2、追い打ち

「えぇ~!お1人で倒したんですかぁ!?」


 街にある冒険者ギルドの館「ギルド会館」。

 ピョコンと三角の耳を頭上に備えた獣人である受付嬢はオーバーリアクションでレッドを迎え入れた。

 そんな大袈裟に驚くほどもない。ソードタイガーは牙と爪にさえ注意していれば触れても特に問題ない魔獣であり、毒のある魔獣と比べたら比較的狩りやすい。単独でも倒せないことはない魔獣だけに大声で騒がれると恥ずかしくなる。

 案の定直ぐ側にいたギルド屈指のチームである「ゴールデンビートル」の槍士ランサーこと「千穿せんせん」のウルフが鼻で笑う。


「うっせぇな……その程度で騒ぐんじゃねぇよ。危険を冒せば誰だって出来んだろ。大体、1人で倒すことに何の旨みがあるんだ?へっ、馬鹿じゃねぇの……」

「そうですよ!ウルフさんの言う通りです!”可能であれば”を大きな解釈で捉えられては命がいくつあっても足りませんよ!?」


 ウルフはレッドにマウントを取りたかったのだが、受付嬢が本気で命のことを説き始めたので、巻き込まれない内に退散した。


「うぅ……すいません。つい……」

「ついじゃありません!!」


 その後受付嬢は牙をむき出しにし、レッドをコッテリ絞った。死んでは意味がない、単独での行動は命取り、安全第一で任務を受けて欲しい。何度も何度も同じ様な文言で詰められてレッドは肩を窄めて小さくなっていった。


 息の続く限り声を張った受付嬢は肩で息をしながら縮こまったレッドを見る。レッドも受付嬢の説教が終わったのを見計らって絞り出すように声を出した。


「そ、それじゃあ……」


 ゴクリと固唾を飲んで一拍開けた後、意を決して言葉を紡ぐ。


「それじゃあ……俺もチームを……」

「チーム……?本当ですか!!」


 さっきまでの怒りから一転、喜びの声で迎え入れる。


「やっとその気になってくれましたか!だから前から言ったじゃないですか!お仲間は絶対必要なんですって!」


 ゴソゴソとカウンターの中を探り始める。ゴソッと出したのはチーム募集のチラシ。


「今は結構空きがあるので良い時期かと思いますよ?あっ!これなんてどうです?」


 ピョコピョコと忙しなく動く耳と尻尾。レッド以上に白熱する受付嬢。

 黒のロングヘアーをポニーテールに結い、ナチュラルメイクにほんのり紅を差した真面目で静かな印象を振りまく彼女には、全く以って似つかわしくない熱血を絵に描いた性格。実家が道場で格闘士の娘であり、本人もかなり強いとの噂がある。

