3章
17、到着
──アヴァンティア国の首都──
冒険者ギルドはこの街で大きなイベントを開こうとしていた。
「冒険者チームを集めた興行……しかも有名どころをねぇ……」
パサッと広告を机に投げる。この街で最も有名な冒険者チームであるビフレストの面々は、洒落たカフェのテーブル席に座って周りを見渡した。
「どおりで賑やかなわけだぜ」
「はぁ~あ。やだやだ、ゴールデンビートルなんかに先越されるとかさぁ……」
「失礼ですよプリシラ。誰がダンジョンを攻略してもおかしくないでしょう?我々にだってそのチャンスはあったのですから。今回の件で分かったのは、実力はもとより運の要素も絡んでくるということです。……しかしダンジョンにも当たりハズレがあるとは思いも寄りませんでしたねぇ」
その会話に疑問を持った
「うーん……本当にそんなことがあるのか?魔獣は下の階層に行くほど強いのは周知の事実だ。その理由は下に行くほど魔素が濃く、ただ寝ているだけで強力な魔獣になると、その手の学者たちが提唱している。ならばどうして他の魔獣は19階層から下に降りなかったんだ?」
アルマの疑問には
「きっと居心地が悪かたネ。強さより居住性を選んだ結果ヨ。魔獣にも個性があるのヨ」
「ですから、それも運の要素が含まれているのでしょう。学者の方々も全てを把握しているわけではないということですよ」
ワンの言葉に付け足すローランド。思い思いの言葉で会話をする仲間をしり目に
「……なぁニール。俺たちもそろそろ本気で攻略しとかねーか?せっかくの有名もゴールデンビートルなんかに掻っ攫われるってのは納得が行かねぇ。俺たちの名前で上書きしてやろうぜ」
ジンの言葉にニールは逡巡するような素振りを見せた後、何事もなかったかのようにニコッと笑った。
「ああ、そうだな。そう……確かにその通りだ。僕たちの名を世界に轟かせよう」
「決まりネ!そうと決まれば早速乾杯ヨ!」
「ちょっと何でよ。そこは早速ダンジョン潜ろ〜とかじゃないの?」
「予祝ヨ!予祝!ダンジョンは記念式典の後にじっくり攻略してやるネ」
「ワンは酒に弱いくせに飲みたがるんだよなぁ……」
「弱くないネ!私強いヨ?!」
笑い声が湧き上がる。ダンジョン攻略はビフレストの地盤が揺らぐ事件だっただけに先程まで真剣な顔をしていたローランドやアルマも表情が緩んでいる。ワンはチームのムードメーカーだ。
リックはその空気に合わせるように笑顔を見せた。しかしずっと気になっていることが頭から離れず、ニールをチラリと盗み見る。ニールもみんなと同じように笑ってはいるが、それが作り笑いであることは漂う雰囲気で分かる。
無邪気に笑ってはいるが、実はリックだけでなくメンバー全員がニールの異変に気付いていた。
悩みごとがあるのなら打ち明けてくれれば良いものを。水臭いと思いつつも敢えて聞きはしない。言いたくなった時に聞いてあげるのが一番ストレスを感じなくて良い。
この場合、気を使うと言うことは腫れ物に触るようにではなく、ドンッと正面から受け止めてやることを指す。待つことも優しさの一つなのだ。
(そうだ。僕たちが……ビフレストこそが世界最高のチームなんだ)
ニールはキュッと小さく拳を作る。本当ならこの気持ちを持ったままダンジョンに潜りたい。
潜りたいが、明日に迫った式典を前に、招待された冒険者チームはダンジョンに潜ることを許されていない。
若干歯がゆくも感じるが、さらに名声を轟かせるためにも必要なことなのでここは我慢である。
招待を受けたチームは10組。
選ばれし冒険者チームたちを一目見ようと、アヴァンティアには国の内外から多くの旅行客で埋め尽くされていた。
