犬飼美空
──時は少し遡り。
六月一日、月曜日の朝。昨日が体育祭だったこともあり、今日は振替休日である。
そんな青天に恵まれた休日の朝、僕は駅前で美少女を口説いていた。ナンパと告白は僕、
己の夢、ハーレムという名の
「あ、そこのお嬢さーん!」
僕は駅前広場にある、太陽系の星々を模したモニュメントの前に佇む少女に背後から声をかけた。向日葵の花が描かれた白地の大きめのTシャツとデニムのショートパンツというファッションで、澄んだ青空のような青いロングに黄色いカチューシャを着けた快活そうな女の子は「どうかしましたか」と僕の方を向く。
すると、ニコッと僕に微笑みかけて両手を高々と上げると──いきなりモンゴリアンチョップを喰らわせてきた!
「アオォッ!?」
その可愛らしい容姿からは想像できない威力のチョップが僕の肩に直撃する。僕は今までに何百人、いや多分何千人もの女性を口説いてきたが、まさか口説いた、いや声をかけただけで問答無用でモンゴリアンチョップを受けたのは初めて──いや、彼女だけは例外なのだ。
「やっほー朧っち。いつまで経っても懲りないねぇ。
この私を口説こうたって、そうはいかないよ!」
よろめく僕に笑顔を向ける女の子の名は
「フフフ……甘いね美空ちゃん。いつ僕が君を諦めると言ったんだ? 僕の辞書に諦めという文字は無いんだよ!」
「残念、私の辞書には朧っちの名前載ってないんだよねー」
「いいや、辞書も時代が移り変わるにつれて内容も変わっていくのさ。いつかは美空ちゃんの辞書に烏夜朧の名前が刻み込まれるはずだよ!」
「うわ……そのポジティブさは尊敬するよ」
僕と美空ちゃんは中学からの仲で、初対面の時からずっと僕は彼女を口説き続けている。何度断られても懲りない僕も僕だが、美空ちゃんは公にファンクラブが結成されるほど人気がある、学校のマドンナ的存在なのだ。容姿は勿論の事、彼女の優しさに包まれた者共はたちまち虜になってしまう。彼女に部活の助っ人を頼む連中も多少の下心があってのことである。
だが美空ちゃんが僕を含め追っかけの連中から猛烈なラブコールを受けても一向に振り向く気配がないのは……奴の存在があるからである。
「おいそこの女狂い、平日の朝っぱらから何やってんだ」
僕は奴の姿を確認すると、奴から目を背けて両耳を塞ぎ、わざとらしくおどけて言う。
「な、何だ……!? まるで悪魔みたいな幻聴が聞こえるだと……このいかにも何人もの女性を侍らかしていそうな悪魔は、きっとあの恐ろしい色情魔に違いない……!」
「お前も大概色情魔だろうが」
「どんぐりの背比べだねー」
僕は頭にゴツッと軽くチョップを喰らわされた。さっきのモンゴリアンチョップに比べれば可愛い威力だ。
振り返ると、やれやれと呆れた様子で笑っている美空ちゃんの隣に、海外ロックバンドの白地のTシャツにジーパンを着た端正な顔立ちの男子が佇んでいた。短い黒髪でいかついデザインのファッションの割には人畜無害そうな雰囲気漂う優男の名は
「で、お二人さんはこれからラブラブデートというところ?」
振替休日の朝から一緒に出かけている二人を僕が茶化すように言うと、美空ちゃんの魔の手が僕の背中へと襲いかかっていた。
「も~そんなデートってほどのものじゃないよ~何言ってるの朧っちったら~」
「痛っ!? 痛いんだけど美空ちゃん!?」
僕の背中をバンバンと叩く美空ちゃんの威力は明らかに怒ってそうなのだが、彼女の満更でもなさそうな笑顔を見るにただの照れ隠しなんだろう。
すると大星が頭を掻きながら口を開く。
「今月の末にはもう期末テストだろ? だからちょっと参考書を買い足しに行くんだよ。お前と違って、俺も美空もあまり出来が良くないのでね」
「大星よりかは良いもーん」
「それこそ五十歩百歩じゃないかな」
