103、災い転じて福となす

 死の谷からここまで日持ちのする硬いパンや干物を囓って来たため、まともなご飯に喜ぶレッドたちはある程度食事にありつき、一息つくと同時に会話を弾ませる。あまり心を開かなかったステラが仕事の完遂と共に気を許したのかようやく笑顔を見せ、最近ステラに起こった悲劇の数々に話題が移った。


「本当に最近は不幸続きでたまりませんよ。父のぎっくり腰から荷馬車の故障、見習いにはお金を持ち逃げされ、挙句前回の運び賃は半分以下。運送ギルドから手付金が出なかったら今回の仕事も受けられませんでしたよ」

「それは大変でしたね。しかし見習いは何故そのような裏切り行為を?その持ち逃げがなかったらこんな危険な仕事を受けることがなかったように思えますが……」

『まったくじゃなぁ。見習いになるくらいじゃから憧れていたように思うがのぅ』

「あ、もしかして思ったより運送業がキツかったとかですかねぇ?」


 愚痴るステラにライトとレッドが質問する。ステラは見習いの愚行を言いたく無いようにキュッと口を窄めた。ライトは空気を読んで話題を変えようとするが、オリーは空気も読まずに尋ねる。


「どうした?何故話さない?」

「ちょっ……オリーさん」

「あ、良いんです。見習いが逃げたのは私の落ち度です。見習いは父が最近雇ったんですが、真面目に運送を仕事にしたかったわけではなく、私の体が目当てだったようで……」

「えぇ……」

「父が入院してからというものスキンシップが多くて注意したんですが、一向に止める気配がなかったんです。人手がないので父の回復を待つ間は我慢するしかないと思っていたんですが、荷馬車の故障で立ち往生した時に襲われそうになりまして……私が護身用のナイフをかざして拒絶したことでようやく諦めたんですが、その後すぐにお金を持ち逃げされたんです。なけなしのお金で何とか荷馬車は修理出来たんですが、修理を請け負ってくれた方からの話では自然に壊れたわけではないと……」

「クズだな。計画的な犯行ということだ」

「ええ。雇用当初を思い出せばやたら見てくるとは思ってましたが、まさかあんなことになるなんて……今回の件の報酬で人手を確保出来ますが、男性を雇うのは怖いです。でも父の治療費と私の生活費もありますし、ナーバス運送の看板のためには運送ギルドからの仕事を受けないわけにもいきません。だ、だから私があの時我慢していればと何度も思っちゃって……」

「それは違う!」


 ガタッとレッドは立ち上がる。急な大声に他のテーブルの客も驚いてレッドを注視する。「……あ、その、すいません」といって周りに頭を下げながらそっと座る。


「えっと、俺が言いたかったのはですね、我慢することじゃ無いってことです。そ、そんな悪い奴と縁を切るのは間違ってませんし、憲兵に突き出したって全然変じゃないですよ」

