第50話 麒麟の欲

 地球では三条家の屋敷から、レイベスとフォルダンの二人が、月との交信に成功した。あれから三日が経った日の朝、カーヤは一人、縁側に座っている。眩い朝日の下で、地球にいた幼い頃の記憶が蘇るも、心は晴れないでいた。

「殿下! ルーアン殿下と地球人のクーデターは成功し、ハクレイは裁判にかけられるとのことです!」

「そう、よかった……」

 屋敷から、二人の歓喜の声が上がる。

「殿下! セライ様がいつでも月に帰って来られるよう、準備を整えたとのことです! 我らも急ぎ月へと帰りましょう!」

 そっと目を伏せるカーヤを、実泰さねやすが案じる。そこに、笠を被った平民姿の男が入ってくるなり、カーヤの前で膝をついた。

「誰だっ……」

 警戒するレイベスに、「なに。案ずることはない」と実泰が笑う。カーヤがその場で肩を震わせた。

「お迎えに上がりました、かあや姫」

 笠を持ち上げて、影なる男が微笑んだ。カーヤは勢い良く男に抱き付き、「待ちくたびれましたわ?」と涙を流し笑った。男もまた目に涙を浮かべた。

「おれは、名すらなかった男です。そんな男に、帝様は麒麟きりんという大層な名を御与え下さいました。欲なき麒麟とされておりますが、おれは、主より留守を預かった者。民を想い、愛する御方を護りたいと願う欲が、おれにはあるのです」

 麒麟が大きく息を吸った。改めて帝として、カーヤの手を取った。

「主が帰って来られるまでは、私が帝。私の想いと共に、もう暫し傍におってはくれませぬか?」

 御所では、麒麟の姿がないことに、臣下らが慌てふためいていた。御簾みすの中で書置きを見つけた浄照じょうしょうに、他の公卿衆が「何処いずこに?」と訊ねる。

「……市井しせいじゃ」

 その書置きには、『民の視察に参る』とだけ書いてあった。

 カーヤは、麒麟と共に、平民の格好でヘイアンの市井を視察した。麒麟は生まれ育った、浮浪児が多く集まる路地裏で炊き出しを行った。その慈愛溢れる男の姿に、ルナフェスでの王族の姿が重なる。

「帝でなくとも、貴方は王たる者ですわ?」

 そうカーヤが呟いたところで、突然二人の間に、奉仕活動に精を出す実泰が割り込んできた。

「いやぁ、やはり日の下は気持ちが良いですなぁ!」

 その言葉に、レイベスとフォルダン含め、その場にいる全員が笑った。

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