3、孤独な戦闘
人間の国「アヴァンティア」。
ここのギルドに所属する世界有数の冒険者のチーム「ビフレスト」は任務を終え、くたくたの状態で街に帰還した。
拠点にした宿屋にて各々の部屋に戻っていく中、ニールは新参者のヒューマン、
「ちょっ……もう良いだろ?その話は……」
「なぁ良いだろ?俺たちはもう1年も一緒に戦って来たんだ。隠し事なんて無しにしようぜ!」
1年前のリック加入の日が近付くにつれ、記念日とでも考えているのかリックは加入前夜などをメンバーに触れ回っていた。メンバーは面倒臭がってリーダーであるニールに全てを託すことで説明を拒んでいた。
「……分かったよ。君がここ数日みんなに聞いて回ってるのは知ってる。教えてあげるけど、一つ約束して欲しい……」
「他言無用だろ?……何だよ、そんなに驚くことか?あんたならそう言うって思っただけさ。てか、そんなにヤバいことなのか?」
言い淀んだニールは手招きをして部屋に連れ込んだ。部屋に入ってからも執拗にキョロキョロと落ち着きがない。ようやく口を開いたが、その声はヒソヒソと聞かれないように必死という感じだった。
「レッド=カーマイン……そういう名前を聞いたことはないか?」
「レッド?知らねぇな」
「君と同じ
それを聞いてリックは訝しい顔を向ける。
「おいちょっと待ってくれよ。それってまさか……俺を入れたのはそいつへの当て付けってことか?」
「そうじゃない。いや、傍から見たらそう見えるのも仕方ないな……僕たちはレッドに辟易していた。ずっと窮屈というか、彼が居ては今の僕たちは居ないし、もし彼が出るのを嫌がっていたら、やっぱり今の僕たちは居ない……」
ぽつぽつと話すニールの遠い目にリックが頭を振る。
「分からねぇなぁ。それってつまり弱すぎて……使え無さすぎて話にならなかったから追い出したってことか?」
ニールは力なく首を振った。
「ハァ……違うよ。真実は……その逆さ」
*
──シュザッ
レッドは覚悟を決め、剣を構えて走る。
正面はトレント、背後はアルラウネの大群。誰にも頼れないたった1人の戦い。
真っ先に狙ったのは正面のトレント。剣を肩に担ぎながら疾走する。
一対多数は初めてではない。
大きさや強さに違いがなければ誰を狙おうが一緒だが、この場合はトレントを攻撃するのが最優先である。撤退だけを考えるなら出口に近いアルラウネを襲うが、確実に逃げ切れる前提でないと追撃が厳しい。ここは攻めの姿勢で相手の度肝を抜くやり方が一番有効だ。
しかし相手は階下のトレント。ただレッドが突っ掛けただけでは驚きもしない。
「ゴォォォッ!!」
突風の様な大声で聴覚を潰しにきた。これには耳を押さえたくなったが、そんなことをしている間には一歩でもトレントに近付くべきだ。吹き飛ばされそうになる体に喝を入れ、真正面から剣を振り下ろした。
ザクッ
トレントは枝を交差させてレッドの攻撃を防ぐ。
(硬いな……本当に木なのか?)
普通の木なら真っ二つにしてしまっているであろう枝は、まるで鉄芯を通している様に剣を半分くらいしか通さない。
1度目の攻防はトレントが優勢。これを見たアルラウネたちもレッドに迫る。触手の様な蔓を伸ばして捕獲を試みる。
すぐさまトレントの枝から剣を引き抜き、後方から迫る蔓を回転斬りでバラバラに切り裂く。
わさわさと寄ってきたアルラウネの後方に目をやるが、撤退できそうな隙間はない。というのも他の魔獣が集まっていた。
ここからでも判別できるのは2種。直径40cm全長12m超えの大蛇”ビルドパイソン”と二足歩行の大型肉食獣”ピューマン”。いずれもかなり手こずる魔獣だ。他にも暗闇に目を光らせる魔獣がいる。
(戦いの音に吸い寄せられたか?それとも腹ペコか?)
