96、屍竜王

 屍竜王ウルウティア。その肩書の通りアンデッドドラゴンを使役する竜族の王。屍人のように真っ白な肌で生き物のフリをしているかのようにおぞましい存在は、支配領域に入った侵入者たちを不思議そうな目で見つめる。


「魔障壁ぃ?こんなに質の高い魔法防壁を張れるなんて、なかなかの大物がやってきたようねぇ。……牽制程度の攻撃で逃げ惑う人間も面白いけれど、こうして強い人間もまた面白いものねぇ」


 定期的にパイプ煙草を咥えては煙を吐き出すウルウティア。だが決して煙たくはない。濃霧に馴染んで消える煙に、濃霧を生み出しているのはパイプ煙草の煙ではないかと想像させられる。


(ただの濃霧なら良かったが、何らかの魔法的効果があった場合が厄介だな……このフィールドに足を踏み入れた時点で奴の術中ということになる。知らなかったとはいえ迂闊だったな……)


 ライトは手綱をステラに渡して座席に置いたロングソードに手を掛ける。それを見たウルウティアは鼻で笑う。


「おやぁ?その剣は魔剣では無さそうねぇ。魔法使いだけが特別強いのかしらぁ?」

「武器が凄い、武器が強力。力量の測り方はそれだけではないぞ」


 ライトが剣を抜こうとしたその時、バッと荷馬車からオリーがウルウティアの前に飛び出した。


「待ってくれ屍竜王ウルウティア!私たちに危害を加えないでくれ!」

「あれぇ?何故妾の名を知っているものがここに?エクスルトの子たちに教えてもらったのかなぁ?」

「え?何でここでエクスルトが出てくるの?」


 ステラの発した疑問でライトは即座にピンときた。ウルウティアとエクスルトとの関係性が目に浮かぶ。


「ご覧の通りエクスルトは関係ない。私が一方的に知っているだけだ」

「ふ〜ん。それじゃそういうあなたは誰なのぉ?」

「私はオリー=ハルコン。火竜王ウルレイシアがレッドのために作ったゴーレムだ」

「なっ……オリーさんがゴーレム?そういえばそんな話がちらほら小耳に入ってはいたが……まさかそんな……」

「火竜王……ウルレイシアぁ?妾の知る火竜王はウルメロウのはずぅ」

「ウルメロウは3代前の火竜王だ。今はウルレイシアで間違いない」


 ウルウティアはオリーをまじまじと見やり、気が済んだのかパイプ煙草を吹かした。


「何と精巧で精密な人形か。ウルレイシアとは器用な女なのだなぁ……そうかぁ。ウルメロウは3代も前かぁ……」


 ぼんやりと思い出すように虚空を見やる。古い記憶を呼び起こすようにゆったりした動きで肘をつくとその手に顔を乗せた。青い目を光らせながらレッドたちを見回す。


「それでぇ?そのゴーレムが妾の領地に一体何の用かなぁ?今代の火竜王は支配領域を広げているのかなぁ?」

「それは違う。領地に踏み込んだことは謝るが、ここに来たのは近道のためだ。エクスルトへ荷物を運ぶ仕事でここを通らなければ間に合わないのだ。とりあえず通してくれれば後日菓子折を持って詫びを入れに来る」

「あははっ!詫びぃ?ダメよぉ、そんなものは要らないわぁ。妾の領地に入った以上、あなたたちが支払う対価は魂よぉ。というわけで死んでちょうだぁい」


 ウルウティアはパイプ煙草を掲げた。アンデッドドラゴンはそれに合わせて遠吠えのように吠える。今にも襲いかかって来そうな時にレッドが声を上げた。


「待ってください!待って!!ほんとに待って!!」

「んぅ〜?話は終わったよぉ?これ以上妾を煩わせるつもりならば……手が出ちゃうぞ?」

「や、やめましょうよ。戦い以外にも解決策があるはずですよ。謝罪ならいくらでもします。もしあれでしたら俺の剣を置いて行きますから……」

「ぷっ。それただの剣じゃない?魔剣ですらない剣を置いていって何になるの?」

「あ、その……武装解除のために……あ、あと剣を売ったら少しのお金になりますし?……そ、それじゃ少ないですけど、お金と……ちょっと臭いかもですけど、愛用のクロークを……」


 レッドは腰に下げた剣を鞘ごと引き抜いてウルウティアにかざす。さらに羽織ったクロークを脱ごうとした時、ウルウティアが首を横に振った。


「要らな〜い。何故なら妾に世俗の通貨など必要ないしぃ、クロークも必要ないからぁ。見てぇ。いい服着てるでしょう?あなたの提示する全てが妾の琴線からことごとく外れているのぉ。ところであなたの名前はぁ?」

