模様替え屋~未来に進む部屋のつくり方~

松浦 翔英

第1話 部屋は心の鏡です。

「これ、新作なんですよー」

 ディスプレイに飾られていた冬物の服が可愛くて、フラッと立ち寄ったお店で、店員さんに声を掛けられる。

 「このコート、スカートにもパンツにも合いますよ。中のインナーにこういうのを合わせてもいいし、もしくは・・・」

 そういうマニュアルがあるのかと思うぐらい、近くにある服を持ってきて、そのコートがいかに魅力的であるのかをプレゼンするそのお姉さんはまさにプロだ。私がディスプレイで見ていたのはスカートだったけれど、話を聞いているとそのコートが欲しくて店内に入ってきたのではないかと錯覚を起こした。

 「少し着てみてもいいですか?」

 つい口から出てきた言葉に、自分でも驚く。「え?着ちゃうの?」という疑問は浮かんだけれど、「こちらへどうぞ」と笑顔のお姉さんに言われるがままに鏡の前に立ち、私はそのコートを羽織った。

 「お似合いです!」

 そのコートはとても暖かいのに、シルエットが綺麗にまとめられて、寒い冬をおしゃれに過ごすのにこれ以上ないくらい素敵な品に思えた。でも、お値段が可愛くない。試着を勧められた時にちらっと値札を見たが、0が4つも並んでいる。「カードで買っちゃう?」私の欲望がいつものように囁き始めるが、本日は理性が特大アラームを鳴らした。「先日、コートは買ったよ!今日も予算は既にオーバーしているよ!」と。

 私は店員さんにお礼を言い、「考えます」と言い捨てて足早にお店を出る。一度鳴らされてしまった特大アラートは鳴りやむ事がなく、私はそれ以上、お店を見て回る気力がなくなった。両手に持っている紙袋はがさがさとうるさい。しょうがない、今日は家に帰ろう。そう決めたものの、心の疲れはさらに増したように感じた。


 「ただいまー」

 誰もいない家に向かって、つい習慣で口に出してしまう。

玄関を開けると、右側には浴室、目の前はトイレと洗濯機があり、左側にはLDKとキッチンを区切る壁がある。LDKの部屋に入るまでの少しの廊下を見て、私はため息をついた。昨日買い物してきた紙袋とポリエステルの袋が端に寄せられて置いてある。いや、昨日の買い物ではなかったかもしれない。一昨日か、もしくは先週の週末に買い物した袋か、もう定かではない。つまりは、その少しの廊下でさえ、あちらこちらで袋が鎮座していて、隙間を縫って歩くしかない。これ以上廊下を圧迫すると足の踏み場が無くなりそうなので、今両手に持っている荷物に関しては、その場で置かずに室内へ持って行った。

 室内の電気をつける。室内に関しても、先ほどの廊下とあまり変わらない。部屋を取り囲む壁の周りには紙袋が所せましと並んでいる。キッチン側に置かれたダイニングテーブルの上には、飲んだ後のペットボトルが何本もそびえ立っているし、ポストに届いたチラシや書類たちもそのまま無造作に置かれ、もはや何が重要な書類なのか分からない。二脚ある椅子の一つに関しては、紙袋で埋まってしまっている。奥の二人がけソファの背面には、洗濯後のバスタオルが何枚も掛けてあり、そのうちの一枚は床に落ちてしまっていた。

 私は手に持った荷物をソファの近くの床にそのまま置いて、どさりと腰を下ろした。


 「あー・・・疲れる・・・」

 思わず口から出てしまった言葉に、苦笑いする。普通は「疲れた」じゃないのか。もう家に帰ってきているんだぞ、と。私はおもむろにテレビの電源を入れる。画面から流れる動画を見ているようで、内容は少しも頭に入ってきていない。それでも、この部屋に無音でいるよりはましだった。テレビの横に設置しているスピーカーで音楽を流さなくなって、どれほど経っただろう。埃がかぶっているスピーカーを視界に入らないようにした。テレビの裏で埃かぶっている本は何の本だったっけ?もう何の本を置いていたかも思い出せない。いつの間にか時間は二十一時になろうとしている。だるいけれど、そろそろお風呂に入らないと明日の仕事に響くなとぼんやりと考えている所でポケットに入れていたスマホが振動した。私はスマホを取り出す。メッセージの主は高校からずっと仲良くしているまゆみだった。私は今年で二八歳になる。同級生の友達は、ほとんど結婚という次のステージに進んでいて、まゆみもその一人だった。

 

「元気―?最近全然会ってないから寂しくて連絡した!久々にそっちにお泊りに行ってもいい?そして旦那の愚痴を聞いてー!」

 

 まゆみは結婚して他県へ引っ越しをしてしまったから、ここ一年ほど会えていなかったけれど、引っ越す前は月に一回はうちへ泊りに来て遊んでいたほど仲良しだった。そう考えると、まゆみだけじゃない。私はよく友達を家に誘って家で食事を振舞ったり、みんなでお酒を飲んだりするのが好きだった。

 「今では考えられないな・・・」散らかり放題の部屋の中をぐるりと見まわして、悲しくなる。一体、どこからこうなってしまったんだろう。今までも片付けようとした事はあったけれど、部屋が綺麗になるたびに悲しくなって、結局、片づけを途中でやめて、また散らかっての無限ループに嵌ってしまっている。原因は分かっている。でも、それを解決するきっかけを掴めずにここまで来てしまった。そろそろ立ち上がらなければいけないよな、まゆみにも久々に会いたい。

 私は考えた末に、スマートフォンで片付けのプロを検索してみた。プロに頼むと決めたわけではないけれど、どんなものなのか、調べてみるだけタダだよね。

 「お風呂・トイレ、二ヵ所で四〇〇〇円!ピカピカにします」「家事代行サービス一時間お試しサービス中!」「ゴミ屋敷でもOK!ゴミでお困りの方必見!」「収納アドバイス一回二〇〇〇〇円から」・・・

 沢山の見出しが並んでいるけれど、どれも自分には当てはまらないような気がして、私はどんどんスワイプしていく。紙袋だらけの部屋だけれど、どれもゴミじゃないし。そんな中で、私は思わず指を止めた。

 「部屋は心の鏡です。部屋を生き返らせませんか?模様替え屋」

 部屋は心の鏡・・・。見ないふりしていた心の奥がちくりと痛んだ。


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