういや、スキルの『不死』というものを頼ってこんな無茶をした・・が・・・


ドサッ!


体が倒れたまま動かない。流石に無茶をしすぎたらしい。また死ぬのか?

いや。崩れ行く意識の中で俺は決意する。絶対に、この世界で生き抜いてやる。


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