アストレア姉妹編㉖ 報われない努力



 俺は雨が降りしきる中、アストレア邸の花壇の隅にネコの頭部を埋めていた。誰がこんなことをしたのか想像したくないが、俺はこのネコが安らかに眠ることが出来るよう丁重に弔っていた。


 「ありがとうございます、烏夜さん」


 俺の側に傘を差して佇んでいたスピカは俺に礼を言うと、ネコの墓の前にしゃがんで目をつぶって拝んでいた。


 「本当にここで良かったのかい?」

 「はい。今日はこの天気なので立派なものは用意出来ませんが、後日ちゃんとお墓として整えてあげたいんです。綺麗なお花に囲まれていれば、きっとネコさんの思いも浮かばれるでしょう……」


 俺はどういう経緯であれ自分の家の庭にネコの死骸とか埋めたくないけどね。なんだか呪われそうだし……こんな残酷な経緯で凄惨な死に方をしたネコの残留思念とか絶対ヤバいって。ワンチャン庭にス◯レイキャットが生えちゃうって。

 まぁ、そんなことが頭にあったとしても、きっとスピカもムギもネコの魂を弔おうとしたのだろう。



 俺はムギの悲鳴を聞いて駆けつけたスピカに事情を説明した後、彼女にムギを家の中に送ってもらいつつ、俺は道具を借りてネコの頭部を処理して郵便受けを洗浄していた。

 たちの悪い嫌がらせだが、警察への相談はせずにいた。この『嫌がらせ』の段階なら警察は動けないし、せいぜい動物愛護法だとか軽犯罪に引っかかるぐらいだろう。それでも犯人を突き止められるなら良いのだが……俺はこの残虐な事件が起きた経緯をなんとなく推理できていたため、大事にはしないよう二人に進言し、二人もそれに納得していた。


 ネコを弔った後、俺はアストレア邸の中へと通された。客間で一人ココアを飲んで一息ついていると、二階からスピカが降りてきてリビングへと入ってきた。ムギと同様にスピカも赤色のサイドテールを解いて髪を下ろしていたが、今はそんなスピカの姿に感動している場合ではなかった。


 「ムギちゃんの様子はどう?」

 「……今は少し落ち着きました。スヤスヤと眠ってます」

 

 あの後、ムギはショックのせいか寝込んでしまった。最初こそうなされていたようだが今はどうにか落ち着いたらしい。あんなものを直に見てしまったら、トラウマ確定だよなぁ……俺も生きているネコを見かけただけで体が震え上がってしまいそうだ。


 「烏夜さんが来てくださって助かりました。雨の中、ムギのためにわざわざありがとうございます」


 そう言ってスピカは俺にペコリと頭を下げた。それはきっと礼儀として頭を下げたわけじゃないだろう。スピカも今こそ関係はギクシャクしているが、ムギのことを想ってのことだ。


 「いや、いいよ全然。僕も不注意だった。一瞬だけ本当に魔女の家っぽいなだなんて思ったし……」


 どうにか冗談でも言ってこの暗い空気を打ち消そうと思ったが、そもそもそんな冗談を言える空気ではない。俺も直に見てしまったから未だに鳥肌が立ってるし心臓もバックバクだが……それを直接目撃していないとはいえ、何者かに残虐な嫌がらせを受けたスピカも気が気でないだろう。


 「でも、どうして私達の家にこんなことを……」


 スピカは俺の前の席に座って、不安そうな面持ちで言う。

 ……俺には心当たりがあるのだ。絶対にそうだという確証はない。こんなこと、原作でも起きないからな。だが少しでもスピカ達の不安を和らげるために、俺の推測を話すしかないだろう。


 「スピカちゃん。ムギちゃんの絵が、今度の七夕祭のコンクールの最優秀賞に選ばれただろう?」

 「は、はい……」


 それをきっかけにスピカとムギの関係がギクシャクしているだけにそれを話すのは躊躇われたが、俺は話を続けた。


 「それで今日、どんな絵なのかと思って僕は月ノ宮神社に見に行ったんだよ。ムギちゃんの絵は社務所の中に飾られてたんだけど……思わず僕も魅入っちゃったね。ムギちゃんは未完成って言ってたけど、そんなの全然気にならないくらい凄い絵だった。

  でも、選考の時にちょっとした問題があったらしいんだ。ムギちゃんの絵が盗作なんじゃないかって」

 「と、盗作……ですか!?」


 俺は月ノ宮神社で出会った芸術家の男の話をスピカに説明した。ムギの絵の構図は過去のコンクールの受賞作に似ていること、さらには彼の作品に非常に酷似していたこと。

 しかし一方で、世界的に有名な芸術家であるレギナさんがムギの絵を擁護していたことも話した。しかしあの男は大企業の御曹司で、何らかの圧力をかけてくるかもしれないという恐ろしい警告をしていた。それが本当に起きてしまったと考えるべきだろう。