「あ、申し遅れました。俺はレッド=カーマインと申します」

「レッド……じゃぁそのぉ、ウルレイシアがレッドのためって言ってたのはぁ……あなたがそのレッドなのぉ?」

「え?あっはい。えっと……炎帝に封じ込まれてた彼女をたまたま助けたのがきっかけでして……何かその、炎帝を倒したら勝手に封印が解かれたって言うか……まぁそんな感じで感謝の印にと……」

「炎帝を倒したぁ?あははははっ!ほんとぉ。へぇ〜。じゃぁその精霊を連れ歩いてるのはどうしてぇ?それも屈服させたのぉ?」


 ウルウティアの指の先に精霊が居るのだろう。先程までの過程を何も知らないはずのウルウティアが、ライトたちの奇行の温床である精霊の存在を突然言い当てたことにステラは驚愕する。


(居るの?本当にそこに……?)


 ステラは指の先にいるのかも知れない虚空に目を凝らす。見えるはずもないのだが。


「あ、や……ち、違います。フローラはライトさんについてきた精霊です。俺とはあんまり関係ないというか……」

『えぇ?酷いのぅ。れはらを仲間だと思っとったんじゃが……』

「あぁ〜っその……そういう意味じゃなくて、出会いとか、ついてくる過程とか、そういうのに関わって無かったってことを言いたくて……決してフローラを傷付けるつもりはなくて……ご、ごめんなさいっ」


 レッドは慌てて頭を下げるが、フローラはニヤニヤと眺めるばかりで傷付けられた悲しそうな雰囲気など存在しない。ウルウティアはパイプ煙草を吹かしながら微笑んだ。


「ははぁ?なかなか面白い経歴を持っているのねぇ。こんな活きの良い供物は初めてよぉ?」

「っ!?……やはりそうか。エクスルトが貴様に供物という名の人間を与えているのだな?」


 ライトの発言にレッドたちは驚愕する。


「そ、そんな!?それじゃこの任務クエストは……!?」

「恐らく死の谷に向かわせるための撒き餌だ。法外な賠償金が発生する以上、ここを通る他に道は無いからな」

「莫大な成功報酬がこの任務クエストを受けるきっかけになって、法外な賠償金が迂回させないための縛りになっているということでしょうか?」

「間違いない」

「う、嘘……」


 上手い話には必ず落とし穴がある。ステラは自分の無知と愚かさを呪った。イチかバチかという賭けに出るほど追い詰められていたのは確かだが、勝率のない賭けだとは思ってもみなかった。竜王と対峙して逃げられるとは到底思えないし、戦って勝てるかと言われれば望みは薄い。


「じゃ、じゃあ尚のこと戦うべきじゃないでしょ?」

「それはそうなんだが……」

「よし、ここは俺の身包みを全て差し出してでも見逃してもらう他無い」

「……どうしたんだレッド?君らしくないぞ?」

「え?だだ、だって……」

『なぁにをビクビクしとる?レッドならドラゴンなぞ軽く伸せると思うがのぅ』

「えぇ……俺?勘弁してくれよ……ドラゴンに勝てるわけないだろ……」

「レッドが勝てない相手などいないさ。たとえ最強の竜王と語り継がれるウルウティアであってもな」

「えっ?!最強っ?!いやいやいや……俺なんかがウルウティアさんに勝てるわけないだろ……それにほら、アンデッドドラゴンとかもいるし……」

「あっははぁっ!炎帝を倒せる男がアンデッドドラゴンに萎縮しているのぉ?何でぇ?それってつまり、炎帝を倒したのが嘘なのかぁ。それともぉ……?」


 ウルウティアの疑問にライトも疑問符を浮かべた。女神をも倒せる男が何故ドラゴンに過敏に反応するのか。


(まさか……いや、間違いない。レッドはドラゴン恐怖症だ!)


 ライトはレッドの泳ぐ目を見て何らかのトラウマがあるのだと悟る。だからといって、ここでいつもの力が発揮出来ないのはハッキリ言って不味い。周りを囲む相当数のアンデッドドラゴンをオリーと2人で片付けてもウルウティアに勝てる未来が見えない。


「レッド……少し良いか?」

「え?……はい」


 レッドは口に手を当てるライトの側に近付き耳を寄せる。コソコソと内緒の話が行われ、次の瞬間にはレッドの目に輝きが戻った。


「作戦会議は終わったぁ?そろそろ行くよぉ?」


 ウルウティアは右手を上げてアンデッドドラゴンに攻撃を指示する。そうして動き出したアンデッドドラゴンに対し、いの一番に飛び出したのはライト。


「どこからでもかかってこいっ!!」


 その雄々しい姿は経験に裏打ちされた自信を感じさせた。

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