第11話 失墜の狩人

 ――ギル視点――



「おい、どういうことだよギル。

 なんであの土壇場で役人の頭をおさえるような真似しやがった」


 今までに見たことのないほど怒気をにじませて立ちはだかるヤレイの目を、俺はじっと見据えた。




 先ほどセツナが公園に現れ、例の箱を開け放った直後のこと……。

 

 気が付けば俺は、隣で息を潜めていた役人の頭を思い切り地面に押さえつけていた。


 そう、俺は役人がセツナの姿を見るのを阻止してしまったのだ。


 やがて俺の手を振りほどいた役人が再度頭を上げると、そこにはもうセツナの姿はどこにもなかった。


 何が起きたのか分からないといった様子で唖然としていたヤレイの目の前で、俺は自分が押さえつけた勢いで額から血を流させてしまった役人に怒鳴られ、悪態をつかれ、『貴様の狩人としての道は途絶えたぞ』とを吐き捨てるように言われた。


 憤慨した役人が呆気なく立ち去ってからしばらくし、ヤレイが拳を震わせながら話しかけてきたのはその時だった。


「答えろよ、ギル。

 てめえ自分が何したか分かってんのか」

「……待ってくれ、ヤレイ。

 もう少し、様子を見よう」


 ヤレイが怒気を大きくさせたのを、俺ははっきりと見てとった。


「様子を見るだあ!?

 さっきの役人の様子を思い出せよ!

 あの失望に満ちた顔……お前は失敗したんだ、ギル!!

 もう役人どもがお前のためにキメラを確認しに来てくれることはなくなった!

 なんであんなことしたんだよ!?」

「ヤレイ、俺は自分がやったことについて後悔はしない。

 俺は賭けに出ることにしたんだ」

「賭けだあ?」


 今にも口火を切りそうだったヤレイが、怪訝そうににらみつけてくる。

 そんな友人の目と見据えたまま、俺は話し始めた。


「いいか、よく聞け。

 キメラは魔物の社会における王族の種族だ。

 セツナは……あの子はいずれ他の魔物を従わせることができるようになるだろう」

「だからいま殺しておかないといけなかったんだろうが」

「話はここからだ。

 あいつ、この街で人の暮らしをすごい勢いで学び始めてるんだ。

 このまま普通の『人間』として育ってくれれば……もしかしたら……俺たち人間に友好的なキメラになってくれるかもしれない」


 ヴィジョンという未来予知の能力については、伏せることにした。

 いずれ魔物の大群がこの街に攻めてくることも、それをセツナが食い止めるかもしれないことも、今はまだ不確かな情報である。


 だが、たったいまヤレイに話したことはわりと本気で考えていることだった。




 もしかしたら。


 もしかしたら、あいつなら。


 人間と魔物が争うことのない、共存の道を見つけ出せるんじゃないか……?




「……ギル、相手はキメラだぞ。

 人間ですらない!

 一体なにを期待してんだよ!?」

「……っ俺が狩人になったのは!!

 街の連中が安心して暮らせるようにするためだ!

 そう……仲間たちから教えてもらったんだ!

 俺の進むべき道を!!」


 アンサングスの面々に拾われたあの日から俺は狩人になった。


 魔物と戦う危険な職業。最初は嫌だったし、なんでこんなことで命をかけなきゃいけないんだと理不尽に思いもしたが、でも『誰かを安心させてやるため』という死んだ仲間の言葉はずっと心に残っていたのだ。


「俺は狩人だし、『キメラ殺し』っていう夢があるけど……

 でもやっぱり根っこには街のやつらを魔物の脅威から守るためっていうのがあるんだ。

 それをいつか、誰ひとり殺すことなく達成できるんだったらそっちのほうが理想的じゃないか!」

「じゃあお前はどうなるんだ!」


 ヤレイからの反撃に、俺はたじろいだ。


「お前は……!

 もしあのキメラを殺さなかったら、

 ただの落ちこぼれの狩人として終わっちまうんだぞ……?

 誰からも認めてもらえないまま……!!」


 悔しそうに歯ぎしりしているヤレイの姿を見て、俺は反論する意欲が急速に失せていくのを感じた。







「…………まだ、様子見だから」


 結局、俺に絞り出せたのはそんな言葉だった。

 いまだに納得がいっていない様子のヤレイも、その言葉でひとまずは引き下がることにしたらしい。

 不機嫌さを隠さないまま、ヤレイはぼそりとつぶやいた。


「そうだな。そういうことにしておいてやろう」

「……助かる」

「で? 今後はどうする?」

「……しばらく、あいつと暮らしてみるよ。

 長く時間を過ごしていれば、見えてくるものもあるはずだ」

「なにか手伝いはいるか?」

「大丈夫」

「そうか……。

 おい、その剣だけはあいつに取られないように気をつけろよ。

 いざってときがあるかもしんねえんだから」

「平気さ。

 あいつ、意外と聞き分けいいから。

 ちゃんと言えば手出したりしない」


 そして、深い深いため息をついたヤレイはまだ何か言いたげな表情のまま、結局何も言わずその場を去っていった。







 ……ひとりになった途端、こちらもなんだか急に疲れが出てきたように感じて、しばらくその場に座り込んで頭を冷やし、やがて俺はとぼとぼと家に帰っていった。


 自身の狩人としての信用は、これで地に落ちたといっても過言ではないだろう。

 あの役人はきっとすぐに俺の悪評を広めるはずだ。


 まあ……それも仕方ないことだ。


『キメラがいる』なんて報告を受けて出向いてみたら土壇場で邪魔されて怪我まで負わされた。


 そんな次第じゃたとえ俺が役人の立場だったとしても擁護できない。


 今後は、新米狩人と同じ扱いを覚悟したほうがいいだろう。


 今までのアンサングスでの活躍とか、そういうのは全部取り消しされた前提で働こう。


 魔物退治の依頼だけは今まで通りに受けられるといいが……。

 さっきヤレイに頼んでおくべきだったかもしれないな。




 そんなことを考えながらうつむいて帰宅した俺は、先に戻っていたセツナに家の前で泣きつかれ、俺はその幼いキメラと少し会話をしてからいっしょに家の中に入って行った。


 なんだかんだで、俺の作った飯を食ってくれているセツナを見てなぜかホッとしている自分がいる。


 食器と食器が触れる音だけが響いている部屋の中で、目じりに涙の痕を残したまま居心地悪そうに飯をかきこんでいるセツナのことをぼんやりと眺めていると、ふと視線があった。


「なあ、ギル」

「うん?」

「わたしは、ずっとギルの味方だからな」


 俺はすこし遅れてからセツナの発言を認識して、思わず苦笑してしまい、「ああ、ありがとな」と小さくつぶやいた。






 ――それから、さらに数か月が経った。

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