 「そんなことがあったんですね……」

 「もしかしたら、いやそうだとは考えたくないけど、ムギちゃんの受賞を気に食わない人達がいるんだ」

 「そんな……」


 とはいえ初手がこれか。こっちが引かずにいるとどれだけエスカレートしてしまうのか、想像するだけでも恐ろしい。

 とはいえ、確かにあの芸術家の男は自分の作品と酷似したムギの絵が気に入らないのかもしれないが、そこまでしてこんな田舎町のコンクールに固執する理由がいまいちわからない。確かにあのレギナさんだって過去に受賞したことはあるが……やはり闇というか影というか、一部の人間の黒い思惑なんかではなく、もっと大きな、神のような運命の力が働いているようにしか思えない。


 「私が勝手に応募してしまったせいで、こんなことが……」


 気落ちしたスピカの頬にほろりと涙が伝う。

 あ、やべっ。これだとものすごくスピカが自責の念にかられてしまうじゃないか。俺はただ経緯を話すだけのつもりだったのだが、確かに全てを辿っていくとスピカが原因になってしまうのか。


 「いや、スピカちゃんのせいじゃない」

 「いえ、私のせいです。私があんな勝手なことをしなければ、ムギはこんな苦しまずに……!」

 「待て、スピカちゃん!」


 俺は椅子から立ち上がって、向かいの席に座るスピカの肩を掴んだ。


 「スピカちゃんも、ムギちゃんの絵に感動したから応募しようと思ったんだろう?」


 ダメだ。このままではスピカもムギも、幸せになれないまま全てが終わってしまう。そんな結末は、俺が絶対に許さない。


 「僕もスピカちゃんと同じ立場だったら、きっとそうしたと思う。スピカちゃんもムギちゃんも悪くない。悪いのは……ムギちゃんの作品を貶す連中だよ」


 悪いのは俺、とは流石に言えなかった。そう伝えてもきっとスピカも混乱してしまうだろう。

 ここまでアストレア姉妹ルートがややこしくなったのは、おそらく烏夜朧に転生した『俺』の存在のせいだ。俺の些細な行動がバタフライエフェクトでも起こして、これだけのイレギュラーが立て続けに起きている。

 だから、俺が……と、決意しようとしたところで俺は急に自信を失った。本当に俺がスピカとムギを幸せにできるだろうか……?



 先程の事件もあったため、俺は警戒のためアストレア邸に泊まることになった。スピカとムギの母親であるテミスさんは現在仕事のため海外にいるため、すぐに帰ってはこれない。スピカとムギが困っている中でテミスさんがいないという状況は、原作にかなり酷似していた。

 空いている客室を自由に使って良いとスピカに言われたが、俺はリビングで照明も点けずに椅子に座り、天井を仰いで一人悩んでいた。


 「……大星、お前ならどうする?」


 大星は普段はあまりパッとしないなよなよしい野郎だが、ここぞという時にちゃんと活躍する主人公である。烏夜朧はバッドエンドを迎えると何かと巻き添えを食らって死んでしまうが、大星ら主人公達の方が常に死の危険に晒されている。選択肢一つでもミスるとバッドエンド直行の可能性もあるからだ……まぁ、今の俺もそう変わらないが。


 「いや、朧……お前ならどうするんだ?」


 作中では一貫して女好きのお調子者キャラで通す烏夜朧は、第三部の途中でとあるヒロインを庇って死んでしまう。『可愛い女の子に刺されて死にたい』なんて馬鹿げたことをほざいている奴だったが、前世でネブスペ2をプレイしていた時は本当に死ぬの!?と驚いた記憶がある。


 「わからねえよ、俺には……」


 スピカルートのイベントはまだいい。バッドエンドさえ迎えなければそこまで危険なイベントは起こらないはず。ケアは大変だが。


 本来ムギルートでは、その才能を妬まれたムギが学校でいじめを受け始めるのだが、それを越えた力によってムギは危険に晒されるのかもしれない。確かに作中でもムギをいじめていた生徒はここら辺の有力者で、解決に奔走する大星は月学の生徒会長であるエレオノラ・シャルロワの助けを借りるのだが……俺はあまり会長に好かれている気がしないから、もしかしたら助けてもらえないかもしれない。


 せっかく前世でネブスペ2を完全攻略した知識を持っているのに、数々のイレギュラーのせいで俺の対応は後手後手になってしまっている。もしかしたらネブスペ2第一部の主人公である大星になら対処出来たかもしれない。俺は画面越しに彼の勇気ある行動を何度も見てきた。しかし今の状況は原作より深刻だ。良い方向に転じる気配がしない。


 それに今、スピカとムギの関係はこれまで以上に悪くなってしまっている。決してお互いにお互いを責めているわけではないのだ、だからこそ難しい。表面的に仲直りすることは出来ても、今まで通りとはいかないだろう。


 何か……何か、きっかけが必要だ。スピカとムギの日常を取り戻す、起爆剤となる存在が……!


 「乙女……」


 ふと、俺は彼女の名前を呼んだ。

 月ノ宮に引っ越してきたスピカとムギと俺達を繋いだ幼馴染の、今はもう見ることのない笑顔が頭に浮かぶ。


 「本当に、どこに行ってしまったんだよ……!」


 その時、俺がいるリビングに閃光が走る。そしてすぐに響いた雷轟が俺の体を震わせた。窓から見える真っ黒な空は、俺にバッドエンドが近づいていることを予言しているようだった。

 

 

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