34、無理難題

 魔道具専門の研究員テスにゴーレム作成を断られたレッドは、その後すぐに声を掛けてきたルイベリアの誘いに乗って喫茶店に入店した。

 ルイベリアは出てきたコーヒーに砂糖とミルクを大量に入れ、自分好みに味を整える。


「加糖のやつを頼むと味の調整が難しくてさ。こうするとちょうど良くなるから無糖を頼むんだよね〜」


 聞いてもいないことを語り出す。ここまで特に会話がなかったのを気にして独り言を聞かせているのかもしれない。


「あの……ルーさん。お、俺に実りのある話って……?」

「ふ〜ん早速だねぇ、仕事熱心で何よりだよ。でもちょっと余裕を持ったほうが良いよ。余裕ある行動は相手を安心させ、信頼を勝ち取るのに貢献する。冒険者は依頼人と直接接することは無いかもだけど、覚えておくと人間関係スムーズになるよん」

「は、はぁ……」


 ダボダボの袖のままカップを摘んで口に付け、そのまま器用に傾ける。レッドはルイベリアに合わせてコーヒーを啜る。ホッと一息ついた2人の間にしばらく沈黙が流れる。ルイベリアはぐっと前のめりになり、レッドに上目遣いでニヤリと笑う。


「……ねぇ緊張してる?ねぇねぇ?」

『何なんですかこの人?』


 ルイベリアが色気を使うとちんちくりん感が出てくるが、それ以上に自分の尺度で相手を操ろうとするのが目に見えて分かった。ミルレースは臭い立つルイベリアの性格の悪さに、研究員テスほどではないにしろ不快感を覚えた。

 レッドはミルレースの指摘に小さく首を振って止めるように指示し、一拍置いて口を開いた。


「ルーさんは……えっと……あの……」


 何とか話題をひねり出そうとしたが、もごもごと口の中で呟くだけで言葉にならない。ルイベリアは手で口を覆うようにコロコロと鈴を鳴らすように笑った。


「あまり人と会話をすることは無かったようだね。それじゃやっぱり本題に入ろっか」


 もう一口コーヒーを飲んで唇を湿らせた。


「実はきみに依頼をしようと思ってね」

「依頼……ですか?」

「分かってるよ〜。冒険者ギルドを通さないとダメなことぐらいは……でも絶対に断られちゃうんだ〜。危険すぎてさ」


 ルイベリアは目を細めながらレッドを見る。その目は獲物を狙う猛禽類のように鋭い視線だった。危険を察知したミルレースは『レッド……』と目で訴える。レッドは目を瞑って1つ頷くとルイベリアを見据える。


「……俺に何をさせる気ですか?」


 レッドはやる。ミルレースはやっぱりかと諦めたようにため息をついた。


「ふふふっなぁに簡単なことさ。ダンジョンに潜ってある素材の採取に行って欲しくってさ。もちろん報酬はきみ専用のゴーレム作り。僕の求める素材を持ってこれるなら、どんな要望にも答えてあげちゃう」

「魅力的な提案ですね。それでその素材とは?」

「オリハルコンだよ」

「オリハルコン……それって確か魔鉱石ですよね?」

「うん。幻と言われ、歴史書に記録されている魔鉱石だよ。極めて採取が困難な希少鉱物。実はこの国の地下にある動力源にも使用されている特別な魔鉱石なんだよ?」


 自慢するようにふんぞり返るルイベリア。感心するレッドだったが、冒険者ギルドが頭から断るということが気になる。


「いったいどのダンジョンで採取可能なんでしょうか?ギルドが断るなんて相当なものでは?」

「その通りさ。ここから3つの山を越えた先にあるフレア高山、その火口に位置するダンジョン”獄炎の門”。の下層にあると予測されている。すんごく強い魔物が出ることで有名で、冒険者が危険に曝されたことで、今は立ち入りを禁止された土地になってる。そんなとこにあるわけ無いって疑っちゃうだろうけど、はるか昔に大噴火してたまたま飛び出してきたオリハルコンを使用しているのがこの国なのさ。根拠は十分でしょ?」

「なるほど……」


 レッドは腕を組んで頷く。少し遠いが行けない距離ではないし、強敵にさえ気を付ければいけそうな気がする。


『待ってください。その山からオリハルコンが出てきたのが事実だったとして、火口から噴出されたのが採取出来る全部だったらどうするつもりですか?時間を浪費するだけですよ?』


 ミルレースの言葉にハッとする。自分をかえりみない考え方をしていたことにレッドは猛省した。1人で冒険していた時の癖が出てしまったようだ。ここは1つミルレースの言葉を借りて聞いてみることにする。


