第104話 ふてぶてしい公達
臣籍となった
「なんぞ、つまらぬのう」
すべては、
「……ん?」
背が低く、幼い顔立ちであっても、すっと前を見据える横顔に、時宮が興味を示す。すぐにその公達を追いかけ、「待て待て」と、その袖を掴んだ。
「なっ……にをされまするっ……!」
ばっと袖を引いた公達の顔を、時宮が「ほうほう」と隈なく見る。不機嫌な顔で、公達は顔を反らした。
「満足されましたかな?」
「否。もうちとそなたが顔を見ていたい」
気色悪い発言に、公達はサブいぼが立つ思いでいた。
「そなた、綺麗な顔立ちをしておるのう。年は幾つぞ?」
「……十三にございます」
不躾に答えた公達に、「ほうほう!」と、更なる興味がわく。
「十三とは、俺より三つしか違わぬのだな。されどその若さで禁中に仕えるとは。どこぞの公達ぞ? 貴族か? 武家か?」
「はあ。三条家は晴政が次兄、
ほとんど投げやりに答えた水影。相手が時宮とはまだ気が付いていない。
「ほう! 晴政が息子か。そなたが
「相槌丸ではなく、水影にございます」
「どちらも同じぞ! そうか、道理で太々しいわけぞ。ははははは!」
俄かに笑いだした時宮に、「貴殿は?」と苛立ちを募らせる水影が問う。
「俺か? 俺はー……」
俄かに暗い表情を見せる時宮に、「……貴殿が情緒は、どうなられておいでか」と、冷静に水影がツッコむ。
「俺は……何者でもあらぬ。ただそこにある、石ころと変わらぬ男よ」
自嘲気味に笑う時宮に、「はあ……」と訳が分からないといった様子で、水影が口にする。
「では、私は
そう言ってそそくさと歩き出した水影に、「待て待て待て!」と、更に時宮が付きまとう。
「なっ……! 重うございますれば、その図体を離されませっ……」
三歳差の体格さに苛立つも、同い年ですでに巨体である
「不愉快にございますれば、早うおどきあれっ!」
「つれぬことを申すな。この俺を諫めるなど、その不遜な態度も気に入ったのだ」
「勝手に気に入られますな! 私は忙しいのですぞ!」
「ならば俺もそなたが仕事を手伝おう!」
「結構にございます!」
きっぱりと断りを入れた水影に、時宮のドキドキが止まらない。
「ならば共に悪戯でもして回ろうぞ!」
「阿呆かっ!」
水影とのやりとりに、時宮が一種の興奮を覚える。抱き着き、「好きぞ~」と、完全に年下である水影になついた。
クソでかい溜息を吐いた水影が、一度冷静さを取り戻すため、時宮と向き合った。
「ん?
「冗談は御顔だけにしてくだされ」
「なっ! 俺は眉目秀麗、完璧なるっ……」
そこまで言って、時宮の気持ちがまた、沈んだ。
「俺はただの、石ころぞ……」
またもや自分を石ころと卑下する時宮を、水影が無表情に見上げる。
「……
水影の冷静な言葉に、時宮が暗い表情のまま、目を伏せる。
「俺は誰にも、相手にされぬでな。ゆえに、そこらに落ちておる石ころと同じぞ」
「左様ですか。……私には、幼き頃よりの間柄である巨漢がおりますが、私はその者のことを、常に無き者と視ております。されど、その者は自己主張が激しく、無視すらば、何故無視するのかと、喚き散らしまする。ゆえに、貴殿も左様に喚いてみては
思わず面喰った時宮だったが、「そうか。そなたの幼馴染は、左様な男か。是非とも
「あの者は今、
「左様か。左様な勇猛果敢な武将であらば、討ち死にすることもなかろう。
時宮が、真っ直ぐに水影を見つめた。
「改めて名乗ろう。俺は亡き
「時宮……さま?」
目を見開いて見上げてくる水影に、時宮が笑う。
「ははは! 今ならば、
明るく言った時宮であったが、じっと一点を見つめる水影に、再び心が
「……晴政が息子であらば、俺のことも聞き及んでおろう。時宮のことは無視するよう、左様に言われておるのだろう?」
宮中に誰一人味方などいない時宮にとって、有能な臣下を傍に置きたい気持ちは強かった。しかしそれ以上に、友と呼べる間柄の人間を、その頃の時宮は、喉から手が出るほど欲していたのである。
しかしそれは、叶うこともないのだろう——。時宮は、水影の表情を見て確信した。地面に視線を落としていた水影であったが、一呼吸置くと、時宮を見上げた。
「……私は、己が運命を悲観する
「なんと……?」
「どのような悲惨な人生であろうとも、自らの手で運命を変えんとせぬ御仁とは、相容れませぬ。私はこの禁中にて、嫌と言うほどの闇を見ておりまする。されど……私は私の手にて、この運命を変えてみせまする。貴方様が
「水影……」
年下の言葉に思わず感服した時宮だったが、不意に呼んだ名前に、急に気恥ずかしくなった。
「す、すまぬ。臣籍である俺が、三条家の公達の名を、気安く呼んでしもうた」
「別に何と呼ばれようが、構いませぬが……」
宮家の公達が何を遠慮することがあろうか?と、水影が怪訝な表情を浮かべる。
「な、ならば、もう一度呼んでも構わぬか?」
「はあ。どうぞ」
「み、みなかげっ……」
赤面するもどこか嬉しそうな時宮。禁中での権力闘争にほとほと嫌気がさしていた水影だったが、初めて穏やかな気持ちを抱いた。ほんの少し笑みを浮かべ、時宮に一礼する。
「私は
決して自分の非礼を詫びない、どんなに悲惨な運命だろうとも、自ら立ち向かい、変えようとする水影の強さに惹かれた時宮は、久しぶりに活力を取り戻した。見上げる青空に、うんっと掌を日輪に向ける。くるりと掌を返し、自らが欲するものを手に入れるため、ぐっと拳を握った。
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