第32話 社畜、理不尽には勝てなかった

 どういう状況か説明をしろと言われてもできないだろう。


 俺だって混乱しているからな。


 なぜか俺の首を絞めている宇宙人が涙を流していたのだ。


 どちらかといえば俺の方が泣きたい。


 昨日宇宙人を追い払ったのに、また違うやつが攻めてきたのだ。


「だい……じょぶ……か?」


 それでも咄嗟に出た言葉は宇宙人を心配する声だった。


「とーたん、かえしぇ!」


「ボシュをいじめるにゃ!」


 ゴボタとリーゼントが泣きながら走って宇宙人の体を叩いている。


 リーゼントなんて犬なのに、猫みたいに泣いている。


 ゴボタの力は強いはずなのに、まったくびくともしない。


 やはりこの宇宙人は別格なんだろう。


 垂れ下がった腕を伸ばす。


 宇宙人は俺の首を絞めて、警戒が緩んでいたのだろう。


 俺は宇宙人の頭に手を置いてゆっくり撫でる。


 なぜか辛そうな顔をしているのは宇宙人だったからな。


「お兄ちゃんの体でそんなことしないでよ。早くレイスは出ていって……。もう魔法が使えないの……」


 さっきから何か勘違いをしているのだろうか。


 それに俺をお兄ちゃんと呼んでいるが、俺には妹はいない。


 家族にいるのは俺を一人で育ててくれた母親だけだ。


 ただ、一人だけ俺のことをお兄ちゃんと呼ぶ人物がいた。


「ここ……な?」


 俺の言葉を聞いて驚いたのか、宇宙人の手が緩み俺はその場に落ちた。


「ゴホッ! ゴホッ!」


 急に空気が入ってきた俺の体はその場でむせ込む。


 人生で初めて首を絞められたが、こんなに苦しいのか……。


「なんで私の名前を知っているのよ……」


 その場で戸惑う宇宙人。


 俺としては心菜という名前に宇宙人が反応したことがびっくりだ。


 確か一緒に遊んでいた時は、心菜はたしか幼稚園に通っていたはず。


 まさかあの心菜ではないだろう。


「とーたあああん!」


「ボスゥゥゥゥ!」


「ダンナ様!」


 みんなが俺の元へ駆け寄り、大きく手を広げた。


 俺を守ろうと立ちはだかった。


「お前達逃げろ!」


「やっ!」


「生粋のツッパリは逃げねーぞ!」


「ダンナ様を守るのは妻の役目です」


 俺はみんなに守られてばかりだな。


「ゴブリンとコボルトが話すってどういうことよ……。なんでレイスが私の名前を知っているのよ」


 宇宙人は混乱しているのか、必死に考えていた。


「本当に心菜なのか?」


「いや、レイスはお兄ちゃんの記憶を読み取っているだけだわ!」


 宇宙人は何かに気づいたのか、地面を強く蹴ると再び詰め寄ってきた。


 あまりの速さに俺は目で追えないでいた。


 ただ、それに反応したのはゴボタだった。


 宇宙人の手を払いのけると、すぐに対抗するようにビンタした。


 だが、ゴボタの攻撃は避けられてしまった。


「もうお兄ちゃんを解放して!」


 ふたたび俺に向かって手を伸ばしてきた。


 俺は必死に昔の心菜との思い出を思い出す。


 あいつが心菜に似た宇宙人なら、何かに反応して動きを止まるはずだ。


「俺にオネショを押しつけた――」


「なんでそんなことまで知ってるのよ!」


 手は顔の前で止まった。


「ゴボオオオオオ!」


「ワオオオオオン!」


「ゴンブゥゥゥゥ!」


 宇宙人の体は止まった。


 だが、俺の言葉ではなくゴボタ達が止めていた。


 ひょっとしたら心菜のことを話したら、攻撃の手が緩まるのかもしれない。


「俺のパンツを盗んだ――」


「盗んでいない! 手に持っていたのよ!」


「顔をスリスリしてきたと思ったら、股間に――」


――バチン!


 全身が痺れるほどの衝撃が頬に走った。


 どうやら俺はビンタされたようだ。


 全く手が緩むどころか強いじゃないか。


「それはお兄ちゃんの勘違いでしょ!」


「だって心菜がいつもスリスリしてきたんじゃないか!」


「えっ……本当にお兄ちゃんなの……?」


「いやいや、それはこっちが聞きたいわ! 俺はここに来て五日ぐらいしか経ってないぞ!」


「えっ……」


「なんで心菜がこんなに大きくなってるんだよ」


 俺の知っている心菜は今頃小学生だろう。


 でも、目の前にいる心菜は俺とそんなに年齢は変わらないだろう。


 二十代真ん中から後半っていったところか。


「ちょっと待って……本当にお兄ちゃんなの?」


「いや、だから俺は門松透汰だ! 見たまんま同じだろ!」


「お兄ちゃんが生きてた……」


 再び宇宙人……いや、心菜の目からポタポタと涙が溢れている。


 泣きたいのは俺の方だぞ。


 急に火の玉が襲ってきたと思ったら、首を絞められて、トドメは強烈なビンタだ。


 意識を何度も失いそうになったぞ。


「お兄ちゃん!」


 急に顔を上げた心菜の瞳が俺を視界に入れた。


 なぜか危ない気がした俺は一歩後ろに下がった。


 だが、それがまずかったのだろう。


 その場で大きく飛び込んできた心菜は俺の脚を掴んだ。


「おい、まさか……」


「会いたかったよおおおお!」


 昔のように俺の足に顔をスリスリとしてきた。


 いや、正確にいえば少し動いたことで股間にスリスリとしていたのだ。


「ぬああああああああ!」


 俺の声は草原や森の中まで大きく響いただろう。


 20代半ばが何日も自家発電もせずに、歳の近い女性から股間にスリスリされているんだからな。


「えっ……」


 心菜は俺のニンジンが反応したことに気づいたのだろう。


「あっ、すまない」


「お兄ちゃんの変態!」


 目が合った心菜に俺は再びビンタを食らった。


 ああ、世の中理不尽なことばかりだ。


 ついに俺は痛みで意識を失った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る