 冒険者にでもなってダンジョンに潜れば稼ぎもあるだろうに、彼女的にはみんなのお世話をしたいらしい。典型的なお節介娘だ。


「あ、えっと……それじゃあいくつかチラシをください。良さそうなチームを見つけたらまた声を掛けますので……」


 このままでは埒が明かないと感じたレッドは早々に打ち切ることを考えてチラシの束に手を伸ばした。


「え?……きっとですよ?」


 受付嬢は三角の耳をペタンと倒し、ガッカリしたようにチラシを差し出す。すぐに決めなかったことが気に障ったようだ。

 レッドは(大丈夫ですよ。今回は本気なので……)と心で呟く。

 ここで決めるのは早計だし、自分が今ここで適当に選んだチームに奇跡的に入れてもらえるとしてもどんなチームかぐらいは把握しておきたい。


 任務での成功報酬をもらったレッドはさっそくギルドの館内に設置された食堂兼休憩所でコッソリとチームを拝見することにした。



 レッドはチーム募集のチラシを丸めてふところに入れる。いろんなチームをチラチラと見ていたが、どれも素敵なチームで偏りのないパーティ編成をしていた。

 募集を掛けているチームで特に良かったのが”グリズリーベア”。チーム内の雰囲気がゆとりと余裕に満ちていて落ち着く印象だった。


 出来るならそこに応募したい。でも彼らの求めているジョブは決して剣士セイバーではない。募集要項にも”森司祭ドルイド”とハッキリ書いている。

 なら剣士セイバーを求めているチームなど存在するのかと問われれば答えは「いいえ」だ。

 ほんの一言「誰でも良い」などと書かれていればレッドも多少は救われたかもしれない。


 しかしそんな文言を書くほど人材に困っているところなどないし、戦士ウォリアー系ジョブは既に満席でレッドの入るスペースなど存在しない。

 受付嬢のゴリ押しなどを踏まえ、無理やり入れてもらってもその後の追放は免れない。


 レッドは詰んでいる。


 とりあえず単独で出来そうな任務が張り出されていないかを掲示板で確認後、ギルドの館から出て街の出入り口を目指す。

 冒険者は基本チームを組んで仲間と行動を共にする。冒険者ギルドでも当然チームアップを推奨しており、単独で受けられる任務は限られている。受付嬢が簡単な任務しか回さないからお金の入りも少ない。

 特に入り用でもないのでそれでいいのだが、任務はレッドの唯一の心の支え。何もないなら一日が無為に潰れてしまう。


 ということでこっそりダンジョンに潜る。単独ではダンジョン攻略の任務は回ってこないので、趣味でダンジョンに潜るのがレッドの日課となっていた。

 その際、他のチームに見つかると受付嬢にチクられると思うので誰にも見られないように隠れながら侵入する。


「今日もあそこに行くかな……」


 ここは崖を掘り出してできた歪な入り口で、傍から見ても禍々しく分かりやすい有名なダンジョンである。

 その名も「ベルク遺跡」。

 いそいそと忍び足でダンジョンの階下へと進んでいく。


 5階層。ここまでが単独での限界。これ以降は多種多様なパーティを組んで挑むのが普通とされ、単独での進行は推奨されていない。


 15階層。ここまでが中級冒険者パーティの限界。これ以降はベテラン冒険者でないと踏破不可と目されている。


 19階層。ここまでが冒険者チームが潜れる限界。まだ階下が存在するのは確認しているものの、それ以上先まで降りた冒険者はいない。──ということになっている。


 レッドはスルスルと階層を降りていき、20階層へと繋がる穴を降りていった。

 19階層までの洞窟の岩肌から一転、森林が生い茂る不思議なフロアへと姿を変えた。草木の青臭い臭いと共に花のフローラルな香りが鼻をくすぐる。


 本来、陽の光には無縁の階層だが、天井付近に大きい球状の光を放つ物体が薄暗い光を放っている。まるで太陽のような立ち位置でフロア全域を照らしているのに、豆球の様な頼りない光に恐怖すら覚える。植物系の魔生物が今か今かと獲物を待っているのが入った瞬間から感じ取れる。


 レッドは肺一杯に空気を吸い込み、大きく息を吐く。もう一度深呼吸をしてから歩き出した。先ほどまでとは打って変わって笑顔を見せ、鼻歌まで歌いそうな空気だ。


「さってと……ふふっ……どれくらい採って帰ろうかな?」


 誰もいないことが自然と呟きも大きくする。黙々と歩くこと10分。少し拓けた場所に出た。そこに生えるのはパッと見ではただの草にしか見えないが、見る人が見れば驚愕するほど効能の高い薬草の群生地だ。


 薬草採集。彼が最近ハマっている趣味だ。


 昔住んでいた町の近くのダンジョンは1階層から森林エリアだったので5階層まで薬草は採れていたのだが、このダンジョンはここまで来ないと薬草が採れない。

 そういう事情もあり、今いる街の薬草は多少割高だ。ここでこうしてタダで採取できるのはお得感もあって良い。深層に茂っていることもあって効能が高い薬草であることも趣味に拍車を掛ける。


