到達不可能エンディング



 ネブスペ2はコメディもあり、シリアスもあり、エロもありというシナリオだ。実際にプレイすると普通の恋愛ゲームかと思いきや、突然のエロゲ要素、さらに突然の死に驚かされることも多々で、そのコメディとシリアスのバランスの取り方が絶妙だ。


 エロゲに限らず恋愛アドベンチャーというジャンルのゲームは、シナリオが完全な一本道でない限りはハッピーエンドやバッドエンドなど複数のエンディングが用意されている。

 ネブスペ2もプレイヤーが選んだ選択肢によってルートが分岐するシンプルなアドベンチャー形式である。勿論ヒロインの個別ルートに突入すると彼女達が抱える様々な問題を解決するために奔走することになるのだが、多くの恋愛を成就させてきた紳士達にクリアなんて朝飯前だろう……一部のヒロインを除いて。


 ネブスペ2では各ヒロインにグッドエンドとバッドエンドが、あとはおまけエンドがいくつか用意されている。ほとんどのヒロインは余程選択肢を間違えない限りは普通に攻略できるが、バッドエンドの回収も簡単だ。

 しかしバッドエンドに突入してしまうと、それまでの明るい雰囲気が一変して突如として鬱展開へと切り替わってしまうのだ。


 

 突然ヤンデレと化して主人公を拉致監禁し、ヒロイン達を次々に始末していく『番人』エンド。

 同じく主人公を拉致監禁するが、彼に永遠に自分のヴァイオリンの音色を聞かせ続ける『狂奏』エンド。

 全てが失敗し、主人公を睡眠薬で眠らせて家に火を放ち最期を迎える『業火』エンド。

 永遠に帰ってくることのない主人公を待ち続ける『待人』エンド……などなど、ほんわかした雰囲気のパッケージを見てネブスペ2をプレイした紳士達は衝撃を受けただろう。

 しかしエロゲ界隈ではエログロなんかも大して珍しいものでもないため、耐性さえついていれば感覚が麻痺してあまりにも突拍子もない展開に笑えてくるようにもなる。

 

 そんなネブスペ2が人気を博したのは、笑いあり感動ありのシナリオ自体の面白さ、死にゲーとも呼ばれるまでに至るバッドエンドの多さ、そしてそのボリュームだろう。

 エロゲはパッケージが大きい上に値段もそこそこするが、ネブスペ2は他のエロゲの三本分以上のボリュームがあり、満足感も大きい。それに要所だけではなく所々にエッチなイベントが用意されているのも評価されている。


 俺は泣きゲーだの鬱ゲーだの抜きゲーだの、何かしらのジャンルでエロゲを選んでいたわけではなく、ただ可愛い女の子をたくさん見られたら良いかなと思っていただけだったため、最初にバッドエンドを迎えた時はそれはそれは驚かされたものだ。だって初代ネブスペにはそんな要素なかったし。

 だがヒロインの性格が豹変してヤンデレやメンヘラになったりするとはいえ、作中の所々にその片鱗が現れており、何の脈略もなく変貌するわけではない。だから展開としてスッと受け入れられるし、それだけヒロイン達の心情をリアルに感じ取れる……と、俺は評価していた。転生前は。


 「だが今はどうだ!?」


 俺は机をバァンと叩いて勢いよく立ち上がった。


 「俺は今ネブスペ2の世界にいるぅ! 作中でまぁまぁ重要なキャラとして!

  エロゲの世界に転生出来て嬉しいかって!? 確かに美空やレギー先輩みたいな可愛いヒロイン達を間近で見られることは役得かもしれないけども! 俺が転生した烏夜朧は主人公じゃなくてあくまでその親友に過ぎないんだよ! どうあがいてもヒロイン達とキャッキャウフフ出来ないことは知っているんだ!」


 他に誰もいない家の自室で、俺は頭を抱えながら自分が直面する現実に嘆いていた。

 

 どうして、俺が我を忘れてこんなにも取り乱すのか?

