俺の彼女は男装コスプレイヤーです

南 コウ@『異世界コスメ工房』発売中

第1話 朝起きると彼女がおっさんになっていた

 付き合って1年になる彼女と同棲を始めた。


 彼女とは、とあるゲームのオフ会で知り合った。お互いゲーム好きという共通点から意気投合し、連絡先を交換。やりとりをするうちに彼女の人柄に惹かれ、気付いた頃にはすっかり恋に落ちていた。


 玉砕覚悟で告白したらまさかのOK。久々にできた彼女だったから浮かれに浮かれていた。


 彼女のことは「ゆん」と呼んでいる。もともとはゲームのHNだったが、付き合い始めてからも本名に切り替えるタイミングが掴めず、ずるずるここまで来てしまった。本名とも近しいから、このままでもいいだろうとお互い納得していた。


 ただ、ほんの気まぐれで名前で呼ぶと凄く喜ぶ。それはもう、凄く……。


 ゆんは絶世の美女というわけではないが、俺から見ればとても可愛らしい女性だ。


 真ん丸とした大きな瞳に、ぷっくりとした唇。毛先がくるんとカールした栗色のセミロングからは女性らしさを感じさせた。顔のパーツは全体的に丸みを帯びていて、たぬき顔に該当する顔立ちだ。


 性格は比較的穏やか。「よーたん」と少し間延びした喋り方で名前を呼ばれると思わずにやけてしまう。


 ちなみに「よーたん」とは俺のことだ。名前で呼んでもらえるのは嬉しいんだけど、はやめてほしい。恥ずかしいから。まじで。


 そんな可愛らしい彼女は、時々おっさんになる。赤髪短髪のウィッグを被り、眉を吊り上げて、頬に傷を作ったおっさんに。


 どんな技を使ったのか知らないが、丸顔だったフェイスラインはシャープに引き締まり、目元や鼻筋に陰影をつけて彫りの深さも表現していた。


 おっさんになっているのは顔だけではない。胸元まではだけさせた白シャツからは、やけに完成度の高い筋肉が覗いていた。


 いま2LDKのアパートにいるのは、癒し系彼女ではない。筋骨隆々のガラの悪いおっさんだ。


「ゆん、何やってんの?」

「んー? 宅コスだよー?」


 リビングに居たゆんに声をかけると、いつも通りの間延びした喋り方で返事をされた。


 宅コス。自宅コスチュームプレイ。つまり自宅でコスプレを行なうことだ。


 ゆんは会社員として働いているが、休日になるとアニメやゲームのキャラクターに変身する。変身するのは男キャラ限定だ。ゆんはいわゆる【男装コスプレイヤー】だった。


 俺がこの趣味を知ったのは、ゆんと付き合い始める前だ。まだぎこちない距離感で食事に行った時、恐る恐る打ち明けられた。


 正直驚いた。スマホに写っているガラの悪いおっさんと、隣に座っているたぬき顔の女性が同一人物だなんて思えなかった。言葉を失っていると、ゆんは眉を下げながら言った。


「こんなの引くよね。女キャラのコスプレならまだしも、こんなおじさんが出て来るんだもん。引くのも無理ないよ……」


 そう話すゆんは、叱られた子供のように小さくなっていた。ゆんは言葉を選ぶように続ける。


「でもね、好きだからやめられないんだ。コスプレしている時は、自分じゃない誰かになったような気がしてすっごく楽しいの。この趣味がきっかけで出会ったお友達もたくさんいるし、簡単にはやめられない」


 彼女がどれだけその趣味が好きなのかが伝わってきた。それをとやかく言う筋合いは俺にはない。


「こんな趣味の女は嫌だって言うなら……よーたさんには、もう会わない……」


 そんな言い方をするのはズルい。こっちはとっくに彼女に惹かれているんだから。


「別に嫌じゃないよ。人の趣味なんてそれぞれなんだし」


 気休めで言っているわけではない。打ち込みたい趣味があるなら好きなように楽しめばいい。


 みんながみんな人に自慢できるような趣味を持っているわけではない。あまり大っぴらにはできない趣味があったって構わないだろう。そんなことでは彼女の魅力は損なわれないのだから。


 俺の言葉を聞いたゆんは、目を細めながら口元をきゅっと上げて微笑んだ。


「ありがとう、よーたさん」


 その瞬間、彼女の笑顔を隣で見守りたいと思った。


*・*・*


 そんなわけで、いまは彼氏公認で趣味を楽しんでいるわけなのだが……同棲してからは驚かされることの連続だ。


 今日もまさに……。


 日曜日の朝っぱらからリビングにガラの悪いおっさんが居たら、そりゃビビるだろう。


「自撮りしよーっと。あー、そこの白ホリ使いたいから退いてー」


 白ホリ、もといちょっと広めの白い壁を指さして退くように指示する。俺は素直に従った。


 白い壁というのはゆんにとっては大事なようだ。アパート探しの時も、装飾のない白い壁があるかどうかを気にしていた。


 内見では白い壁の前で自撮りして「これなら変な写り込みもないね」って。間取りとか日当たりとかもちゃんと見てください。


 そんなこんなで選んだ我が家は、ゆんのスタジオとしても活躍していた。


 おっさんが自撮りをする姿をぼんやりと眺める。何十枚か撮った後、ようやく納得のいく一枚が撮れたようで、満足したように微笑んだ。それからポチポチとスマホを操作する。


「宅コスの方がメイク上手くいくのホント謎……はい投稿」


 おっさんが全世界に晒された。完成度は高いからそれなりに反応されるだろう。こう見えて彼女はフォロワーが多い。


 ゆんが俺の視線に気付く。その瞬間、目を細めながら口元をきゅっと上げて微笑んだ。


「なに? あまりのカッコよさに見惚れちゃった?」

「いや……」


 別にそういうわけじゃないと言おうとしたところで、悪ノリをした彼女に壁ドンされた。顎に手を添えられて、くいっと持ち上げられる。それから余裕たっぷりの笑みで顔を覗き込まれた。


「このまま襲ってあげようか?」


 お誘いは嬉しいけど……うーん……ダメだ、これじゃ全然興奮しない。


 俺は彼女の肩に手を添えて、くるっと位置を反転させる。今度は彼女が壁に追いやられた。びっくりしている彼女にこちら側の希望を伝える。


「とりあえず全部脱いで?」


 真っ赤になったおっさんは、瞳を潤ませながらこくこくと頷いた。


「は、はいっ」


 心まではおっさんになっていないようで安心した。

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