レギー先輩編㉖ 大三角の一角、レギュラス・デネボラ

 


 本来、レギー先輩は劇場での一件後、大星から励ましを受けた後で告白して夜を共にする。

 しかしまぁ、俺はレギー先輩からなんら告白は受けていないのである。多分好感度が足りていない。だって大星視点だったら昨日の夜の時点でレギー先輩から告白されているはずなんだもの。 


 俺はレギー先輩との待ち合わせ場所である月見山の展望台を目指して登山道を歩く。昨日のゲリラ豪雨が嘘かのように今日は快晴で、夜空に輝く星空がよく見える。懐中電灯がなくても十分に登山道の視界は確保されていた。


 さて。

 このタイミングでレギー先輩が俺を呼び出した用事はなんだろうか。



 俺の予想は二つ。

 まずはレギー先輩からのまさかの俺への告白。確率にすると俺に偶然隕石が直撃してしまうぐらい。だから殆どありえないと思っているし期待していない。

 例えもし本当にレギー先輩に告白されてしまったら、先輩の親友である会長が交際を許さないだろう。まさかのレギー先輩の親友であるエレオノラ・シャルロワとの戦いが始まってしまう。


 まぁ無難に考えると昨日の件に関して改めて感謝されるぐらいだろうな。そしてちょっと良い雰囲気になったところで宇宙生物とかの邪魔が入りそうな気がする。俺も大分この世界に慣れてきたから想像はつく。


 そんなことを考えていると、俺は月見山の展望台へと辿り着いた。既に展望台では、デニムジャケットを羽織ったレギー先輩が夜空を見上げていた。


 「こんばんは、レギー先輩」


 俺はレギー先輩に挨拶しながら近づく。


 「今日も先輩はメソメソと泣いてるんじゃないかって心配してたんですけど、今日はたまたま泣かなかったみたいですね」


 ふざけて冗談を言いながらレギー先輩の隣に立つと、俺の頭にチョップが喰らわされた。この冗談が通ってよかった。


 「実はさ、今日は梨亜のお母さんが見に来てたんだ」

 「……え、また楽屋に来たんですか?」

 「いやいや、別に怒鳴りに来たわけじゃないよ。ほら今朝の件があっただろ? 娘さん……いや、梨亜の妹さんは無事だったみたいでよ。わざわざお礼を言いに来たんだよ、あの人は」


 やはりネブスペ2のレギー先輩ルートでは起きなかったイベントだ。梨亜の母親はただあのイベントに出てくるだけなのだが……いや、次のレギー先輩脚本の舞台を見に来ていた描写がチラッとあったぐらいで、こんな綺麗に和解したシーンなんてなかったはずだ。


 「オレは梨亜のお母さんに恩を売ったつもりじゃなかったんだけどよ。今朝のは偶然だったわけだし……でも、少しはカールや梨亜に顔向けできるようになった気がするんだ」


 梨亜の母親も大概不憫、というかびっくりするぐらい不幸だ。シナリオの都合とはいえ八年前の事件で娘を失い、夫は精神を患い今あも入院中で、今度は謎の爆発事故でまた娘を失いかけている。これライターは相当の悪人だろ……いや爆発事故は本来作中で関係なかったから無実か。


 「つくづく、お前にはお礼を言ってばかりだな。もしお前が何か困ってたらいつでも助けてやるから、気兼ねなく声をかけてくれよ」

 「いえいえ……レギー先輩を頼るぐらいなら学校の理事長像を頼りますよ」


 いつもの仕返しにレギー先輩にそう冗談を言うと、また頭にチョップが入った。


 「冗談ですって」


 どういうわけか俺はこのエロゲ世界でヒロインを攻略できずに味方にすることができた。いやある意味攻略はしたのだろうか。

 なんかあれだな。冒険ものとかの道中で助けたキャラ達が終盤で集ってきて皆で力を合わせて強大な敵を倒すみたいな展開になりそうだ。いやその場合、ネブスペ2のラスボスと呼ばれているエレオノラ・シャルロワを倒すことになるじゃんか。

 やっぱり、告白されそうな雰囲気はないな……。


 

 「なぁ朧、見えるか……あの大三角」


 レギー先輩が夜空を指差しながら言う。その先には六月になっても輝く春の大三角、おとめ座のスピカ、うしかい座のアークトゥルス、そしてしし座のレギュラスとデネボラが見えた。

 