最高峰の実力を持つ人間たちになれなかったものたちの憧憬と畏敬の念がこの街に満ち満ちている。
そんな興奮冷めやらぬ街の熱気に当てられているにも関わらず、首を傾げる男と女が居た。
『首都というのは連日こんなにも賑わっているのですか?』
「いや、そんなことは無いけど……今日は祭りでもやってるんじゃないか?」
レッドとミルレースは森で遭難後、時間こそ掛かったが自力で脱出に成功。何も知らぬままアヴァンティアにやって来てしまった。
久々にやって来たアヴァンティアにホッとしたレッドは、旅の疲れを癒やすために宿を取ろうと歩き出した。
*
「どこも満室か……」
贔屓にしていた宿から、入ったことのない高級宿まで全てを当たってみたが、受付に立った瞬間に満室を告げられて踵を返す。たまに食事の提供なら出来ると提案されるが、何より先ずは宿探しだと全て断った。
気楽な一人部屋で休みたかったのだがこうなっては仕方がない。レッドはギルド会館を訪ねた。
ギルド会館には冒険者だけが使用可能な広いスペースがある。絨毯を部屋一面に敷いて雑魚寝が可能な、いわゆるタコ部屋という奴だ。駆け出し冒険者や、金が無く野宿もまともに出来ない弱小冒険者が無料で寝泊まりしている。
ここなら観光客が利用出来ないのでどうにでもなると思ったが、明日行われる祭りは駆け出し冒険者だからこそ見逃せない一大イベント。当然ここもギチギチで入るスペースなど存在しない。即断られてしまった。
「今日も野宿確定か……待てよ?昔の仲間に会えば宿の1つや2つ……」
『でもそういうのって良いんでしょうか?みなさん正規の方法で宿を取られているのに』
「え?だめ?でも今日も寒空の下で野宿はなぁ……」
森で彷徨い、近くの町「タング」に帰れないことを悟ったレッドはそのまま数日掛けてアヴァンティアを目指し、服も靴も心も体も全てドロドロの状態だった。
安心出来る場所で風呂に入り、ふかふかのベッドでゆっくり眠ることが出来れば全快出来るだろう。
だがその願いは叶うことはない。数段階ランクを落とした雑魚寝すら叶わなかったのだから。
本当はこんな不潔で疲れた状態で昔の仲間に会いたくはなかった。しかし遭難していた不名誉で無駄な時間を取り戻したいレッドは、自分の気持ちを心に仕舞う。
当初の予定であるビフレストとの会談のため、一度出たギルド会館へ戻った。
「えぇ?大変申し訳ございませんが、たとえ血縁者であろうとも彼らの常駐先はお答え出来ません。明日の
「あ、そうですか……というかニールたちが
受付嬢の顔に「最初から日を改めろ」と顔に書いてあったが、レッドは無視を決め込んだ。受付嬢は若干ため息を吐きながら無色の水晶を操作する。
受付に居ながら遠くの誰かに伝達出来るなんて実に便利な魔法アイテムだ。などと考えていると受付嬢は困惑の眼差しでレッドを見た。
「あ、あの……相手方が会談を承諾されました。高級料亭「柊」で待ち合わせようとのことです。えっと……地図をお渡しいたしましょうか?」
「いえ、大丈夫です。良く知った街ですから」
レッドは少しいい気分になる。ニールなら当然会ってくれると信じていた。と言ったら嘘になるが、「離れていても親友」あれはリップサービスなどではなく真実だったのだと確信出来た。
『ようやく
「……ああ、凄く良い奴らだから俺も会ってもらえるのは嬉しい。ミルレースが気に入ると良いんだけど……」
受付嬢に背中を見送られながらギルド会館から出る。なんと清々しいことか。別にマウントが取りたいわけではないが、尊敬や畏怖の念を感じられるのはビフレストを通してみんなに認められたような気分を味わえる。
自分は1人じゃない。
