スピカとムギ
「あ、大星さんに美空さん」
「それにレギー先輩と……誰だっけ。あ、朧だ」
「だからなんで僕のことだけちょっと忘れかけてるの?」
ファミレスを出た僕達の前を通りがかった二人組。一方は白のブラウスに黒のロングスカートに、赤髪のサイドテールを黒いリボンで留めたおしとやかな少女、スピカ・アストレア。瞳は赤色。
そしてもう一方、涼し気な水色のワンピースに、緑色のサイドテールを黒いリボンで留めたメガネの少女はムギ・アストレア。瞳は黄色。
スピカちゃんとムギちゃんは双子の姉妹で、レギー先輩と同じく宇宙からやって来たネブラ人の子孫であり、僕達と同じクラスの同級生だ。
二人共、二年生になってからウチの学校に転校してきたのだが、もうすっかり馴染んでいる。
「今日は姉妹そろってお出かけか? どこに行くんだ?」
「月研のプラネタリウムに行こうと思いまして」
「昨日リニューアルオープンしたの。座席がフカフカになったんだって」
「そうなんです。カップル席というのも出来たらしくて、薄暗い空間であんなことやこんなことを……」
「スピカ」
「あ、ごめん。もしよろしければ、皆さんもご一緒にいかがですか?」
月研というのは、僕達が住む月ノ宮町の海岸沿いから山間部にかけて広大な敷地を持つ月ノ宮宇宙研究所のことだ。敷地内にある博物館の中には世界最大級のプラネタリウムがあり、都心からも多くの人が訪れる人気スポットだ。
アストレア姉妹は宇宙が好きで、特にムギちゃんはプラネタリウムを自作する程である。
「へぇ、良いじゃないか。オレも今日は暇だしちょっと行ってみようかな。お前達はどうする?」
「美少女達と同じ空気を吸えるなら僕も!」
「まぁこいつにはアンモニアでも吸わせておくとして」
「ひどくないすか?」
「美空達はどうする?」
「私も行く~大星は?」
いつもならその場の空気だの同調圧力に流されやすい大星だが、すぐに首を縦に振ろうとしなかった。しかしスピカちゃんとムギちゃんに期待の目を向けられた彼は仕方がない、という風に消極的に僕達についてきた。
僕達が住む月ノ宮町は人口一万人ちょっとぐらいの小さな町なのだが、ネブラ人の宇宙船が着陸したことをきっかけに全国から注目される観光名所となった。町の面積の殆どを月ノ宮宇宙研究所が占めており、山間部には巨大なパラボラアンテナや天文台が、海岸沿いには研究施設に博物館など様々な施設が居を構えている。
「……やべぇ、ちょっと腹痛いからトイレ行ってくる」
プラネタリウムへの入場列に並ぶ直前、大星は突然お腹を押さえて言った。
「え、大丈夫? 間に合いそう?」
「すまん、俺のことは気にせず行ってくれ……」
急に腹痛を訴えだした大星を美空ちゃん達は心配していたが、チケットはもう買ったしプラネタリウムは途中から再入場できない。かといって次を待つとなると時間もかかるしチケットも無駄になってしまう。
「僕が大星のことを見ておくよ。野郎のことは良いから皆で楽しんで!」
と、僕は女性陣四人の背中を押して、そして大星と一緒にお手洗いへと向かった……振りをして、美空ちゃん達がプラネタリウムの中に入ったのを確認すると、博物館のロビーにある休憩スペースへと向かい、自販機でジュースを買って大星の隣に座った。
「もう少し上手い言い訳は思いつかないのかい?」
僕がそう言うと、腹痛なんてどこに行ったのか、平気そうな顔で大星はサイダーを飲んでいた。
「こんぐらいしかないだろ。寝てるわけにもいかないし」
「別に発作が出るわけでもないのに、そんなに嫌なの?」
「いいや……なんとなく、嫌な感じがするんだ。例え美空達が一緒でもな……」
そう、さっきの大星の腹痛はあからさまな仮病だ。多分演技にうるさいレギー先輩なら大星の大根役者ぶりに気づいていることだろう。それでもレギー先輩が何もツッコんでこなかったのは、大星の事情を察してのことかもしれない。