 「春の大三角ですね。まさか僕達の集いに集まるとは思いませんでしたけど」

 「でも、一人欠けてしまっただろ?」


 春の大三角を構成するスピカ。それはおとめ座の一等星であり……俺達の絆を繋いでいた朽野乙女のモチーフになった星だ。

 今更どうして乙女の話を、と俺が思っているとレギー先輩は俺の方を向いて口を開いた。


 「オレは、お前に謝らないといけないことがある」

 「へ?」


 なんか前にもあったぞこういうの。あれだ、スピカとムギと喫茶店に行った時に実は乙女は大星のことが好きだったみたいな話を聞いた時だ。

 まさかレギー先輩もそういう話題を持っているのか。


 「ほら……乙女が急に転校してしまっただろ? 乙女の親父さん、世界史の朽野先生がビッグバン事故の犯人かもしれないって」

 「僕はそうじゃないと思ってますが」

 「……そうだろうな、オレもそう信じてるよ。でも、乙女が転校した日、そしてそれからのお前は、明らかにおかしかった。いや、おかしかったのは前からだったが……」

 

 いや、それはどういう意味だよ。まるでナンパが趣味でいずれはハーレムを築くことを夢に掲げている男子学生がおかしいみたいじゃないか。いややっぱりおかしいわ。


 「実はオレ、あの時少しホッとしてしまったんだ。あの事故、いやあの事件は、ネブラ人が原因じゃないのかも、って……」


 八年前のビッグバン事件の直後、ネブラ人をこの街から追い出そうという声は少なからずあった。元々ネブラ人という得体のしれない宇宙人を嫌う人々もいた中で、やはり彼らの存在を危険視する声は多かったのだ。


 「ごめん、朧……オレは朽野先生に罪をなすりつけようとしてしまったんだ。あの人が、そんなことをするはずがないのに……」


 もしかして、レギー先輩はわざわざそれを謝るために俺を呼び出したのだろうか。


 「そんなの、レギー先輩が気にするようなことじゃありませんよ。それに……秀畝さんが犯人っていう可能性も、少なからず残っているかもしれないんですから」

 「お前は、本当に朽野先生がやったと思うのか?」


 俺は知っている。乙女の父親、秀畝さんはビッグバン事件の犯人ではない。しかし彼も事件に関わっているというのは確かだ。決して無関係ではなく、秀畝さんは真相を知ってしまっている、というだけだ。


 「……僕は今更、あの事故の犯人に興味なんてありませんよ」


 残酷な現実だが、確かに遠因とはいえあの事件を起こしてしまったのはネブラ人なのである。


 「やっぱり、お前には敵わないな」


 そう言ってレギー先輩は俺の隣で笑っていた。

 俺は前世の記憶があるからそれを知っているが、この世界で生きていてその真相を知る日は来るのだろうか。その前に死んでしまう可能性が高そうだ。



 「なぁ、乙女の行方ってやっぱり掴めないのか?」

 「そうですね。都心の方に引っ越した、としか。学校の名前すらわかりません」


 俺がこの世界に転生してから色々なイベントが、しかもネブスペ2の作中で朧視点で起きないはずのイベントが何度も起きている……今、この月見山の展望台で俺とレギー先輩が話していること自体もおかしいのだ。

 なのに不気味なぐらい乙女に関するイベントが起きない。まるで、もうこの世界から朽野乙女という少女の存在が消えてしまったかのように。


 「どこに行っちまったんだろうなぁ、乙女は……」


 移り気な俺は一瞬レギー先輩に浮気しそうになったが、俺がレギー先輩にアタックを仕掛けられないのはまだ俺の心の中に乙女の存在があるからだ。烏夜朧の記憶も残っているからかその比重も大きい。

 乙女はあんな形でこの月ノ宮を去ってしまったというのに、自分だけが幸せになる、というのはどうも抵抗があった。


 「なぁ、朧」


 レギー先輩は隣から俺の顔を覗き込むようにして言う。


 「お前、本当に乙女のことをどうとも思ってないのか?」


 俺の動揺が顔に出てしまっていたのだろうか。最近は目の前の出来事が驚きの連続で対処に忙しかったが、こうして落ち着いて考えていると、今すぐにでも乙女を追いかけたい衝動に駆られてしまう。

 俺が追いつくことのなかった、乙女を乗せた特急を……その行き先は一体どこだったのだろうか。


 「大切な存在ではありましたよ」


 少なくとも烏夜朧と朽野乙女は幼馴染という間柄だった。口喧嘩ばっかりでそれを周りの友人達は夫婦漫才と茶化していたが、それぐらいお互いにバカ正直なことを言い合える関係ではあったのだ。


 「……好きじゃなかったのか?」


 俺はレギー先輩の質問に、すぐには答えられなかった。烏夜朧だったらすぐに否定していただろうに。

 烏夜朧は、確かに乙女を大切に思っていた。だが彼女が自分の友人のことを恋慕していると薄々気づいていた彼はそれ以上踏み込まないようにしていた。


 前世の俺は、朽野乙女が攻略可能ヒロインに昇格されることを待ち望んでいた。開発チームが解散したためその希望は途絶えてしまったが、この世界に来たことによって新しい未来を切り開ける可能性もあったのだ。まぁ、乙女がいなくなってしまったから彼女の恋路を応援することもトゥルーエンドを迎えることもほぼほぼ不可能な状況だが。


