底が見えず

あの蟲をどうするか?選択肢は大きく分けてふたつ。戦いを避けて迂回するか、勝てるまで挑み続けるかだ。


 さっそく俺は1番手っ取り早い方法を試みた。大きく迂回だ。だがそれは5回死んだ時点で諦めた。

 何なんだあいつは?あの広場はそこそこ広く、その周りには住宅が並ぶ。その住宅の合間を縫って抜けて行こうと思ったが、どのルートを進んでも行先で必ず蟲に出くわす。おそらく丘を越えた辺りから俺を察知し、向こうから俺に会いに来ているんだと思われる。まったくもって迷惑な話だ。

 

 だからどのルートを進んでも先回りして待ち伏せされている。どうしても俺を殺さないと気が済まない様だ。


 となれば取れる選択肢はひとつ、あいつを倒すしかない。その方法も色々試してみたがどれも有効だと思えるものは見つからない。建物の影に隠れて遠隔攻撃、ずっと距離を置いて投擲での攻撃、その辺がどう見ても近接特化なあいつには有効だと思ったのだが、どうにも決定打に欠け、そうこうしている内にあっという間に距離を詰められて一撃の元に葬られる。

 

 そして最終的に、これはもう、今は相手の独壇場だが、1体1の接近戦であいつを超えるしか無いと言う結論に至った。考えも何も無い、避けられず、勝つしかない、ただそれだけだ。


 それからがむしゃらに持てる力の全てをぶつけて挑んだ。が、何度となく瞬殺。どうなってんだ?今までの魔物とは全く異質、魔物相手の戦いがまるで通用しない。そして気が付いた、これは人と戦っているんだと。

 つまりそう、本能のままに襲って来ている魔物とは違う、相手の動きを読み、合わせ、持てる技を駆使して攻めてくる。ある意味俺と同じ。俺は次に相手がどう動くのかを知ってから死に、再度同じ状況に持ち込んで倒す。対して蟲は相手がどう動くのかを予測して対応する。ただその予測が恐ろしく正確だと言うこと。そしてその一瞬を逃すことなく確実に攻撃を叩き込んで来ること、さらにはその攻撃がとんでもなく強力であるということだ。

 

 なんだ、今の所まるで勝ち目が無いじゃないか。


 じゃあどうるすか?


 そうだな......分からん。まずは相手を知る事か。ツイてる事に俺は何回でも死ぬまで相手を見て、体で覚える事が出来る。


 それから俺は数回、最初の速さの謎に注目する事にした。一撃目の首を跳ねる横薙ぎはタイミングが分かっているので完璧に防ぐ事が出来る。


 蟲が俺を視認しこちらに体を向ける。


 静かに歩いてこちらへ近づいてくる。


 ゆらり


 ここだ。そして次の瞬間には立てにした俺の剣に蟲の持つ奇妙な形の剣が十時に交わり激しくぶつかっている。

 その後は今の一瞬を反芻しながら立ち会うのであっという間に殺される。

 しかしその甲斐あってか何となく見えてきた。あのゆらりと体が傾く様に見えるあの一瞬は文字通り体が前へ傾いている様だ。傾くというのは適切じゃ無いかも知れない。おそらくは体の重心を動かしているのだと思う。そしてその後は恐ろしいほど静かに、滑る様に、もしくは滑空するかの様に前へ突進していた。その仮説にたどり着いた後、試しに遺跡を出ないで動きを真似してみた。もちろん同じ事が出来る訳もない。しかし一度試しにやってみただけで、すぐに理解出来た。この仮説が正しいのだと。そして何となくだがやっている事の根本が理解出来た。

 そうして100回程遺跡を出ずにただひたすらに24時間練習をした。たった100回程度だったが、驚く事にこの動きを習得する事が出来た。そもそもの適正があったのかも知れない。もしくは俺ほどこの動きを何度も凝視出来る人間はいなかったのかも知れない。俺と同じ様に動きを観察した人間はもれなく死んでいただろうからな。とは言え、習得したと言っても本家のスピードには程遠いいけれども。


 出来る様になって改めて深く理解した。これは自分のランクなど関係無い、ましてやスキルですらない。考え抜かれ、工夫と改良を繰り返した体さばき、体を動かす技術なんだと。だから遺跡に死に戻ったばかりの、ランクシアンでスキルなど何も持ち合わせていない俺でも出来るんだ。つまりこれは能力では無く技術であり、脳が体を動かす理屈なのだ。という事は、アニマスキルと同様、何度死に戻っても失われないという事だ。


「こんな技術もあるんだなぁ……。世界は広いな」


 そう、この世の中は知らない事ばかりだ。この1日でそれをいくつも見ることになった。まぁその1日を途方もない数繰り返しているのだけど。


 理屈は理解した。後は反復と実践だ。むしろ反復は実践の中でする事にしよう。なんせ何度失敗してもいいのだから。


 その後は何度も何度も、相変わらず殺され続けた。だか確実に、少しずつではあるが蟲の動きについて行けるようになって来ている。何より一撃目の横薙ぎもお決まりの剣による防御では無く、ほんの少しだけ後ろへ移動する事で躱せる様にまでなった。