美空ちゃんもそれについて知っているはずだけど、多分まだ嘘に気づいていないだけだ。そのまま純粋でいてほしい。
「そんな嘘をつき続けながら、君はスピカちゃんやムギちゃんと上手く付き合っていけるのかい?」
「……いずれあの二人も、俺に飽きて離れていくだろうさ。レギー先輩だって来年にはいなくなるんだ。
俺はやっぱり苦手なんだ。あの人達が、いや宇宙そのものが……怖くてしょうがないんだ」
大星はネブラ人を嫌っている、いや怯えているとも言えるだろう。
何故なら、大星の両親はネブラ人の存在がきっかけとなって死んでしまったからだ。
八年前。まだ僕と大星が出会っていなかった頃、この月ノ宮町の海岸に着陸し保管されていたネブラ人の宇宙船が突如大爆発を起こし、月ノ宮町東部の住宅地に甚大な被害を与えた。
後にビッグバン事故と呼ばれるこの出来事は、大星のご両親を含めて数百人もの犠牲者を出してしまったのだ。今もその傷跡は至る所で見受けられる。
とはいえ、大星はネブラ人を真っ向から毛嫌いしているわけではなく、極力関わらないようにするというスタンスだ。訳あってネブラ人であるアストレア姉妹、レギー先輩に付き合わされる羽目になっている大星は、やはり一人で彼女達と一緒にいさせると見るからにぎこちなさそうにしている。
「なぁ、朧。お前は……克服したのか?」
かくいう僕も大星と同じように八年前の事故で両親を失い、今は叔母に世話になっている。
「別にスピカちゃん達が僕の両親を殺したわけじゃないし、こんなに可愛い女の子だらけの恵まれた環境にあるのに、それを避けるのは失礼だと思うけど?」
「お前には愚問だったか……お前と違って、俺は女に飢えてるわけじゃないんだよ」
僕は大星と違い、地球人だろうとネブラ人だろうと気にしないしどんな区別もつけようとしない。可愛い子なら全然ウェルカムというスタンスだ。
うん、そこで区別しちゃってるかもしれないけど。
「でも、せっかくこの街で生まれ育ったのに宇宙というものに一切触れずにいるのはもったいないね。宇宙はこんなに素晴らしいのに」
僕はロビーの天井に広がる全天図を見上げながら言う。僕達にとって身近な太陽や月、太陽系の惑星だけでなく、この宇宙は信じられないほどの広さを持っているし、それだけたくさんの可能性を秘めている。
そう、レギー先輩やスピカちゃん、ムギちゃん達ネブラ人が奇跡的な確率で地球へ到達したように。
「俺には壮大過ぎる話だなぁ」
「君もいずれこの良さがわかる時が来るさ。その時になってようやく……君は過去を乗り越えられるのかもしれないね」
「うるせーよ」
確かに八年前の僕も、突然身寄りを失ったショックはあった。頼れる存在を失った恐怖もあった。大星と同じようにそのショックから立ち直れない人だって大勢いる。僕があんまりそれを気にしていないのは、僕の家庭環境が少し特殊だっただけだ。
それでも大星は、自分を慕ってくれているレギー先輩、スピカちゃんやムギちゃんを無意味に突き放さずに、彼なりに前向きに克服しようとしているのだ。
やがてプラネタリウムの上映時間が終わり美空ちゃん達が戻ってくると、博物館の前で僕達は解散した。時間も時間だったため家に帰ろうと駅前まで戻ってくると、ポケットに入れていた携帯に着信があった。
今日声をかけて連絡先の交換に成功した女の子からかと思って僕はウキウキしながら携帯の画面を見る。
『朽野乙女』
しかし、僕は電話をかけてきた相手の名前を見てがっかりしながら──と同時に、彼女から電話なんて珍しいと思いながら電話に出ていた。
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