盗み、超えて
「クソ……クソ……!くそったれが……!」
まだ超えられないのか。なんだあの技は?
何度でもやってやる。俺にはそれしか出来ないからな。でも分かるぞ。根本は全て同じなはずだ。だったらすでに俺にでも出来るはずだ。あれもスキルじゃない、鍛え抜かれた技術だ。
それから俺はあの技が使われる状況を模索した。そして決まったルートを発見し何度もあのとんでもない技を味わってみる。そして体感する事で理解した。なんてことは無い、原理はあの移動法と同じじゃないか。後は理解を深めるだけだ。
何度挑んだだろう?だが確実に真理に近づきつつある。こんなに本気で殺意を持って教えてくれる師などいるだろうか?
そしてその時は来た。蟲の上段からの渾身の斬り下しを紙一重で躱し、その剣を上から左手1本で俺の剣でさらに下へ叩き落とす。大きく体制を崩した蟲の、がら空きになった左脇腹に軽く握った拳を添える。
俺の中で何かが弾けた。
『構え』
最初に必要なのはそれを放つ姿勢。
『調和』
そう呼べばいいのか、これから技を放つ対象との調和、同調。マガや気配、生命の伊吹、その全ての調和。
『脱力』
己のマガ、力、強ばりや恐怖、殺意や奢り全てを抜き去る。
『壊崩』
ゼロから一気に己の全てを全身に巡らせ、壊崩する対象までの道筋へと流す。地面を踏む足から膝へ、そして腰へと踏み込みや回転の力を伝播させる。足、膝、腰、肩、腕と力が乗算されて行く。そしてそれは柔らかく握られた拳から蟲の纏うボロボロ服の下、皮膚へ伝わりその奥へと拡がり、暴れ、背中へと流れ抜ける。
「ふひゅ……」
それは声などでは無く、体内から押し出される空気が口から血を吹き出させた音だった。
蟲は前のめりに倒れ動かなくなった。てっきり寄生する蟲なんだから、倒したら本体の蟲がにゅるっと出て来る物かとも思っていたが、そうはならなかった。もしかしたら体内で死んでいるのかも知れない。これはおそらくそういう技だとも思うし。
倒れた蟲を見る。蟲も死んでいるのだとしたら、これは純粋に人間の死体って事になるのだろうか?
見るとその遺体は事切れる前にこの変わった形状の剣を両腕で抱いていた様だ。
何だろう?なんだかこの人にとってとても大事な物だった様に思える。仮初の生が終わる瞬間、ほんの少しだけ元の人間に戻ったのかも知れない、そう思うと何とも言えない気持ちになった。錆びた剣よりこちらの方が役に立つかと思ったが、それを拝借するのは止める事にした。特に理由は無い、何となくだ。その代わりと言っては何だが、背中の下、腰の辺りに横向きに短刀を携えているのに気が付いた。そりゃあこんな強いやつの背後なんて最後まで見る事無かったから気が付かなくて当然か。
その短刀を手に取り抜いてみる。するとこちらも変わった形状をしていた。大事そうに抱えている剣をそのまま小さくした様な形だ。大きな違いは鞘と持ち手の部分にかなり凝った紋様や模様が彫られている事だ。どうやらこれは戦闘用と言うよりは別の用途に使うための物なのだろうか?とは言え錆も刃こぼれも無く、実に切れ味の良さそうな見た目をしていたのでコイツをもらって行く事にしよう。刃物は何も戦うためだけに使う物では無いのだからな。必要無ければ売り飛ばしてしまおう。
俺は短刀を倒れている師匠と同じように腰に括り付けた。
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