「何かが足りないんだよなぁ……」


 また死に戻って独りごちる。

 

 後少し届かない。超えられない。

 なぜだ?こいつと俺は何かが違う。それが分からない。その考えが頭にこびり付いたまま、また対峙する。


「あ……」


 集中していなかった。間抜けな声を発し一撃目をうっかり2回目同様に剣で受け止めてしまった。そしてその次は……。


 沈み込む様に視界から消えた蟲、そして次の瞬間には腹をかっさばかれていた。


「ぐ……ふ……くそ……」


 両膝を付き地面に突っ伏す。


「あ……」


 これだ。これだったのか。


 死に戻った俺はすぐに目を閉じ蟲の動きを思い出す。


 視界から消える瞬間、もう少し下だ。そう、膝だ。なんと言えばいいのか。そう、膝から抜けると表現したらいいのか。


 つまりは脱力だ。


 そうだな?そうなんだな?


 俺はさっそくイメージした通りに全身の力を、そしてマガまでもを抜く。こんな事は考えた事も無い。戦いの場において力も、マガさえも抜いてしまうなんて。でもそれこそがあの人間離れした動きを可能にしていたのだ。



「なるほど……なるほどな、こんな感じか」


 7日、遺跡を出ずにひたすら蟲の動きを真似てみた。何かが掴めた気がする。おそらく一段と蟲の動きに近づいたはずだ。いや間違い無い、確実に壁を越えられた感触がある。


 8日目、さっそく再度挑む。


 もちろん最初から気を緩める事は無い。

 蟲の最初の一撃は後ろに僅かに移動するだけで躱す。蟲はそのまま力を抜き膝から体を落とす。それと同時に1回転して胴へのニ撃目を振るうが俺はさらに僅かに後ろに下がり躱す。

 後ろに下がった俺は右の踵を地面に押し込み重心を前へ。そして重心が後ろから前へ動いた瞬間に左膝から力を抜く。そして波が伝わる様に全身から力を、マガを抜いていく。


 ゆらり


 体が前へと倒れ込み始めた瞬間に全身にマガを巡らせ筋肉へ力を吹き込む。それは地面を蹴るのでは無く、滑る様に足を前へ、それに引っ張られる様に腰が、腕が、肩が前へとスライドして行く。


 この感覚だ。


 その推進力をそのまま剣に乗せ、蟲の横を通り過ぎざまに横に薙ぐ。


 初めてだ。蟲へ初めての傷を負わせる事が出来た。

 気持ちが高揚した。しかし雄叫びを上げる事も、心が激情にゆらぐ事も無い。俺の内は驚く程に静かで落ち着いていた。


 それから何度も斬り結んだ。

 互角、そう言っていい程に拮抗していた。お互いに致命傷とはならないが、少しずつ傷が増えていく。だがほんの少しだけ蟲の動きが鈍くなって来た気がする。おそらくは本来の力では無いのだろう。これが仮初の命の限界か。

 俺が走り抜ける様に胴を斬った。蟲の左脇腹に傷を負わせそのまま距離を取る。だが間髪入れずに蟲が距離を詰めて来る。

 俺はちょうど噴水の横に来ていたので素早く噴水の裏手に周る。ここまで近い間合いならば逆に手が出ないだろう。まさか噴水ごと俺を斬るなんて芸当はさすがに出来ないだろう。


 すると蟲は静かに剣を顔の高さに水平に構え、左手の親指と人差し指の股を切っ先にそっと添えた。


 コッ


 向こうで噴水に蟲の剣の先端が触れる音がした。


 次の瞬間。


 目の前の噴水に穴が穿たれ蟲の剣が飛び出してきた。噴水は穴が穿たれただけでほとんど破片が飛散する事もなく、まさに剣がすり抜けて来たかの様だ。

 その剣はいとも容易く俺の喉元を貫き体に侵入して来た。


「ごっ……ぐあぅ……!」


 声が出ない。喉が潰れたな。クソが……。だがまだ死んでいない。俺は右手で蟲の剣を鷲掴みにしてやり、左手で剣を噴水の陰から突き刺してやった。

 突き刺した剣は蟲の脇腹を貫通したが致命傷とまでは行かない。


 クソが、まだだ。


 俺がさらに剣に力を込めると蟲は逆に踏み込んできた。すると剣を持っていた右手を離し、ふんわりと握った拳がトン、と俺の左脇腹に触れた。


 一瞬の間。


 分かる。こいつはまた全身から力とマガを消し去った。


 そして力とマガが流れる様に巡った瞬間、俺の脇腹に蟲の拳がめり込んでいた。


「ごっ……」


 声なんかじゃない。押し出された体内の空気が口から溢れた。


 伝わったのはまるで波紋。面の衝撃では無く内蔵を揺さぶりながら背中へ抜ける様な感覚。

 

 なんだこれ?あの密着した距離から放つ拳じゃ無いだろ?

 あぁ、さっきの剣が飛び出してきたやつも同じ理屈か。

 後どれだけ技を持っているんだよ。もういい加減にしてくれ。

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