108、実力
「貴様……一体何者だ?!どうやって入った?!」
「ふむ……教えん。貴公らに名乗る名は無い。入った過程などもっと無駄だ」
「何っ?!」
「調子に乗ってんなぁ……!」
「はっ!この数を相手に勝てるとでも思ってんの?おめでたい魔族も居たもんね!」
「ふむ……圧倒的に物量と魔力量が足りない。我を倒したいのならば、まずは
「……へぇ?今じゃ不足だってのかい?」
「うむ、我ら皇魔貴族とやり合いたいならば、1体に対し国1つと心得よ。数は多ければ多いほど良い。しかし全員雑魚ならば話は別だ。その数を1つに凝縮してもまだ足りないほどの圧倒的な力を持つ個体が必要なのだ」
グルガンは淡々と語る。一瞬教師の講義を聞いているかのような気になったが、次の言葉で頭が沸騰する。
「エデン正教は実力派を集めているとの噂だったが、噂とは聞いた者の印象や願望が付け足されてしまうものだ。何が言いたいか分かるか?……この程度とはがっかりしたと言っているのだよ」
「んだとコラァっ!!」
突っ掛けたのはレイン。喧嘩っ早い彼は底知れぬ相手にも果敢に攻める。無謀とも思える行動だが、
避けられるわけがないという絶対的自信から放たれる突きはグルガンの鳩尾に向けて走る。
ピゥンッ
刺さった感触など存在しない。それほど鋭くかつ殺意に富んだ技だ。輝きすら放つ美しい壁に備え付けられていたように綺麗に刺さった。
「っ?!……そんな……!?」
完璧に捉えたはずのグルガンの体を外し、背後の壁に差し込んでいた。レインの鍛え上げられた動体視力を超える速度で身を翻し、レインの思惑を完全に超える。あの体躯で凄まじい速さだ。
しかし攻撃の手はまだ終わっていない。レインのすぐ後ろから次の攻撃が繰り出されていた。
「どっせぇぇいっ!!」
レインが突っ掛けたと同時に攻撃を放ったクリスティン。隙のない二段構え。いや、さらに後ろからライオット=フーバーとヘクターも来ている。
(なかなか良い手数だ。それだけに惜しいな)
──ブォンッ
グルガンに仕掛けた3人はそれぞれ左右に吹き飛んだ。受け身を取りながら起き上がる3人だったが、その顔はきょとんとして何が起こったのか分からないといった顔だった。
「えっ?えっ?」
「な、なんだ?さっきの浮遊感は?」
グルガンは相手を傷付けることのないようにそっとクリスティンを左へ、ライオットとヘクターを右に押し投げた。見えないほど素早い上に、壁にぶつからない程度に優しく投げ飛ばされたことにまったく気付けなかった。
「太刀筋が素直すぎる。避けてくださいと言っているようなものよ」
「んだとぉっ!?」
レインはレイピアを引き抜き、グルガンにまたも突っかかろうとする。
「よせレイン。私がやる」
満を持してブルックが前に出た。だがグルガンに戦う意思はない。
「ああ、待て。貴公らと戦う気などハナから無い。我の持ち物を返してもらえればとっとと帰る」
「何?」
「来い。レガリア」
グルガンはローランドを見ることもなく手をかざす。するとローランドが大事そうに抱えていた魔剣が腕の中から消え、グルガンの手に現れる。
「やめろぉっ!!」
バッと凄まじい勢いでニールが飛び出す。グルガンに刃引きされた剣で攻撃を仕掛けた。
「
ゴオォッ
空を切り裂く真空の刃。巨大な空飛ぶ斬撃はグルガンを真っ二つにせんとひた走る。
「危ねぇっ!!」
グルガンの背後に居たレインはすぐさま横に飛び退き斬撃の魔の手から身を守る。しかしグルガンはその場からピクリとも動くことなく大きく息を吸った。
「ふんっ!!」
パァンッ
巨大風船が弾けたような凄まじい音が鳴り響く。グルガンは迫り来るニールの渾身の爪刃を気迫だけで破裂させた。
「バカな……?!僕の本気の爪刃をっ!?」