 売ったら大儲け間違いなしだが、1人でこんなとこまで来ていることが知られたら受付嬢に何を言われるか分かったものではないので、コッソリと採取する趣味の範囲に留めている。根っこを傷付けないようにそっと掘っていると、


 ──メキメキッ


 ふと物音がした方に振り返る。そこに居たのは魔樹トレント。樹齢1000年は軽く超えていそうな太い幹に光る眼と朽ちて裂けた大きな口を持ち、複数の枝を腕や触手の様に扱う木の怪物。足となる根っこをタコの触手みたくウゾウゾと動かしながら移動する。


「トレントか……」


 トレントに遭遇したのは過去2、3回ほどで、攻撃方法やその力の程をよく知っている。

但し、昔の街の近くにあったダンジョンの上層階でそこまで強くはなかった。ここ20階層に住まうトレントは通常のトレントとは全く別物。心なしか色合いも違って見える。当然そのはずで、これほど下層に住まう魔獣はそれだけ強力になる。


 では何故下に行くほど強くなるのか。


 ダンジョン最下層は魔素が高いとされ、魔獣は寝ているだけで強くなれると言われている。全ての魔生物は階下を目指していて、強い生物は階下に居座り、弱い生物は上階に追い出される。


(不味いな……トレントは剣だけでは危険だ……)


 植物特有の攻撃方法「花粉」が存在する。魔力を通し、鋭利な刃と化した葉っぱを斬撃に使用してきたり、樹液に毒があったりと面倒な敵だ。その上でこの階層の敵であることを思えば3チームくらいで対処しなければならない。


(ここは一つ全速力で撤退して……)


 ──カサッ


 背後に聞こえた音で背筋が凍る。トレントに注意しつつ背後を確認すると人影が見えた。

 そこに立っていたのは草花のツタや茎などが絡み合って出来た女性型魔生物アルラウネ。それも1体だけではない。ズラッと複数。ここで初めて遭遇する数だった。


「なるほど……俺が油断するのを待ってたわけだ」


 ここで出会った魔生物は、今初めて出会ったトレントを入れて4種。

 イノシシの魔獣ワイルドボアとその子供5匹の家族。

 鹿の様な立派な角を生やした魔獣ロングホーン。

 アルラウネは3体が陽気に鼻歌を歌っているのを遠目で見かけたので勝手に害はないと思い込んでいた。


 そのどれもが様子を窺っているだけで近寄ってすら来なかったのですっかり油断したようだ。トレントに至ってはこの瞬間まで気配を消していたくらいだ。

 満を持して出てきたことを考えると、獲物が罠に掛かったのを確信し、絶対勝てると思っての行動だったと考えるべきだ。


 すっかり取り囲まれてしまったレッド。アルラウネはくすくすと笑う。すぐに襲おうとせず、甚振いたぶって楽しもうと考えているのだろう。


 レッドは剣をゆっくり抜く。その行動にはトレントも心胆を震わすほど低く唸るような笑い声を響かせる。

 これだけ不利な状況でまだ戦おうとする脆弱な存在を前に笑わずに要られようか。トレントに言葉を扱うことは出来ないが、態度で「せいぜい楽しませてみせろ」と語っている。


(ああ……絶体絶命って奴だ。こんな時にあいつらが居てくれたら俺は……)


 魔法剣士マジックセイバーニール=ロンブルス。

 魔術師ウィザードプリシラ=トート。

 司祭プリーストローランド=ヒールダー。

 盗賊シーフジン=ユラン。

 格闘士ファイターワン=チャン。

 弓使いアーチャーアルマ=モルデン。


 6人の仲間たち。本来ここにレッドが含まれるはずだった。

 だが彼らはレッドを追放し、当て付けかのように新たに剣士セイバーを入れ、さらにはレッドが居た時分には決めなかったチーム名までも名乗った。

 いくら過去の栄光に縋っても、共に戦ってきた歴史を謳っても、「ビフレスト」が振り向くことはない。


 現在、レッドはただ1人。


 これが抗いようのない現実。

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