 確かに烏夜朧というキャラは見た目は二枚目だが扱いは完全に三枚目、ヒロイン達からの好感度はほぼ皆無。天変地異でも起きない限り、初期好感度の高い主人公に勝つことは不可能だ。

 

 ただそれだけなら別にいい。それも現実として受け入れる。自分が好きなエロゲのヒロイン達を間近で見ることが出来るってだけで贅沢過ぎるのだ。


 「俺は……俺は本当に烏夜朧に転生してしまったんだよな?」


 烏夜朧というキャラに転生してしまったことによって起きる一番の問題。

 それは……ヒロインの誰かがバッドエンドを迎えると、もれなく烏夜朧の死期が早まる、いやどんな形であれ必ず死を迎えるということだ。



 例えば先程例にあげた『番人』、『狂奏』エンドでは監禁された主人公を救出しようと駆けつけるもヒロインに惨殺されるし、『業火』エンドでは主人公とヒロインの二人を救出しようと燃え盛る住居に突っ込んで何も出来ずに死んでしまうし、『待人』エンドでもなんやかんやあって烏夜朧は、いや俺は殺されてしまう。


 そして……例えそれらのバッドエンドを回避したとしても、俺は半年以内に死んでしまう。

 今年の年末──クリスマスイブに、ヒロインの個別ルートではなく共通ルートで死ぬことが確定しているのだ!


 「いや、ふざけるなよ!?」


 自分の部屋で机に向かっていた俺は、びっしりと攻略チャートが書かれたノートをバンと叩いて天井を仰いだ。

 俺は、転生前に遊んだネブスペ2の攻略情報を思い出せる限り全て書き出していた。各登場人物の設定、各ヒロインの攻略チャート、各エンディングの展開などなど……全エンディング回収のために何度も周回した甲斐があった。大体の重要な選択肢とかの分岐は思い出せる。

 だがそれを理解すればする程、自分が、この烏夜朧というキャラが絶体絶命のピンチを迎えているのだと思い知らされるのだ。


 「流石、アクションゲームじゃないのに死にゲーって呼ばれてただけのことはあるぜ……」


 まぁ恋愛ゲームの類でも選択肢一つミスるだけで死に至るものもあるが、コメディ寄りの作品でこんなに死ぬことあるかよとは思う。攻略していないヒロインが攻略中のヒロインを刺すこともあれば、あからさまに毒々しいキノコを食べて死ぬこともあるからな……。


 「今……どうなんだ? あいつは一体誰を攻略しているんだ?」


 大星視点での物語では、乙女がこの月ノ宮町を去った翌日、つまり明日から美空、スピカ、ムギ、レギー先輩の誰かの個別ルートに突入する。

 烏夜朧としての記憶を思い出してみるが、朧が見ていた限りは割とフラフラしていたように思えるから、もしかしたら全員の好感度が足りなくてバッドエンドに直行している可能性もある。


 「八方美人プレイ……罪な奴だぜあいつは」


 しかし、例え美空達四人の誰かの個別ルートに入ってグッドエンドを迎えたとしても、それはただ俺の死期が少しだけ先延ばしになっただけに過ぎない。

 箒木大星編は七夕、つまり七月七日が最終日である。まずはそこを生き延びれるかだが、だとしても俺の余命はあと半年しかないのだ。


 「十二月二十四日、だよな。そうか、朧はクリスマスが誕生日だから、その前日に死ぬのか……」


 ネブスペ2は全三部の構成で、それぞれ一人の主人公がいる。第一部の主人公は朧と同級生の帚木大星、第二部の主人公は後輩の鷲森わしもりアルタ、第三部は先輩の明星あかぼし一番いちばんだ。

 三人の主人公にはそれぞれ四人ずつ攻略可能ヒロインが割り振られており、彼女達のグッドエンドとバッドエンド、モブキャラ達とのおまけエンドやその他諸々も含めて全部で数十個のエンディングが存在する。


 「今思えば、全ヒロインのバッドエンドで朧が死んでるのは理不尽だよなぁ……」


 絶望的なことに烏夜朧、いや俺は遅かれ早かれ死ぬ運命にある。

 まず烏夜朧の最初の関門は各ヒロインのバッドエンド。なんの因果かわからないが否応無しに朧はもれなく死んでしまう。多分居合わせた場所が悪かったのだろう、関係ないのに巻き添えを食らうこともある。