 「そうですね……」


 俺は顔を下げて視線を太平洋へ移した。水平線の向こうに船の明かりが見え、汽笛の音が聞こえてくる。


 「今更、あいつのことを好きだったっていうのは格好がつかないじゃないですか」


 烏夜朧なりのジョーク。


 「ただ……大切な人でしたよ、朽野乙女は」


 烏夜朧なりの本心。

 俺が乙女のことを好きだと言ってはいけない。俺は烏夜朧に転生したが烏夜朧ではない。それに乙女は大星のことが好きなのだ。だから俺は乙女の恋路を……って、あれ?


 そういえば大星って美空と付き合ってるじゃん。正式に付き合い始めたはずじゃん、俺がわざわざ場所とかムードとかも整えてやって。

 ……あれれ?

  

 やべぇ!?

 美空ルートのバッドエンドを回避するのに必死になってたばっかりに、幻の乙女ルートのフラグ折れてるじゃんこれ!?

 なんで俺はそんな初歩的なことを忘れてたんだ!?


 「ど、どうしたんだ朧?」


 俺が突然ダラダラと冷や汗を流し始め、あからさまに動揺していたからか心配そうな目でレギー先輩が言う。


 「い、いえなんでもありません。にしても今日はみずへび座が綺麗ですねハハハ」

 「みずへび座は南半球でしか見えないぞ」


 ヤバい。ゆくゆくは俺が乙女の背中を押して幻の乙女ルートを切り開こうと思っていたのに、自分でフラグを折ってしまったぞぉ!?

 こうなると美空から大星を奪うしかないか!? あの二人が別れるビジョン全く見えないぞ!?


 「なぁ朧。お前、やっぱり乙女のことが好きなんだろ? あれから明らかにおかしいぞ。あんなに目につく女全員口説いてたお前がすっかり大人しくなってるし……」


 どうする、これではどうにかして乙女を月ノ宮に戻すことが出来たとしても大星はもう既に美空のものになってしまってるんだぞ。乙女の願いはどうなってしまうんだ。

 いっそのこと第二部とか第三部の主人公に攻略してもらうか? いやいや、まず彼らには全く接点がない。強いて言えば第三部の主人公と乙女は知り合いではあるが絶対タイプじゃないだろうし……。


 「なぁ、朧。オレは……今までに何度も、何度もお前に助けられてきた。だから、もしお前が良ければ……って、おわあっ!?」

 「マイ~♪」


 俺は烏夜朧として、幼馴染の乙女がこんな不幸な結末を迎えたまま終わるのを許せない。そして前世の俺は、幻の乙女ルートをこの目で見てみたい。

 そうなると……俺が乙女を攻略するしかないのか?


 「お、朧! またネブラマイマイが……!」

 「マイ~マイ~」

 「……え?」


 すっかりレギー先輩が側にいることも忘れて考え込んでいると、レギー先輩の悲鳴と聞き覚えのある生物の鳴き声が耳に入った。

 見ると、レギー先輩が後ろからネブラマイマイに襲われているところだった。


 「え、ネブラマイマイ!? お前また脱走してきたのか!?」

 「マイ~」

 「くぁぁっ……ヌメヌメがぁ……」


 くそぉ、羨ましい……じゃないじゃない。ネブラマイマイに襲われているレギー先輩を眺めているわけにもいかず、俺は突然現れたネブラマイマイの対処に追われることとなった。



 ネブラマイマイの乱入によってなんだか台無しになってしまったが、ネブラマイマイの粘液のおかげでレギー先輩はまた健康体になったようで意外にも元気に帰っていった。あと宇宙生物を管理している立場にある望さんの部下に告げ口して、望さんにきつく言っておくよう頼んでおいた。


 しかし駅前でレギー先輩と別れた後、俺は項垂れながら家路につく。各ヒロイン達のバッドエンドを迎えると自分の死に直結するため、それを回避するために俺はこのエロゲ世界を必死に生きてきたのだが、それ故に乙女が好きだった大星の恋路を応援してしまっていた。


 かといって大星と美空を別れさせるわけにはいかない。たとえ大星と結ばれなくても幸せになる方法はあるはずだと信じて、まずは乙女がどこへ引っ越したのか、どの学校へ引っ越したのかを調査しなければならない。

 ……まぁ、全くと言って良いほど手がかりはないけども!


 俺は乙女の行方を追うために気合を入れたが、俺はまた失念していた。

 ネブスペ2第一部、帚木大星編にはまだヒロインが残っていることを。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る