「そうかあれが……。しかし悲観する必要はない。我がレガリアを握ったその時点で貴公と繋がっていたレガリアとのパスを切った。つまりは元々の実力に戻っただけのこと」
「はっ!?う、嘘だっ!!僕の実力は……!?」
ニールは自分の手元を見る。握り締められた剣は訓練中に怪我をしないように刃引きが施されている。
「僕の……実力は……」
訓練用の剣をポロリと落として膝をついた。
「……我も冒険者の実力はそれなりに知っている。人間の身でそこまでよくぞ練り上げたと褒めてやりたいところだが、上には上がいるということだ。だが強さを誇る時代も次第に終わりを迎える。女神は倒れ、世界はようやく新時代へと移行するのだ。その時には種族を超えた良好な関係を築きたいものよ」
陶酔しているような台詞回しだが、グルガンの表情や態度、放つ雰囲気は常に一定で一部の隙も見られない。動けない面々を見渡した後、最後にグルガンはブルックに目を向けた。
「時代の幕開けにエデン正教は何を目指す?博愛か絶滅か。一神教の真価が問われる時だぞ?」
真剣な眼差しを一身に受けたブルックは奥歯を噛みしめ、恐怖に支配されゆく心に喝を入れる。しかし完全には制御出来ず、汗が一筋溢れた。
グルガンは言うこと言って満足したのか黒いモヤを残して消え去る。出現時と退去時に黒いモヤを残したのは威厳と恐怖効果を演出するためのもので本来は出ないし出さない。あっさり消えて相手にきょとんとされるのは寂しかったので、一応それっぽく出したに過ぎなかったが、効果は抜群だった。
攻撃のタイミングを失った冒険者と
*
「何っ!?この大聖堂に魔族が侵入しただと!?見張りは何をしていた!!」
グルガンが帰って早々に
「ア、アレクサンドロス……」
「なっ!?ローディウス卿はかの魔族を知っておいでなのですか?!」
「……私も歴史書でしか知らんことだ。数世紀の時を経て、尚もその姿を維持し続けるとは……魔族の寿命とは一体どのくらいあるというのだ?」
「まさかエデン正教を支配していた魔族とは……」
ヘクターが口走ったその言葉にはビフレストも驚愕する。皇魔貴族に支配されていた歴史はエデン正教でも頂点の者たちにしか知らされず、最近ようやく
「ああ、その関係だ。アレクサンドロス=
「アレクサンドロス=
「信じられんのも無理はない。アレクサンドロスよりも上の存在が人間の支配を積極的に行い、世界征服を目論んでいたのだ。その魔族の名はデザイア=
今後のエデン正教の行末に頭を抱える
ジンたちはニールの落ち込みっぷりに居た堪れなくなりつつも必死に慰める。とはいえどう慰めて良いかも分からず「元気出せよ」「また手に入れれば良い」などの軽い投げ掛けが上滑りしてどこかへ飛んでいく。
「……聖剣の用意がある。君のような優秀な
ローランドはニールの代わりに前に出て
「ローディウス卿。大変申し訳ございません。ニールは今、心ここにあらずの状態でございます。ニールに代わり私が代表して感謝申し上げます」
(やっぱり……最後の最後は外から持ってくるしかないんだな?そうなんだな?ニール)
リックはニールを慰めることもせず、じっと眺めていた。その目には魔剣の強さに酔いしれて子供のようにはしゃいでいた最近までのニールと、今現在のニールとを重ねて見ている。
努力や才能では超えられない壁を魔剣で補う。常識で考えれば当然のことだが、常識では考えられないほどの爆発的な力の上昇があればニールの落ち込みようにも説得力が生まれるものだ。
(こりゃ……しばらくは無理か……)
ジンは所在なく虚空を見つめるニールを放っておくことが出来ず、ビフレストからの脱退を先延ばしにすることを決めた。
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