36、隠密行動
獄炎の門に侵入したレッドはダンジョンの階層を着々と下りていった。見たこともないイソギンチャクのような魔物や巨大ムカデ、燃える虎、トゲトゲのアルマジロなど多くの魔物が住んでいるようだ。どれも当然のように火に耐性があり、マグマを泳いでいたりしている。
その全てにミルレースは感動し、何かにつけてレッドに報告するが、いつドラゴンに遭遇するかも分からないダンジョンではしゃぐことなど出来ない。自殺行為に等しい。
「……陽気だなぁミルレース。楽しそうで何よりだよ」
『あ、ごめんなさい。うるさかったですか?』
「……いや、ミルレースの姿は俺にしか見えてないし、どれだけ騒いでても大丈夫。……やっぱり封印されてたから羽を伸ばしたくもなるよな」
『ええ、まぁ……というかこういう景色が初めてで純粋に楽しんでしまっているというか……』
「……俺もドラゴンさえ居なかったらもうちょっとはしゃぐんだけどなぁ……というかオリハルコンはまだないのか……」
マグマの灯りで照らされたダンジョン内の岩肌をくまなく見て回っているが、それらしい物質は未だ発見出来ていない。懐に隠した資料を何度も見返し、その構造や性質を理解したつもりだったが、探査能力に欠けた自分のスキルでは難しいということだろうか。
「……いや、もっと下か?」
火山の噴火で噴出されたオリハルコン。資料に書かれてあることが事実なら、最深部から放たれた後、長い年月をかけてダンジョン化したとある。予想では最下層に欠片が残っているかもしれないとのことだった。
(オリハルコンの
魔物を刺激しないように慎重に進む。このダンジョンは中が驚くほど広い。多分ドラゴンに住みやすい環境に生成されたのだろう。進んでいくごとに段々と魔物の姿が減っていき、ドラゴンの姿が散見されるようになる。
これまで以上の慎重さが求められるフロアを見てレッドは震え上がったが、足を止めているわけにもいかず、ひたすらに息を潜めて景色に溶け込む。幸いにもここに住むドラゴンは感知能力が低いらしく、レッドには一切気づかない。もっとも、腹を空かしていないので雑魚には見向きもしない可能性もある。
(……俺は陰……俺は景色……。技術やアイテム以上に心の持ちようで隠密の動きを可能にする。ジンの言った通りだな)
ビフレストのメンバーである
しかしその隠密行動を以ってして面倒なのはここら一帯の構造だ。ドラゴンが踏み荒らし、その体をこすりつけるせいか、明らかに障害物が少ない。マグマ溜りが左右に位置し、橋のような通路になっている9階層にはほとほと困り果てる。
『なんだか王の道のような作りではありませんか?ほら、城門に続く橋のような……』
そう言われたらそうにしか見えなくなってくる。
「……城門に続く道……つまり次が最下層か?」
『それは分かりませんが、多分そうではないでしょうか?』
オリハルコンに最接近したことを悟って心が躍った。だがこの通路を通らねば最下層にたどり着けない。そこにはドラゴンが寝そべり、ただ居座るだけで門番のように威嚇している。それも1頭や2頭ではない。マグマ溜まりを泳ぐドラゴンを合わせればその数は7頭。他のフロアにも1、2頭ウロウロしていたが、ここの数は明らかに異常だ。
「……ここがドラゴンの住処なのか……それとも真の住処は10階層か……オリハルコンを手に入れるのは骨が折れそうだな」
レッドは待つ。このフロアの状況が変わるその時を。
*
──コンコンッ
開いたドアにノックの音が鳴る。借りていた部屋を片付けていたニールは肩越しに出入り口を確認する。そこにはライトが手を上げて立っていた。
「君か……何か用かい?」
ニールは動かしていた手を止めてライトに向き直る。ライトは一拍置いて扉にもたれ掛かる。
「ただの挨拶だ。俺たちもアヴァンティアを離れるからな」
「一応一段落といったところだね。あの魔族が墳墓から居なくなったことでこの街にも平穏が訪れた」
「あいつが何だったにせよ、人間の脅威であることに変わりない。存在する以上、危機は脱していない。それはお前も分かっているはずだ」
「分かっているさ。それでも出ていく決断をしたのはこのままではいけないと思った。ということだろう?」