「……も、もし火口から出て来たオリハルコンで全部だったら……ダンジョンに潜るのはむ、無駄なのでは?」


 ルイベリアは「え〜?」とニヤニヤしながら椅子にもたれ掛かる。


「行ってみないことには何とも言えないでしょ〜?……いや、べっつに良いんだよ〜?ゴーレムが欲しく無いならさぁ」


 その言葉にレッドは立ち上がった。腰に佩いた剣をギュッと握りしめ、ルイベリアを見下ろす。


「地図をくれ。オリハルコンの色かたち、どういうところで採取出来るかとか今分かる全部を教えてくれ。……すぐに獄炎の門に向かう」

「ふふふっその言葉を待ってたよ。僕のラボにある資料をきみに渡す。あ、ちなみに返さなくて良いよ。好きなように扱ってね」


 ミルレースは一連の流れにため息をついた。



 ──カッカッカッ……


 小気味良い音を鳴らしながら硬い床の上を歩くテス。暗い路地を歩いてたどり着いた倉庫の前。錆び付いた扉の取っ手を握りしめ、思いっきり横にスライドさせた。


 ゴゥンゴゥンッ


 重量のある扉が大きく開いた。中にあったのは緑の蛍光色に光り輝く水槽や、意味深な水晶。火で炙られるフラスコ。ビーカーや試験管が机の上に所狭しと並んでいる。


「あれあれぇ?テスじゃないの?僕のラボに何か用かな?」


 目の前の椅子がクルッと回る。背もたれの部分で隠れるほど小さなルイベリアが不遜にその姿を現した。


「仕事を途中でほっぽり出しといて、よくそんな態度が出来たなルイベリア」


 テスは入り口付近にもたれかかりながら腕を組む。ルイベリアは「たはーっ」とおでこを自分で軽く叩いた。


「ごめんごめん忘れてたわ〜。その様子だとテスが代わりにやってくれたんだね。ありがと」

「ふんっ……ま、お互い様だな。前の借りはこれでチャラだから」

「律儀だね〜。そういうとこ好き」


 ルイベリアとの他愛ない会話をすませると、テスはラボ内をキョロキョロと見渡す。


「ふふっ……居ないよ。資料を受け取ったらすぐに出て行ったし」

「お前また……っ!オリハルコンは諦めろと何度も行ったはずだ。はみ出し者の冒険者を魔物の餌にして楽しいか?」

「楽しくな〜い。だってオリハルコンが手に入らないし。でも今回はきみにも過失があると思わないかい?彼の特別な思いを踏みにじり、冷たくあしらったんだから」

「やっぱりそうか!途中で抜け出したのは!……まったく。あ、ちなみに私に過失はないぞ。彼が頭のおかしい虚言癖の変態だったからつまみ出しただけだ。憲兵に突き出してないだけありがたいと思ってもらわなければ……」

「そんなダッチワイフ程度で誇張しすぎ。良いじゃないのそういう機能も付けてあげたらさぁ。レッドは男の子なんだし」


 ルイベリアは両手を合わせて左手を固定し、右手を左右に揺する。ダボダボの袖のせいで指の形こそ分からないが、何をしているのかはよく分かった。


「やめろ。卑猥極まりない」

「え〜?初心うぶすぎない?」


 テスはふんっと鼻を鳴らし、睨むように見下した。


「レッド=カーマインには無理だ。今までお前が操ってきた半端者以下だぞ。恐らく獄炎の門の前に立った途端に死ぬ。お前にその責任が取れるのか?」

「何で?必要?冒険者は命をかけてダンジョンに潜ってるんだよ?獄炎の門に行ったのだって自分の意思だよ。ゴーレムを作って欲しいというただ一点でね」

「……倫理感が皆無だな」

「おや?無神経なきみが今日はやたら絡むじゃないか?情でも湧いた?」

「……まさか。知り合いの知り合いだったから気になっただけだ」


 テスとルイベリアは揃って鼻で笑った。


「こういうのは今回限りにしろ。私はそんなに口が硬くないぞ?」

「え〜?この方法が使えないとなると……確実に手に入る場所から取らなくちゃダメなんだよねぇ。でもそうなるときみを敵に回さないといけなくなっちゃうなぁ」

「私だけじゃない。この国のインフラを狙うなら、その時お前は晴れて国家反逆者となるな。……まぁ、とにかく……また明日だ」

「うん、おつかれ〜」


 2人は別れ、テスは帰路に着いた。

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