ここは20階層。ベテラン冒険者ですら踏破不可能であることを思えば当然の戦力だと言えるし、上の階層以上に好戦的なのも強さゆえであろう。
レッド的には勘弁してほしいところではあるが、尚更正面のデカブツに何とかしてもらう他に道はなかった。
トレントの枝を蹴り、さらにアルラウネの体を蹴って真横に三角跳びを敢行する。根っこに躓かないように駆け回り、トレントを挑発する。
その間もアルラウネからの蔓が迫る。棘の生えた蔓は肌を傷付ければ表面の毒が体内に侵入する。神経毒を備えたイヤらしい攻撃。
「遅い!」
剣の切っ先に蔓を巻き付かせるように這わせ、1回の振りで細かく切り刻む。アルラウネの攻撃を全て切り払いつつ、トレントの根っこも切り付け始める。
「ウゴォォォッ!!」
トレントはこのチクチクとした攻撃に苛立ちを覚え、体を捻って大木のような枝を振るう。風を切る音が枝を振る速度や重量を教えてくれた。
レッドはこの攻撃をトレントの懐に飛び込むことで回避する。枝はレッドの頭上を越え、アルラウネの群れを襲った。
──ゴバァッ
鋭く尖った葉っぱは茎が寄り集まってできたアルラウネをバラバラに切り裂く。さらに太い枝に当たった別のアルラウネはあまりの勢いに弾け飛んだ。
大きさはそれ
全てはレッドの思った通りにことが進んだ。いくら大群で押し寄せようが、強大な個の前には無意味。こうして紙くずのように飛散するのが目に見えている。
特に仲間意識のないトレントにとってアルラウネの死など痛くも痒くもないが、獲物を入れた柵が自分の手によって壊れたのはムカついた。
こうなったら意地でも人間の肉を食らわねば腹の虫は治まらない。
そんな殺意など意に介さず飛び込んだレッドはトレントの顔面付近に剣を突き立てる。
「ゴォォォッ!?」
先程の攻撃とは打って変わった重みのある攻撃に動揺を隠せない。速度と体重、鋭利な切っ先と寸分の狂いなく真っ直ぐ刺し込む技術。全てを完璧に統合させる卓越した能力はトレントの硬い樹皮を貫いた。
(俺にはこんなことしか出来ない……。ニールの追撃、プリシラの固定砲台、ローランドの
トレントに突き刺した剣を体全身で上へと持ち上げる。ガリガリと剣が持ち上がり、傷口を広げて行く。
「グゴゴゴォッ!!」
痛がりながら暴れるトレント。ここまで接敵されるのは想定外らしく、自慢の攻撃力を活かせられないままダメージを負う。
──ジャリンッ
剣を振り抜き、頬の部分から目尻までを切り裂かれた。
「オオォォォッ!!」
激痛による咆哮は衝撃波となって敵を吹き飛ばそうとする。アルラウネの群れや便乗しようとしていた魔獣たちをも吹き飛ばす。
しかしレッドはトレントの根っこに剣を突き立てて踏ん張っていた。その顔は鬼気迫るものがあり、トレントも驚愕に彩られた。
「カァッ!!」
トレントは花粉を撒き散らす。トレント自身の身体が大きすぎるがゆえ、打撃斬撃が近すぎて逆に届かない状況を打開する
黄色く光る粒子は塩酸の如き溶解性と麻痺毒を持ち、肺に取り込ませることなく効果を発揮させる殺戮粉。触れたものを確実に動けなくさせる最悪の攻撃でもある。
ブォンッ
レッドは剣の峰をうちわのようにして扇いだ。その勢いはトレントの衝撃波を超えるほどの荒れ狂う突風。花粉の攻撃はレッドの風によって全て吹き飛んだ。
「効かないんだよ!!」
振り上げた切っ先を袈裟斬りに振り下ろす。先程付けた傷口に重ねる一撃はトレントの頬に歪な十字傷を作る。傷が付きやすくなっているのか、二撃目の方が傷が深い。
痛みで叫び散らすトレント。だが衝撃波はない。弱っているのは明白である。
(何だ?思ったより弱いな……いや、油断は禁物だ。俺は今1人なんだぞ?一緒に戦ってくれる奴らが居るならいざ知らず、自ら隙を生んでは殺せと言ってるようなもの。足元を掬われないよう全力で押し切る!)
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