そう思うだけで強くなれる。心の友と呼べる存在が居る以上、挫けることなどありはしない。
「お?レッド?レッドじゃーん!」
ニヤニヤしながら浸っていたレッドは、背後から急に呼ばれてハッとする。振り向いた先に居たのは極力会いたくない面子。
『え?どなたでしょうか?』
「……ゴールデンビートルだ」
ゴールデンビートルの
ゴールデンビートルのリーダーは人差し指を一本立てると無遠慮にレッドを指さした。
「ほんとだレッドだ。全然気付かんかったわ。こいつ地味すぎて背景に埋もれてんだよなぁ……」
ゴールデンビートルはリーダーである
誰に対しても見下した態度を取り、苛烈で攻撃的な性格から周りから
レッドも辟易した顔を見せた。先日、受付嬢ルナのハッスルでレッドを冒険者チームに捩じ込むという計らいを真っ向からバカにした経緯がある。
そんなメンバーの中で一番有名なウルフがレッドに突っ掛かる。
「え?何お前?1人のくせに何でこの街に居るの?もしか別のチームに入れたとか?……いや、そんなのありえねぇか」
「は?な、何だよ。1人でこの街に居るのが悪いってのか?」
「はぁ?何言ってんの?このイベントはチームありきだろ?……え?もしかして知らねぇとか?」
半笑いでレッドをバカにする。ムッとするレッドにウルフはおちゃらける。
「なぁに睨んでんだよ。ただの冗談だろう?てかさ、わざわざ何しに来たんだよ?」
「別に……昔の仲間に会いに来ただけさ……」
それを聞いてリーダーのパイクはウルフを押し退けてレッドの前に出た。
「ウッソだろお前ぇ!今更戻してくれって頼み込みに行くつもりか?恥知らずもいいとこだな!!なぁっ?!」
仲間内で笑い合う。レッドはすぐさま「いや、違……」と訂正しようとするが、聞く耳など持っていない。
「いやいやレッド。隠すな。先日俺はお前に酷い仕打ちをした。なんでもいいからどこかのチームに入りたいお前に真面目に取り合わなかった。だから恥を忍んで昔の仲間に会いに来るようなことになってる。あの時のことを思えば……素直に反省している」
「パ、パイク……?そんな……気にしなくても……」
「なわけねぇだろバーカ!!どうせ断ってたんだ!誰が行こうが一緒だ一緒!唯一心残りなのはお前の悔しがる顔が見れなかったことだよ!!次にやる時にはまた俺らにも声掛けろよな!全員で行ってしこたま笑ってやっからよ!!」
ギャハハッと回りの迷惑も考えずに盛大に笑い合う。腹を抱えて笑うウルフも口を挟んだ。
「いいかレッド!お前に居場所なんざねぇ!だって入れちまったら完全に足手まといだからなぁ!みーんなお前から距離取っちまうぜ?お前は泣いて逃げ去るしかねぇのさ!!」
今言われた悪口が全て刺さったレッドは悲しみのあまり顔を背ける。「お?お?泣いちゃう?泣いちゃう?」とゴールデンビートルの面々に囃し立てられる。そんな中、パイクは身振り手振りで仲間に落ち着くように指示した。
「まぁ待て待て。気が変わったぜ。お前の実力がどれだけのもんか知りたくなってきたから明日にでもチームに入れてやるよ。お前のことこんだけバカにしまくったチームで良いならな」
レッドはその言葉にハッとしてパイクに目を移した。
チームに入れてくれる。実力を見せたらそのまま正式に仲間になれるかも。様々な期待が湧き上がった。
「ウッソーーーー!!」
パイクの変顔がレッドの心を抉る。期待は弾けて消え去り、同時にレッドは堪らず走り出した。
その情けない背中に投げかけられるのは侮蔑と嘲笑のみ。ウルフの宣言通りにレッドは逃げ去った。
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