第15話 恋患い

 中央管理棟へと戻るセライの前に、水影みなかげ安孫あそんが現れた。廊下を歩く二人とすれ違い様、「何が月友つきともですか……」とセライが呟く。

 振り返った水影が、「おやまあ。窮地を共に脱すれば、それはもう、友人以外の何物でもございませぬでしょうに」

「ふざけるな! すべて知っていたんだろう! 俺が暴漢に襲われることも、王女があの時間に外出なさることも……! すべて承知の上で、あんな小賢しい真似をっ……!」

「左様。されども、我が主が貴殿と月友になられたいという想いは、真にございます」

「嘘を吐くな……すべては王女を……スザリノを手に入れる為だろう……」

 怒りの眼を向けるセライに、ふっと水影が鼻で笑った。

「我が主には目的がお有りゆえ、貴殿に人畜無害の男であるとは証明出来ず。であらば、目的とする人物に対し、我が主が、人畜無害であると思わせる手段を講じたまでのこと。すざりの王女が信頼を置く者が、我が主を信頼するが、手っ取り早よう済みまするゆえ」

「ルーアンの入れ知恵か」

「るうあん殿は元王女であらせられる御方。これ以上、内部に精通しておられる御方もおりますまい」

「落ちぶれた元王女を手駒にしようが、お前達の意のままには動かない。この国を動かす男は、そんなに部外者に優しくないからな」

「せらい殿……それがしも偉大な父を持つ者にございますれば、貴殿のお気持ちは、良う理解出来まする。偉大過ぎるがゆえに臆する気持ちも、良う分かるのです……」

 同情する安孫に、セライは顔を顰めた。ぐっと目を瞑り、いつも通り険阻な表情を浮かた。

「……父を、偉大だと思ったことはありませんよ」

「せらい殿?」

「あの男が謀を企てたせいで、スザリノは第一王女になったのですから。あのまま第三王女でいれば、我々の理想も叶えることが出来たというのにっ……」

 苦悶の表情を浮かべると、セライは足早に去っていった。

「せらい殿……」

 その背中を目で追って、安孫は居たたまれない気持ちに苛まれた。

「高名だろうと悪名だろうと、偉大なる父を持つ子の苦しみは、星を超えても、通ずるものがございますなぁ?」

 水影の発言に、「左様ですな……」と安孫が目を伏せた。そこに不機嫌な主が現れた。

「おや朱鷺様。僭越せんえつながらもその御顔、思惑通りには進みませなんだか」

「ああ。存外、根がふこう所まで達しておったわ」

此方こちらも、恋にわずろうておる様子にございますれば、月が民の恋の駆け引きも、複雑にございますなぁ?」

 水影の分析に、「如何どういうことにございまするか?」と安孫がぼんやりと訊ねた。

「昨日今日と見て、何も感じぬのですか?」

「はあ。せらい殿が某と同じ二世であるということ以外には、何も……」

 そう言って頭を掻く安孫に、「この鈍感がっ」と水影が罵った。

「へっ? 水影殿……?」

「無意識にございまする。御許しあれ」

「は、はあ……」

「もう良かろう。安孫で遊ぶでない、水影」

「ほう! あそんであそぶ、洒落にございまするか?」

「本意ぞ、水影」

 一人置いてけぼりの安孫が、思いっきり首を傾げた。


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