第46話 社畜、母に会いにいく
服を買った俺達は早速母親が入院している病院に向かった。
「おい、オラをこんなところに閉じ込めておく気か!?」
「いやいや、犬が病院に入って来たら問題でしょう」
「オラは犬じゃねぇ! 生粋のツッパリ――」
「犬じゃないならこれはいらな――」
「オラは犬だああああああ!」
車の窓を少し開けて、リーゼントをそのまま車の中に置いていく。
暇にならないように、ちゃんと犬用のおもちゃと棒状のおやつを買っておいた。
この時代にも犬を虜にするおやつは売っていた。
リーゼントなら器用に封を切って食べることができる。
一度できるか確認した時は、袋を何度も貪り尽くすようにペロペロとしていた。
リーゼントはコボルトじゃなくて犬なんだろう。
「ここにいりゅ?」
「ああ、ゴボタは病院がどんなところかわからないもんな」
ゴボタは周囲をキョロキョロと見ていた。
きっとショッピングモールのように買い物カートを探しているのだろう。
「とーたんあれ!」
ゴボタはある人のところに走っていきそうになっていたのをすぐに止める。
「あの人は病気の人だよ。優しくしないとね」
ゴボタは車椅子に乗っている老人を見て、自分も車椅子を押したいと思ったのだろう。
さすがにゴボタが押したら、あまりの速さに乗っている老人の寿命が短くなりそうだ。
「お兄ちゃんこっちです」
手を繋いで待っていると、心菜は看護師に面会の話をしてきたようだ。
「前とあまり変わらないのに、厳しくなっているんだね」
「ええ、魔物に襲われないように頑丈になっていますし、感染症とかが一時期流行っていたんですよ」
俺の知らない間に多くの人が亡くなるほどの感染症が流行っていたらしい。
魔物による影響かエネルギー不足なのか、原因はわからない。
ただ、そのタイミングで能力者が増えたとも言われている。
心菜に付いていくと、ある病室の前で立ち止まった。
「ここがお母さんの病室になります」
「わかった。ありがとう」
その扉の先に母親がいるってわかってはいるが、どこかで俺は受け止められないでいるのだろう。
扉を開けようとしても手が震えて、前に全く手を出すことができない。
「今日はやめときますか?」
「いや……」
――ガラガラ!
「ばぁーたん!」
そんな俺に気づいたのかはわからない。ただ、ゴボタは俺の手を引っ張って、問答無用に病室の中に入っていく。
病院に来る前に、俺の母親はゴボタから見たら祖母だということを伝えていた。
ゴボタは俺にとって子どもみたいなものだからな。
「ばぁー……たん?」
ゆっくりと顔を動かした母の顔はシワシワになり、頬が痩せこけていた。
ついこの間まで電話をしていたし、年末には実家に帰っていた。
そんな母の変わった姿に涙が溢れ出てくる。
「透汰……なの?」
俺はゆっくりと頷く。
ニコリと微笑む姿が、どれだけ見た目が変わってもあの頃の母と変わらない。
ただ、青白くなっている顔は死期が近いということだろうか。
「やっぱり透汰は死んでいたのね……」
母は天国にいる俺が迎えに来たと思ったのだろう。
そのまま眠るように瞼を閉じた。
「とーたん、ばぁーたんねんねしたの?」
ゴボタは心配そうに母の顔を覗き込んだ後に、俺の元へ駆け寄ってきた。
俺はゆっくりと近づいて母に声をかける。
「母さんありがとう」
直接お礼が言えただけでもよかった。
最後に母の声を聞けただけでも、俺にとっては最高の時間になった。
次第に呼吸も浅くなり、モニターの数値が低くなっていく。
ひょっとしたらもうそろそろ亡くなるのだろうか。
俺は看護師を呼びにいくことにした。
「ゴボタいく――」
病室を出ようとしたら、隣にゴボタはいなかった。
振り返るとゴボタは母の上に乗って何かをしている。
「ちょちょ、なにやってんだ!?」
「ゴボォ!」
何かあったのというような表情で俺を見てきた。
何かあったのかと聞かれたら、現状を見たら問題しか感じないだろう。
ゴボタは母の口の中に治癒草をたくさん詰め込んでいた。
そのままダンジョンから持ってきて、ポケットに詰めていたのだろう。
俺が倒れた時に、ゴボタはいつも治癒草をたくさん口に入れていた。
それで俺は目を覚ましていたからだ。
今回もそれで目を覚ますと思ったのだろう。
「心菜ちょっと来てくれ!」
外で待機していた心菜を呼ぶと、急いで部屋に入ってきた。
「お兄ちゃんどうしたの?」
心菜は母の顔を見ると驚いていた。
「顔色が良くなっている?」
治癒草を口に入れた影響か、母の顔色が明るくなってきた。
さらに口を動かすと、瞼がピクピクとしている。
口に治癒草が入っているため、俺は取り出そうとしたら視線を感じた。
「ありゃ……ごごはてんきょくじゃないのかしら?」
母は瞼をパチパチしながら俺と目が合った。
「ばぁーたんおきちゃ?」
「ばぁーたん?」
母は俺の頬に手を触れて優しく撫で――。
――パチン!
優しく撫でるような母ではないことは、俺が一番知っている。
「どこでかくちごうんで……」
さすがに草を入れられていたら話せないだろう。
「まずは草を吐き出したらどう?」
――ペッ!
母は豪快に口に入った草を吐き出した。
末期のガンと聞いていたが、どうやらまだ元気なようだ。
「透汰! 帰ってこずに隠し子ってどういうことよ! どれだけ心配したと思っているのよ」
母は俺の頬を掴むとグルグルと回す。
ああ、怒られる時ってよくこうやって頬を掴まれていたな。
「とーたん、りーじぇっとみたい」
そんな俺を見てゴボタはゲラゲラと笑っていた。
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