体育祭という一学期における一大イベントを終えると、今度は期末考査という名の地獄が待っている。
だが僕は特に気にしていない。何故なら昔からずっと成績は学年トップを維持しているからさ! 僕は初対面の人に女狂いだとか色情魔だとか、ただただおちゃらけている奴だと勘違いされるけど、ちゃんと学生としてやることはやってからふざけている。とはいえおふざけが過ぎて教師陣からは目をつけられているけど。
「良いよねー朧っちはー。いつもおちゃらけてるのに毎日勉強はしっかりしてるから私達みたいに一夜漬けしなくても良い点数取れるもんねー。
あーあ、どうやったら私達も良い点数取れるのかなー」
そりゃ毎日勉強はしっかりしてるからだよ。君が言う通りさ。
しかしわかりやすく勉強を教えてくれとせがんでくる美空ちゃんが可愛いため、僕はドンッと胸を叩いて言う。
「成程ね、殊勝な心構えじゃないか。なら学年一位の頭脳を持つ僕が、君達に合う参考書を選んであげても良いのだよ?」
「その腹立つ物言いさえなければ嬉しいんだけどな」
「でも朧っちが選んでくれるなら大助かりだよ。それだけで十点ぐらい上がりそうだもん。お願いしちゃってもいいかな、朧っち」
「勿論だとも! 美空ちゃんからのお願いなら何でもウェルカム! さて、そっちの木偶の坊君は僕の助けなんて必要ないのかな? ん?」
僕がそう言うと、大星は口をひん曲げてあからさまに嫌そうな顔をしていた。だが、彼は僕に頼らざるを得ないのだ。
「ね、大星。来年はもう受験なんだから、思う存分遊べるチャンスは今年が最後なんだよ? それに七夕祭で思う存分遊びたいし、だから……ね?」
こういう時に少ししおらしくなって照れくさそうに言うのは反則だと思うよ美空ちゃん。大星への効果は抜群だ。僕のHPも残機も全部やられてしまった。
「……補習で夏休みを棒に振りたくはないからな。いつも通りよろしく頼む、朧」
「オーケー。じゃあ今度君達の家で勉強会を開こうじゃないか。報酬に良い女の子を紹介しておくれよ」
「お前の方が紹介できる人数は多いだろうが」
僕は二人と共に駅に程近い大きな書店へと向かい、二人の参考書選びを手伝ってあげていた。
「いやーありがと朧っち。結構安くで買えて良かった~」
大星も美空も全体的に成績が悪いわけではなく、赤点スレスレぐらいの苦手な教科が二科目ずつあるだけだ。とはいえ真面目にテスト勉強しないと本当に赤点を取りそうなぐらいではある。
「いや、結構重いんだが?」
「何言ってるんだよ大星。こういう力仕事は野郎が率先してやるもんだ。な、美空ちゃん」
「そうだよねー朧っちー」
まぁ美空ちゃんも女子野球部の助っ人として、試合でありえないぐらいの剛速球投げてたパワー全振りの怪物だけどね。
二人が買った参考書は分厚めだったが故に、結構重めの袋を大星が持たされている。確かに駅からは遠い彼らの家まで持って帰るのは大変かもしれない。
「二人はまだこれからどっか寄ってくのかい?」
「軽く街ブラして、お昼ごはん食べて帰ろうかなぁって。大星が奢ってくれるんだ~」
……それってやっぱりデートなんじゃないのかい?
そんなわかりきった質問は野暮だからしないでおいた。
「言っておくが朧の分は奢らないからな?」
「わかってるよ大星、僕もそこまで図々しくない。じゃあ早速だしそこのファミレスで勉強会を……」
「え~今日ぐらいは遊びたいよ~」
「こういう時にお前が真面目なことを言うのが怖い」
「まともなこと言ってるつもりなんだけどなぁ……」
確かにラブラブな二人の時間を邪魔するのは悪いかな。そう思って二人と別れようとした時……目の前を通りがかった長身の女性が僕達を見て立ち止まった。
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