18、作戦会議

 高級料亭「柊」。

 一般人程度では手が出せないほど高い料亭故に多くの著名人が訪ねるこの場所は会談にもってこいだ。各個室には防音魔法が掛けられており、秘密の話をする時にもよく使用されている。

 料理も一級品であり、死ぬまでに一度は食べたいと評されるほどに腕の良い料理人がいる。アヴァンティアが誇る最高級の料亭である。


「何で今更あいつに会うことにしたのよ?」

「きっと不味いことになる……」

「うぅ……ち、ちょっと吐きそうネ……」


 プリシラとアルマは凄く嫌そうな顔でニールを見ている。ワンに至っては具合が悪そうだ。


「ワンは酒を飲むからだろ……そんなことより俺ここに入ったの初めてだよ。ここは何が美味いんだ?」


 リックはメニュー表を開くが達筆な字で書かれていて読むのも難しい。「これとか美味いよ」とジンが横からメニュー表に指を差す。


「すまないみんな。今回レッドに会うことにしたのはちゃんと話し合う必要があると思ったからなんだ」


 ニールの答えに「はぁ?!そんなのいらないでしょ!」と色めき立つプリシラたち。それをローランドが手で制す。


「ちょっと落ち着きなさい。まだニールの話は終わっていませんよ?」

「……ありがとうローランド。俺たちとレッドとの別れは唐突過ぎたと最近考えるようになっていたんだ。あ、誤解はしないでくれよ?レッドを仲間に戻すつもりなんて一切ない。毛頭ない。ただ虫の知らせって奴かな……リックが気になって話を聞きたがったように、レッドが近々来るんじゃないかと思ってたんだよ。どんな理由にしろ良い感情は持ってないだろうから、どうにか和解の道を探ろうと思ってさ……」

「なるほど。それで柊か?良い飯食って、良い酒を飲んで『久しぶりだな、今まで何してたんだ?』って談笑して『またいつか』って別れようってことかよ。でも向こうが気を良くして付き纏ってきたらどうすんだよ?」

「レッドと僕は幼馴染だし、今回の食事会で僕の顔を立ててもらうつもりだ」

「……友情を犠牲にして引いてもらう算段か……レッドは小心者だし案外効くかもね」


 レッドを遠ざけるための案が固まってきたところでリックが部屋を退室した。


「なんだよ便所か?とりあえず飲み物でも頼もうかって時に……」

「まぁ良いでしょ。あとで頼んでも一緒よ。私たちのだけでも頼んどきましょ」


 プリシラはメニュー表を開いた。



「これは……」


 ダンジョンの奥深く、人間には立ち入ることの出来ないほど魔素の濃度が濃い深度。そんな中に平然と座る5体の魔族。半円を描くように座る魔族の中心に執事バトラーの姿があった。

 バトラーのつけている仮面の目から照射された光は壁に映像を映し出している。それは先日行われたレッドとの邂逅。とても信じることの出来ない驚異的な力。


「はっ?!ははっ!見ろよ!人間が単独でシャドーガロンを斬り殺したぞ!良いねぇ!!心臓が高鳴る!!」

「これを見て喜べるとは正気を疑うな……いや、腐った脳みそに正気を望む方がどうかしているか……」

「はっはぁっ!言うじゃねぇかロータス!先に死にてぇらしい!!」

「やめろ。まったく貴様らは会えばすぐに罵り合う……」

「グルガンの言う通りですね。お座りなさいハウザー。君のことですよ?」


 我の強い連中が集まれば嫌が応にも争い合う。協調性など皆無。それでも大きな喧嘩に発展しないのは、黙って鎮座する魔族の存在が大きい。

 バトラーの目から光が消え、暗闇に包まれたその時、パチンッと指を鳴らした。壁に並んだ燭台の蝋燭に音と共に一斉に火が点き、同時に鎮座している者たちの姿が浮かび上がる。


 ハウザーと呼ばれた魔族の姿は男性の姿をしている。筋骨隆々の体を見せつけるように上半身だけ脱いでいる。墨を落としたような真っ黒い肌に逆立つ真っ白な髪。眼球のない眼底に浮かぶ紫色の怪しい炎。

 胸にぽっかりと穴が開いているのに臓腑が見えない。右手に自分のものだと思われる心臓が握られていた。

 不死者アンデッドの類だと思われる。


 ロータスは女性だ。青い肌に亀裂のような赤い筋が全身を巡っている。レオタードのような衣装と所々に付けた鎧がミスマッチであるが、動きやすさと防御能力を兼ね備えた装備であることを自称する彼女にとっては扱いやすい専用装備だ。