「うむ。レッドが言うなら探し出して殴るのもやぶさかではない」

「あ、もうあの男のことは良いんです。関わるのは無駄なので……でもですね?それで人手不足になってる現状があるわけで……」

「ふぅ……簡単には答えは出せませんね」

『そうじゃのぅ。欲にまみれる人間ども。この小娘の不安も分からんでない』


 ステラの現状にレッドたちのテーブルはお通夜状態となる。ステラはオリーの方をチラリと見た。


「……せめて運送ギルドから独立したブラックタイガー運送のようなゴーレムでもいれば気が楽なんですが……」

「あの運送屋のゴーレムは確か権威付けの見せ掛けです。運送には向きません。魔導局に掛け合えば適したゴーレムもあると思いますが、値段が……」


 ステラは俯く。男性を雇いたくない、ゴーレムは値段が高すぎて買えない、やはり八方塞がりからは逃れられないようだ。


「……魔導局?……あっ!」


 レッドは魔導国ロードオブ・ザ・ケインのことを思い出した。


「ライトさん。魔導局直通の通信方法って何かないですかね?」

「あると思うが、どうする気だ?」

「ちょっとルーさんにお願いしようかと思いまして……」

「「……ルーさん?」」


 ステラとライトは困惑気味に聞き返すが、オリーはレッドの発言にニヤリと笑った。



 魔導国ロードオブ・ザ・ケイン。


 ──カッカッカッ……


 小気味良い音を鳴らしながら硬い床の上を歩く女性。

 前髪が目にかからないように均等に毛先を揃えたパッツン前髪と、肩口で切り揃えたまるでカツラのように綺麗なサラサラの黒髪。切れ長つり目が狐のような雰囲気を醸し出し、鼻筋の通ったハッキリとした顔立ちは美人以外に言いようがない。

 白衣を着こなし、自信に満ち溢れたその女性は魔導局の研究員テス=ラニウム。

 暗い路地を歩いてたどり着いた倉庫の前。錆び付いた扉の取っ手を握りしめ、思いっきり横にスライドさせた。


 ゴゥンゴゥンッ


 重量のある扉が大きく開いた。中にあったのは緑の蛍光色に光り輝く水槽や、意味深な水晶。液体の入ったフラスコ。ビーカーや試験管が机の上に所狭しと並んでいる。


「おいっ!ルイベリアぁ!!何処にいるっ!!」


 テスは美人な顔に似合わず怒声を上げて同僚を呼ぶ。相手は魔導局以外で研究室を作り、独自に研究をするテスと同じ魔導局の研究員ルイベリア=ジゼルホーン。

 ルイベリアのラボに入ってすぐのところにあるソファからモゾモゾと雪国の妖精のような女児が顔を覗かせた。寝起きなのか目がしょぼしょぼしている。


「……もぉーっ……なぁによぉ?テスぅ……今日僕休み取ってたよねぇ?」


 そこにいたのは真っ白な天然パーマの髪をお尻を隠すほど伸ばし放題にしている、まるで毛布を着ているかのような見た目の女児。可愛いとしか言えないモチモチのほっぺたに、大きいサイズのメガネを掛けてずり落ちては直すを繰り返す。見た目にそぐわないダボダボの白衣を着ているのも女児感を演出している。


「そこに居たか……てか、お前それ着っぱなしか?シワになるからちゃんと脱ぎな」

「ふふんっ、同じの12着持ってるよ。ちなみにこれは部屋着用ね。そんなことよりなに?休みにわざわざ来るなんて珍しいこともあるんだねぇ。コーヒーいる?」

「要らん。そんなことよりお前に伝えたいことがあってな。レッド=カーマインを覚えているか?」

「レッドっ!」


 今にも二度寝しそうなルイベリアの目がパチッと開いた。


「ふふふーんっ!やっと僕に頼る気になったわけだねぇっ!僕のルイベニウム合金でなんでも作っちゃうもんねぇ!剣が欲しいのかな?それとも鎖帷子くさりかたびらかなぁ?」

「どれも違う。小型ゴーレムの製作だよ」

「え?でもオリーが居るから要らないって……いや、無粋だったね。期日は?」

「出来るだけ早くということだ」

「そっかぁ……もちろん手伝ってくれるよね?テス」


 ルイベリアの言葉にテスは鼻で笑う。


「ふんっ……当たり前だ。貸し借りはしっかりと精算しないとだからな……」


 エクスルトにいるレッドから届いた小型ゴーレム製作の依頼。実は通信が来たと同時にテスは作ることを承諾していた。

 今回のラボへの訪問は、プライベートでの製作となるので魔導局の研究所が使えないためと、レッドに借りがあるルイベリアに「一緒に作るぞ」という共同作業を打診しに来たのだ。

 2人はニヤリと笑い合う。すぐに1週間の休みを魔導局に申請し、その日の内に製作に取り掛かった。

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