 そして最後の関門なのだが、これを避けられるのかは不明だ。なんと烏夜朧は、第三部の共通ルートで、とあるヒロインを庇って死んでしまうのだ。


 「各ヒロインにグッドエンドとバッドエンドがあって、全員で十二人だからこれだけでも二十四個。五十は軽く超えてて……百は無いはずだが、流石に全部のエンディングは思い出せないな」


 この世界にネブスペ2の攻略サイトなんて存在するわけがない。前世の俺は攻略本を読み漁って暇を潰していた頃もあったが、検索ブラウザでゲーム名を検索すれば簡単に攻略サイトに飛ぶことが出来る便利な時代だった。

 ネブスペ2の舞台は二〇一五年だからネット環境には困らない時代だが、そもそも余程フィーバーしない限りエロゲの攻略サイトが流行りのソシャゲ程緻密に作られることはない。大方は個人運営のホームページだ。なんなら俺だって色んなエロゲの攻略ページ作ってたよ。


 「トゥルーエンド……いや、ハーレムエンドと呼ぶべきか。あれの条件、かなり厳しいしな」


 ハーレムエンドというのは、その名の通り複数人のヒロインと結ばれるエンディングである。一部の紳士達が追い求めた至高の理想郷かもしれない。

 現実世界ではそもそも一夫多妻や多夫一妻という制度すらかなり限られているもので、不倫や重婚なんて許されるものではないのに、エロゲもものによっては当然のように存在する。まぁそもそも、エロゲに常識や倫理観を求めること自体が間違っているのだ。

 だって考えてみてくれ、もう思春期を迎えたのにさも当然のように付き合ってもいない幼馴染と一緒に入浴する主人公がまともなわけがないだろう。エロゲ世界なんてそんなものだ。主人公に限って言えばの話だけどな!


 「でもあのエンディング、周回が前提の条件だし、今更どうしようたって無理だな」


 ネブスペ2の各ヒロインの個別ルートの最後に、とある問題が提示される。

 それは、各ヒロインが胸に秘めている願いを当てろ、というものだ。ちょっとした推理要素も含んでいて、それまでのヒロイン達のセリフ等からキーワードを回収し、用意された文章に正解のキーワードを当てはめることでグッドエンドに到達できる。


 これら全てのキーワードを回収した上で全てのヒロインを攻略することによって、ネブスペ2はトゥルーエンドが解放される。条件が整った状態で最初からゲームを始めると、もう序盤から急激に展開が変わっていて……このネブスペ2の世界の謎を解くことが出来る。

 そのトゥルーエンドこそが、烏夜朧が確実に生存できる唯一のエンディングなのだが……。


 「ってか、乙女が転校した時点でフラグ折れてるよな、これ」


 烏夜朧に転生し、ヒロイン達を間近で見て調子に乗っていた俺に突きつけられた残酷な現実。それは、もうトゥルーエンドに到達する条件を満たせないということだ。

 

 ネブスペ2では朽野乙女や烏夜朧を始めとして、共通ルートで登場人物の誰かが何らかの形で退場することが結構あるのだが、全ての登場人物の幸せの結集であるトゥルーエンドでは誰も欠けることがない。

 だからこそ、俺は気づいてしまったのだ。乙女の転校イベントが起きてしまった時点でもうトゥルーエンドを迎えることは出来ず、どれだけ長くても今年の十二月二十四日……クリスマスイブに自分が死ぬ運命にあるのだと。


 「乙女……アペンドで絶対に追加ヒロインになるって思ってたのに」


 アペンドディスクというのはいわば新シナリオや主人公を含めたキャラボイスを追加するDLCみたいなものだ。ネブスペ2の前作である初代ネブスペでもアペンドディスクで新規追加されたヒロインもいる。

 さらにはヒットした後に完全版として大幅にボリュームを増やして世に出ることもあるのだが、残念ながらネブスペ2の発売してからまもなく開発チームは解散してしまった。


 「俺、なんでもっと早く転生に気づかなかったんだよ……!」


 朽野乙女というキャラは攻略できない上に第一部で早々と退場してしまうのだが、美空、スピカ、ムギ、レギー先輩という良くも悪くもバラバラなヒロイン達を繋ぎ止める役割を果たしていて、乙女の存在があったからこそストーリーが明るかったのだ。