 黒く艷やかな髪と綺麗に整えた爪が几帳面さを醸し出す。


 グルガンは魔獣のような見た目をしている。ライオンと人間を融合したかのような姿は畏怖の象徴とも言える。筋肉質で引き締まった体はハウザーを凌駕する。

 長い爪と牙が餌を求めて唸っているようだ。貴金属を身に纏う様子から鼻持ちならない印象を与えるが、これは見かけだけだろう。冗談が通用しなさそうな鋭い縦長の瞳孔で威嚇している。


 グルガンと同様に仲裁に回っていた魔族も男性の骨格をしている。シルクハットを被り、仮面を付けている。視界を確保する穴が無く、どうやって見ているのかは謎。

 燕尾服に蝶ネクタイ、腕に引っ掛けることの出来る杖を携えている。パリッとした下ろし立ての服装が裕福さを印象付ける。黒い全身タイツを着ているかのように肌や髪が隠され、手袋までした謎の怪人。


 そして指を鳴らした張本人。豪奢なドレスに身を包み、ネックレスや指輪、王冠などの国宝級の宝石に身を包んだ貴婦人。肌は光り輝くほど白く、真っ赤な瞳と口紅が色濃く見えるほど。

 見ただけで女王か妃の類かと思わせる。後光が差すほど神掛かった美しさは、視界に入れることすら罰が当たるのではないかと忌避感を覚えさせる。


 皇魔貴族。それは世界に仇なす最悪の魔族たち。

 レッドの倒したヴェイト=男爵バロン=ダンベルクを皮切りに一部の最凶たちが集っていたのだ。


 バトラーを含め、世界を揺るがすほどの力を持った強者がまだ10体は控えている。ダンジョン1つの攻略で湧く人類にはあまりにも酷な話である。


「このレッドとかいう男が女神の復活を目論んでいるということで間違い無いですか?」

「……はっ……その通りでございます……」


 仮面を付けた魔族に執事バトラーは深々と頭を垂れた。


「女神教が送り込んで来た新手か……勇者などと焚き付けてその気になった憐れな存在……」

「それにしては強過ぎんだろ?前回の勇者は騎士ナイトの……なんつったっけ?あいつ……まぁいい、雑魚に興味はねぇ。とにかくナイトは倒したがバトラーに敗北してたろ?あんなのとは別次元だぜ。最高だよな!」

「最高かどうかは置いといて、我らの脅威になり得るかどうかを判断すべきですね。レッド=カーマイン。あれは魔法剣士マジックセイバーでしょうか?」

「いいや。デーモンからの情報だとただの剣士セイバーのようだ。実力を隠しているとも捉えられるが、だとしたら底知れない強さを持っている証左となる。いずれにせよ……厄介な存在に変わりない」


 地底に巣食う怪物たちの、怪物たちによる、化け物を討伐するための会合。久々に現れた脅威を前に興味津々だ。驚く者、怯える者、警戒を高める者に面白がる者とその意見は様々。


 そんな中、くだんのレッドは街でトボトボと歩いていた。

 ゴールデンビートルに痛いところを突かれて傷心状態。癒やしを求めたレッドの最後の綱は親友のニール=ロンブルスのみ。


『残酷すぎる……あなたにこんな仕打ちをするような輩が居るなんてあんまりです!許せません!』

「放っておいてくれ……俺は弱くみすぼらしい生き物なんだ……」

『卑屈すぎです!自暴自棄になってはいけませんよ!あなたは誰より素晴らしい力を持ってます!もっと自信を持って!!』

「うぅ……すまない……無能の俺を元気付けようと……ありがとうミルレース……」


 咽び泣きたい気持ちを抑えつつひたすら歩く。高級料亭「柊」の看板が見えた時、入口前に仁王立ちする男の姿を見つけた。

 レッドはそこに立つ男を知っている。半年以上前にビフレストが情報誌に載った。そこにあった人相書きを忘れはしない。


「あ……あれは確か……リック?そうだ、リック=タルタニアンだ」

『リック……タルタルソース?……ってあの方?変なお名前ですね』


 ミルレースの天然ボケに付き合う余裕もないレッド。半べそ状態で出会った有名人はビフレストのメンバーであり、剣士セイバーのリック=タルタニアン。レッド追放後に加えた新人で、ビフレストが有名になる切っ掛けとなった超有望株。

 もし脱退するようなことがあれば他のチームからは引く手数多あまただろう。同じ職業だというのにえらい違いだ。

 リックもレッドの存在に気付いた。仲間に聞いていた通り、暗く陰気で闇から滲み出たような存在だと感じさせられた。


「あんたがレッド=カーマインか?……ふっ、そうらしいな……レッド、急だが提案がある。このままどっかに行ってくれないか?」


 一瞬何を言われたのか分からず、しばらく考え、レッドの頭に浸透した頃ようやくリックの言葉に絶句する。ビフレストの面々に会うために高級料亭「柊」にやって来たレッドは今、リックに門前払いを勧告された。

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