第8話 逆羽衣伝説

 王宮に帰り、朱鷺が立てた策を実行に移した。

「――これは一体どういうことなのっ!」

 大浴場の脱衣所で、女官らが大声を上げた。湯あみ後、持参した着替えが跡形もなく消え、代わりに初めて見る羽衣装束が置かれていたのだ。騒然とする脱衣所に、羽衣装束を身に纏うルーアンが現れた。顔に布を被るも、女官らはそれが元王女であると分かっている。ルーアンは恥ずかしい気持ちがあるものの、朱鷺に教えられた通りに言葉を発する。

「ああ、この衣装、羽衣装束と言う、地球のセレブが愛用する服らしいのですが、シルク製とは違って、肌に優しく、保温効果もあるとのこと。おまけに血の巡りも良くなって、美肌効果にもテキメンとのことですわ?」

 ぎこちない中にも、女人が喜びそうな言葉で、ルーアンが羽衣装束を宣伝する。

「セレブ、美肌……」

 食いつき始めた女官らに、更なる押しの一手を加える。

「やはり流行を発信するのは、常に仕事と恋愛、その二つを上手く両立させることが出来る、キャリアウーマン、王宮に仕える女官様方ですわ?」

 社長が言ったブームを、今この場所から巻き起こす――。気位が高い女官らが、こぞって羽衣装束に着替えていく。それをルーアンが手助けしながら、次から次へと、王宮内に羽衣装束を身に纏った女人らが増えていく。その様子に、朱鷺ときがしたり顔を浮かべた。

「女官らが湯あみの折を見計らって、大浴場の脱衣所に天女中が忍び込む。湯あみ中の女官らの装束を全て持ち去り、代わりに羽衣装束を置けば、それ即ち、逆羽衣伝説の出来上がりよ。裸で王宮内をうろつく訳にもいかぬでなぁ、羽衣装束を身に纏うしかない状況にさえ陥れば、後はそれが如何いかに素晴らしき装束か、身をもって分からせるのみぞ」

「されど、女人方が継続して羽衣装束に身を通し続けるかは、分かりませぬぞ?」

「女心を見縊みくびるでないぞ、安孫あそん。だっさいといけてるは、紙一重ぞ。我らがきっちりとすうつに身を通した折、王妃らが頬を染めておったでなぁ。ほんのちいとばかりのことで、女心は如何様いかようにも変化する。見ておれ、安孫」

「――こんなダサい服、部屋に帰ったらすぐに脱がなきゃだわ!」

 セレブ、美肌という惑わしの言葉に引っ掛からず、そう悪態を吐く湯上り後の女官の前に、朱鷺が立った。

「おや、それは我が故郷の羽衣装束にございますなぁ。良うお似合いにございますよ。真、可愛らしゅうございますなぁ」

 端麗な顔立ちの朱鷺に「可愛い」と言われ、ポッと女官の頬が赤く染まった。

「か、かわいい、ですか? 私が……?」

「ええ。もの凄く、かわいいです」

 朱鷺の熱のこもった言葉に、女官がルンルンと歩いていく。その背中を笑って見送る朱鷺が、「如何どうだ。かわいい――女心をくすぐる言葉よ」と勝気に言った。

「はあ。かわいい……」

 安孫には、女心の変化が良く理解出来なかった。

「よし、では仕上げと参るかのう。水影みなかげ

「承知にございます」

 そう言うと、水影は策の為に用意していた物を、二階から幕し降ろした。それは広大な紙に描かれた墨画で、羽衣伝説の天女が大きく描かれている。そうして羽衣装束の部分は、月の世で吸収した文化を用いて、色鮮やかに塗られていた。

 三人は一階へと下り、そこからそれを見上げた。その美しい天女の姿に、思わず安孫は息を呑んだ。

「これは……」

「絵の具という染料を教わり、それにて色を付けてみらば、羽衣装束が如何いかに女人にとって憧れなるものか、視観にてお分かり頂けると、朱鷺様がひらめかれまして」

「ああ。実に単純明快で、異なる文化の者にも分かり易かろう?」

「はあ。水影殿はまでお上手か……」

 呆気にとられる安孫。そこに、役目を終えたルーアンが帰って来た。顔布を取り、美しい天女が大きく描かれた画を見上げた。

「すごい……ホントに宣伝ポスターみたい……」

 そこに、まだ湯あみしていないメイドらが現れた。

「うわぁ! キレイ……!」

「貴殿らにも用意しておりますぞ?」

 にっこり笑った朱鷺に、布で顔を隠すメイドらが、きゃっきゃと大浴場へと向かっていった。周囲に、赤や青や黄といった羽衣装束を身に纏う女官の姿が多く現れた。今この瞬間が、王宮内の天女らに羽衣装束を定着させる、一番の好機と捉えた朱鷺――。

「おや、何方どなた様もお美しく、可愛らしく、可憐で、凛とされておられますなぁ! やはり月の女人は絶世の美女、麗しき天女にございますなぁ!」

 声高らかに、天女が描かれたポスターに、女官らの注目を集める。

「ここに描かれておる天女同様、そのお美しさは罪にございますよ? かわいいかわいい天女様方?」

 ズキュン……! と女官らの心が射貫かれた音がした。あちらこちらから黄色い悲鳴が上がる中で、ルーアンは一人、引いた所から遠い目で彼らを見ていた。

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