第105話 おあとがよろしいようで

 水影みなかげに助言された通り、自らを卑下することはやめた。このまま悲惨な人生を送るのはいやだと、自分はここにいるのだと、思う存分喚くことにした。喚くと言っても、泣き散らすような醜態を見せるのではなく、群臣や女官らが多く集まる場所で、一人語りを始めたのだ。扇を片手に、幾重にも積んだ布団の上で、声高らかに語る。

「——季節は夏。宮中は涼みの宴にて涼を取るは、日の本一の武人と称される春日道久と、禁中一の切れ者と称される、記紀博士・三条晴政の御両人。左様な禁中の二大巨頭の前に颯爽と現れますは、幼き頃の時宮ときのみや。竹筒にて作りし水弾きにて、御両人の顔を撃ち抜いては、ケケケと笑い、逃げていきまする。悪戯好きの時宮に、ほとほと手を焼いていた御両人。ある日、悪戯小僧の時宮を懲らしめんと、策に出てございます」

 最初は時宮の一人語りを無視していた女官らであったが、次第に時宮の話す一人語りに興味を抱き、一人、二人と、足を止めていく。

「『よしでは、晴政が申す通り、宮様が悪戯に対抗するため、傘を隠し持つというのだな?』と道久が改めて策を繰り返します。『左様。まさか我らが、掌が大きさの傘にて攻撃を防ぐとは思われぬだろう』と自らが手作りした小さな傘を前に、したり顔を浮かべる晴政。自らの策に絶対の自信を持つ、御両人。そうしてまた、時宮による水弾きの襲撃を受ける間際、さっと隠し持っていた小さき傘にて顔を守ったのでございます。『ははは! そう何度も同じ手には引っ掛かりませぬぞ!』と勝気に笑う道久。晴政も傘を降ろし、『大人を舐めてもろうては困りますぞ』と、こちらも勝利を信じてやみませぬ。左様な御両人の顔に、間髪入れず、水弾きから放たれた墨がお見舞いされましてございます。『……宮様、一段と悪戯が御上手になられたようで』してやられた御両人。最後、時宮が一言。『策とは、二段構えがあってこその、策よ』——おあとがよろしいようで」

 禁中の二大巨頭との過去話を面白おかしく話した時宮に、二人を知る女官らや、すっかり足を止め、聞き込んでいた群臣らから、どっと笑い声が上がる。内輪ネタだけあって、普段厳格な道久と晴政を知る者らが、笑いを堪え切れていない。突如として宮中に沸き起こった笑い声に、当の道久と晴政が何事かと駆けつける。笑い転げる集団の中心にいた時宮に、二人は顔を見合わせ、やれやれと笑った。そこに、偶然通りかかった水影。

「……父上? この笑いは一体……」

「さてな。されど、時宮様は、漫談の才が御有りの用じゃ。のう、道久」

「うむむ。何故なにゆえか、我らが来てから、更に笑いが起こったようじゃが……?」

 怪訝に首をかしげる道久に、水影も訳が分からず、布団の上にて愉快そうに話す時宮を見る。

「何はともあれ、己が運命を悲観されることは、御止めになられたのですな」

 時宮の笑い顔に、水影もつられて笑った。

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