豹のゆくえ

@GARAgg

1.しゅー (5月)

俺は今大きな過ちを犯そうとしている。

それは過ちかどうかは人によって異なるが、自分がこの18年間と3カ月ちょい経験してきた中ではよっぽどな過ちだ。

ベッドの上で仰向けに寝っ転がる自分は、だれがどう見たって怠惰な大学生であることを目の端に写る姿見が伝えている。

目の端には怠惰な自分を映す姿見、そして中心に写るのはスマホの画面。夕日が差し、少しずつ自分の部屋が暗くなっていく中でスマホだけがギンギンと光り、その光は明らかに人体に影響が及びそうだ。

そして、その画面には自分の顔写真が写されている。

丸顔である自分の輪郭の上には今日近所の1000円カットで短めに切られたつんつんの髪、他の人よりもほんの少しだけ薄いピンク色を唇、自分なりにほんの少しだけ手を加えたまあまあ角度のある細い眉毛、少し大きい鼻の穴、そして俺自身結構気に入っているまつ毛が長い一重の両目。

自撮りなので愛想のない真顔を浮かべ視線はレンズの方向、身にまとっている大手のスポーツメーカーのロゴが入った黒いジャージで体をかがめて上半身と顔だけを映して、できるだけ自室の内装を見せないようにしている。

改めて自撮りをしてみると割と整っているんだなと感心するがこの写真自体10枚ほど撮ったうちの一番自分でかっこいいと思える1枚であることを忘れてはいけない。

もっと撮影した方がもしかしたらいい感じの写真ができるかもしれないと思ったが、途中であの姿見の前で1枚1枚ごとに表情、体の向き、写真の角度を調節している自分が恥ずかしくなってきてやめてしまった。こんな恥ずかしいことを他の人たちはやっているのかと思うと少し滑稽である。

いい感じの目線、体のライン、光加減が自分を10枚の中でもっとも装飾していると思ったからこの写真を投稿することにした。

だが自信がある写真とはいえ、自らの顔どころか個人の情報を一切出してこなかった人生だ、急にそんなレベルの高いことはできない。俺にとっては犯罪を犯した気分になってしまうからもう少しだけ勇気が必要だ。

そう思っていったん×マークを押して、あとボタン1タップで全世界に公開という状態を解除した。

そもそもアイコンもツイートもプロフィールにすらなにも手を加えないいかにも怪しいアカウントだ。Twitterをよく見るようになって最初は年上の人はもちろん、高校生から自分の顔が映った写真を適当な文字を添えて投稿しているから驚きだ。それでも意外と俺と同じような始めたての同い年がいないというのだからなんだか寂しさと不安がある。俺はとりあえず自分のホームから慣れた手つきで画面を”おすすめの投稿”の欄に移した。そこには様々な男性の写真がスクロールするたびに流れてきて、自分の気に入った写真やツイートがあれば♡マークのいいねを押す。

好きなネタを自由自在に取る回転ずしのように、ただひたすらに自分の好きな黒髪短髪の筋肉質な男性をいいねする。

だんだんと手と目が疲れてきたと思ったらいつの間にか15分ほど時間がたっていて夕日によってオレンジ色だった部屋は少しずつ白に近い寒色を帯びた寂しい部屋になっている。電気をつけようと思いながら無意識にスクロールをした瞬間、画面のそいつと目が合った。


あ、この人かっこいい。


これまた無意識にその写真をタップする。

画面びっしりに写るのは愛嬌のある笑顔の男だった。

黒い悪く言えば無個性なTシャツはその男の顔を引き立たせるのにふさわしい。

一重なのに大きく鋭い瞳と薄く清潔な唇、太く整った眉、一つ一つの顔の要素に合わせるために生まれてきたような優しい鼻、そしてこの小さな画面からでもわかる太い髪の毛をうまくあげてフェードカットで整った髪型は彼の頭の形があることを前提に作られている。ほかの人に撮られたであろうその少しヤンチャそうな雰囲気はどこか可愛げを有している。

数秒だけあほみたいに口を開いた。こんないい男が世の中にはいるのかと。それと同時にこの男と会いたいという欲が出てきた。

この男はなんというのだろう。視線をアカウント名に移す。

そこにはたった1文字”豹”と書かれていた。本名か、それともTwitterだけの名前なのかは定かではないが、豹という言葉から野生動物としてサバンナを駆け回って獲物を大きく力強い牙でとらえる逞しい光景が頭の中を駆け巡るこの男にぴったりな、いかにも男らしい名前だ。これだけでも好印象になる。

”豹”のことをさらに知りたくなった。これまた慣れた手つきでアカウントのプロフィールが並べられている画面に切り替える。


《h15/二回生/東京/筋トレ 友達募集中~》


h15ということ平成15年の代だっけ。俺の一個上か。プロフィール欄もとてもシンプルでなんだかクールな感じがしてかっこいい。

豹くんと友達になりたい、話してみたい。

この界隈では顔写真がなければあまり相手にされることもない。だがTwitterを初めて2カ月間1度も自分の写真を載せようとしなかったのはやはり自分の写真を上げるという行為に抵抗があるからだ。本当は自らの同性愛者であるという悩みを共有したかった。自分の本心を思う存分に明かしながら話たかった。ゲイとしての自分を当たり前だといえる同族な友達が欲しかった。それは自分が追い求めていた最高の環境でありきっと嘘で取り繕った過去の自分を肯定してくれるものであることはわかっている。

ただ、勇気がなかった。その嘘で取り繕った過去の自分が自分を馬鹿にして一歩踏み出す勇気をすり減らす。その勇気は自分一人では小さすぎる。他者の力が必要だ。無意識にそう思う俺は悩みに悩んだそんな2カ月の結論がたった1枚の写真で決まってしまった。

玄関の開く音が鳴る。母さんが夕食の買い出しから帰ってきたんだな。

豹くんをフォローした後、ちゃっかり下書き保存しておいたさっきの写真をこの広い広いサバンナの中に投稿した。

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