ニールはしたり顔をしながら止めていた手を動かす。ライトはそれに沈黙で答える。
「……ところでラッキーセブンはこれからどこに向かうんだい?」
「魔導国ロードオブ・ザ・ケインにな。装備を一新する必要があるかもしれない」
「……なるほど。今回の報酬の使い所ということだね」
「ああ。そうそう、風花の翡翠も同じ考えだったようでな。あいつらは昨日出発したよ。後追いになることにハルやコニから文句が出たけど、最新の魔道具が手に入る場所だ。何とか説得したよ」
ニールはライトの顔を確認する。ライトはやれやれといった呆れた顔を見せていたが、ラッキーセブンのメンバーが何を危惧しているのかを思えば、ライトの勘の悪さには女の子たちもヤキモキしていることだろう。
「……たいへんだったね」
「それほどではない。そこは彼女たちもよく分かっているからな……貴様らはどこに行く?」
「評議国に行く。アヴァンティアだけの情報ではこの危機を伝えきれない。僕らの話も通しておこうと思ってね」
「ほぅ……?それじゃそっちは任せる。さて、ロビーにみんなを待たせてるから俺は行くよ。また会おう」
ライトの言葉にニールは剣を立て掛けて振り向き、歩み寄って握手を求めた。
「そうだね。また」
ガチッと握手をして笑顔を見せ合う。これから出て行く友への手向け。これが今生の別れでも良いように。
ライトは立て掛けた剣をチラッと見る。
「……鑑定は済ませたのか?」
「いや、まだだよ」
「そうか……実は少し気になっていたからな。また教えてくれ」
ライトはそう言うと後ろ手に手を振ってニールの部屋を後にした。
「……ああ」
ニールは手に入れた魔剣を見て小さく答えた。
鑑定など必要ない。抜いた瞬間に分かったからだ。この剣は今まで手に入れた剣の中で最も強い剣だ。様々なスキル、身体能力向上、魔力増大に持ち主にしか扱えない特異武器。
そう、ニールは選ばれた。もし今勇者を名乗れる人間が居るとすれば彼だけだ。
「頂き……か。重いな……」
ニールは小さく鼻で笑いながら魔剣を腰に下げ、荷物をまとめて部屋を出た。
*
「……動いた」
フレア高山の9階層にて、拓けた通路で寝転んでいたドラゴンがのそりと立ち上がり、ゾロゾロと8階層の出入り口に向かって歩いていく。
いったい何時間待ったことか。レッドは汗でドロドロになりながらも待った甲斐があったと微笑む。10階層へと進む道がようやくガラ空きとなった。
「……危なかった。革袋の水もなくなった頃だったからな……これ以上待っていたら脱水症状で死んでいたかも……」
『えぇ?!そうだったんですか?!死なれては困ります!そういうことは早めに行ってくださいよ!』
「……いや、どの道引き返してたりとかは出来なかったし、言ったところでさぁ……こればっかりは運次第だったというか……」
『もう最悪ドラゴンに戦いを挑むぐらいした方が良かったんですよ!そんなんになる前にです!』
「おぉ……殺す気か?言いたいことは分かるけど落ち着いてくれよ。こうして運も傾いてきたし……」
『そうじゃなくて……!あぁもう!もどかしい!!』
ミルレースはレッドの実力を天より高く評価している。この世界で間違いなく最強だと信じて止まない。だからこそドラゴン程度であれば軽く一蹴出来ると踏んでいた。
でも何故かドラゴンには何かと理由をつけて戦わない。レッドの中に刻み込まれたイメージでのドラゴンはそれほど巨大ということだ。
レッドはミルレースの突然の発狂ぶりは、フレア高山での移動方法に問題があったのだろうと察する。派手なことがまったく無い、ゆっくりとして地味な移動。きっとフラストレーションが溜まって吐き出しているのだ。こういう時は黙って吐き出させるのに限る。
「……とにかく行こう。今がチャンスだ」
『はい……』
大人しくなったミルレース。レッドは自分の予想が当たっていたと内心満足する。同時にミルレースという女性の扱い方が分かったような気がして、ちょっと照れくさくもなった。
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