 『憂さ晴らしにカラオケ行きましょ! ほらすーちゃん! むーちゃん! あのスタミナお化けの美空を今度こそ倒すわよ!』

 『確かに負けたけどメイドコスは無いでしょー!?』

 『こうなったらヤケよ! お帰りなさいませご主人さま♪ ってアンタどうしてここに来てんのよ! 帰れコンチクショー!』


 あれはまだスピカとムギが月ノ宮学園に転校してきて間もない頃。皆で親睦を深めるために乙女は美空達に対してカラオケ勝負を挑むのだが、確か十戦十敗という完敗ぶりだ。罰ゲームとして海岸沿いの喫茶店でメイドコスした上でお手伝いをすることになり、そこに偶然大星と朧がやって来るのである。

 なお朧は乙女にぶっ飛ばされてあまり記憶がない。


 『朧ー! 一日で赤点回避する方法ない!?』

 『こうなったらヤケよ! 学校中のテスト用紙集めて全部焼却炉にぶち込みましょ!』

 『ウチの学校って焼却炉無いのー!?』


 あれは去年の夏の期末考査の時。全然勉強していなかった乙女が苦肉の策でとんでもないことをしでかしそうになったが、今の時代に学校の敷地内に焼却炉が置いてあるなんてことは早々ないのだ。


 ……何度思い返しても騒がしい奴だったな、うん。

 しかし彼女の存在が、ネブスペ2のストーリーのスパイスとなっていた。登場する期間は短いが印象は強烈で……俺がヒロインへの昇格を待ち望んでいた最推しだったのだ。

 もういなくなってしまったが……また会えるのだろうか?



 「はぁ……別に主人公じゃなくてもいいから、どうせならヒロインの誰かに転生したかったな……」


 俺はベッドの上に寝っ転がり、大きな溜息をついていた。


 「まぁ可愛い女の子に転生したいって願うのも大分欲張りだな。俺、前世でそんなに徳を積んだつもりもないし」


 烏夜朧は顔立ちも良い方で、前世の俺と比べると月とスッポンレベルで第一印象が良いはずだ。しかし烏夜朧はややおふざけが過ぎるところがあるため、ヒロイン達にそんなに好かれているわけではない。

 主人公達からヒロインを奪う、という夢も悪くないかもしれないが……俺はネブスペ2のヒロインだけでなく三人の主人公も同じくらい好きなのだ。俺はプレイヤーとして彼らの生い立ちや境遇をよく知っているから、幸せになってほしいと俺も願っている。


 「それに、女の子を庇って死ぬってのも本望だな」


 俺はそのヒロインを助けるためなら命を投げ捨てても良いと思っている。

 問題は、いざ実際にそのイベントに遭遇した時、本当に俺の体が動くのかというところだ。俺がそこで怖気づいて何も出来なかったら、一生生き恥を晒し続けるだけだ。一人の命を救うために死んだとなれば箔が付くだろうし、可愛い女の子を庇って死んだというのは女好きの烏夜朧らしい死に様だろう。


 「……いや」


 本当にそれでいいのか?

 折角エロゲ世界に転生してきたのに、俺は何も成し得ないまま死という運命を受け入れるのか?

 いつまでも、幼馴染との唐突な別れにクヨクヨしているわけにはいかないのだ。


 「乙女……お前が幸せになる世界も、あるはずだよな?」


 もしも、俺がネブスペ2のストーリに基づいて行動していけば半年後に死んでしまう。どれだけ頑張って主人公達とヒロインがバッドエンドを迎えるのを回避させても、だ。

 だが俺が、烏夜朧が作中と違う動きをしたら運命も変わるかもしれない。バタフライエフェクトによって何が起こるのか予測不可能になってしまうが、俺は誰も不幸にさせたくない。

 だからこそ、俺はネブスペ2で最推しの、残念ながら個別ルートが用意されなかった乙女をヒロインにしたい。


 俺の第一目標は、自分の死を回避することではない。ネブスペ2のヒロイン全員がどんな形であれ幸せになることだ。

 その中には勿論、俺の最推し、いや烏夜朧の幼馴染──攻略不可能ヒロインである、朽野乙女も含まれている。


 

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