第2話 隠し魔法

「はっ!!」



 目が覚めるとそこは……ゲーム中何度も見たメルトリアの私室。



「首が……。」



 付いてる。


 私は咄嗟に自身の首に手を当て、胴と首が繋がっている事を確認した。通常離れるはずのない人体のパーツが分かれてしまった感触が今なお残っている。


 人は首だけになっても数秒の意識はあるという都市伝説をどこかで聞いた覚えはあるけど、思いがけずこの身をもって体験したのだ。



「それにしても……。」



 最悪、あの場面から二度と目覚めない可能性だってあった。


 予想通り巻き戻りが起こって安心したと同時に、先ほどまで体験していた恐怖と憎悪が脳裏にこびりついている。


 あいつらだけは絶対に許さない。


 許さない……が、いつまでもこの事を考えていても仕方ない。忌々しいあいつらを処刑台送りにする為、切り替えていかないと。



「手が……?」



 私の手はカタカタと震えて思い通りに従ってはくれず、先程までの出来事は決して夢なんかではないと教えてくれているようだ。


 ダメだ。切り替えろ。


 手を床頭台にバンと叩きつけ、痛みで恐怖を誤魔化す。



「今日から学園生活が始まるのよ。しっかりしなさい私。」



 このゲームは訓練コマンドで主人公のステータスアップを行いながら、要所で出現する選択肢を選んで進めていくゲームだった。


 選択肢を間違えなければ良いというぬるいゲームでは断じてなく、ステータスが一定基準に満たないと突破出来ないシナリオが多々ある。


 そして、単純に選択肢を間違えても処刑されるハメになるという、難易度だけは無駄に高く設定された一体どこに需要があるのか不明な乙女ゲーだ。


 ステータスが足りていなければ死、選択肢の選び間違いも死。



「絶対に間違えられない。」



 死が現実のものとなったこの世界で精神的なプレッシャーはある。でも、三日間ぶっ通しでプレイし頭に叩き込んだ攻略情報を元に私は生き残ってみせる。



「最初の朝は隠し魔法習得イベントがあるのよね。この魔法は習得しておかなきゃ。」



 メイドのアンが起こしに来たタイミングで自分のベッドの下に隠れると、シナリオ中かなり使える魔法を教えてもらえるのだ。


 みすみすこの機を逃す手はない。


 しかし、本来であればとっくに選択肢が出てきていてもおかしくはないんだけど、選択肢が出現する様子がないのは気になる。



「お嬢様。そろそろ起床のお時間ですよ。」



 そう言ってノックをして入って来るアン。



「お嬢様。どこに隠れてらっしゃるんですか?」



 私は咄嗟の判断でベッドの下に隠れ、じっとその場に身を潜める。


 この世界ではどうやらゲームのように選択肢が登場するという事はなく、全てを自分の判断のみで行動していかなければならないようだ。


 結論だけを言えば、ゲームよりも難易度が格段に上がってしまった。


 本気で生き残る為には、本来選択肢が出現するタイミングで選択肢通りの言動を取らなければならないという事なのだから……。


 その一方で、選択肢になかった行動が自由に出来るという事でもある。


 これが吉と出るか凶と出るか……。



「仕方ありません。サーチ。」



 彼女が唱えたサーチという魔法。相手の居場所を知るという地味な効果なんだけど、これがあるか無いかで序盤のゲーム難易度が格段に違って来る。


 この魔法はその地味さ故、貴族が使うには適さないという事で覚えている貴族は皆無。当然教えて貰おうにも、普段接する使用人さえもが普通は習得していない。



「ベッドの下から出てきて下さい。」


「その魔法はズルいです。私にも教えて下さい。」



 悪戯がバレたという体でベッドの下から這い出し、頬を膨らませてアンにねだる。


 こう言えば、サーチの魔法を教えて貰えるのだ。そしてアンは幼い頃から私に仕えている同い年のメイド。



「教える代わりに、もうこのような事はしないで下さいね。私が教えたというのも内緒ですよ?」


「はーい。」



 メルトリアは少々お転婆な設定だ。無能王子はそんなお転婆な彼女を気に入り、婚約者に指名したという背景がある。


 現在の私はメルトリアとしての記憶もある為、魔法の習得は難しくなかった。


 アンに魔法を教わり着替えを手伝ってもらった私は、彼女が出て行った後一人ため息をもらす。



「ふう。自由に行動を選択出来てしまう以上、なるべくゲームのシナリオ通りに行動した方が無難よね。」



 下手にシナリオから外れすぎると今後の展開が全く予測出来なくなってしまう。


 当面はゲームに沿った行動を心がけよう。


 これからの方針を決定した私は部屋の外で待機しているアンと共に、家族が待つ食堂へと足を運ぶ。



「おはようございます。」


「おはよう。これで全員揃ったな。では早速朝食にしよう。」


「「「「メチャウマゴハーン」」」」



 これは食事の時の挨拶だ。ゲーム開発者がいかにふざけて作ったのかが元日本人の私には分かってしまう。


 毎朝この挨拶をするのが私的には割と辛い。



「メル、今日から学園が始まるわけだが、しっかりと励むようにな。」



 優し気な表情で激励をくれるこの人はリヒルト=アースダイン。アースダイン侯爵家の当主にして、メルトリアの父。


 父はいつも子供達の意見を尊重し、頭ごなしに叱る様な事はしないとっても素敵な大人だ。



「はいお父様。みっちり鍛えてまいります。」



 鍛えないと冗談抜きで死んじゃうしね。


 自分の発言通り、出来る限り余さずみっちり鍛えるつもりだ。弱音など吐いている場合ではないのだから。



「頼もしいな。ハイデルトも見習うんだぞ。」


「はい父上。」



 そう言って返事をしたイケメンはメルトリアの弟ハイデルト。


 一歳年下の彼は来年同じ学園に入学し、メルトリアのお助けキャラになる存在。


 選択肢で彼がシスコンになるくらいに親密度を上げておけば、他のヒロインを妨害しやすくなる。


 シスコンだから、姉の言う事は何でも聞くという寸法だ。



「あまり気負い過ぎてはダメよ? メルはお転婆だから心配だわ。」



 不安そうな顔で私に話しかけて来るのはメルトリアの母ヒルデ。


 母は少し心配症で、いつもメルトリアの元気に振り回されている。


 高位貴族の娘がお転婆なのだから母の心労たるや、きっと相当なものだったであろう事は想像に難くない。


 我が家の家族構成は、父、母、私、弟の四人家族だ。


 アースダイン家は貴族にしては家族仲が良好で、両親だけは冤罪ではめられてしまう私を最後まで庇ってくれる。


 弟は若さ故か騙されてしまうシナリオも存在しているが、基本的には私を信用してくれる。


 メルトリアの記憶も持っている私は、絶対にこの家族を害されてなるものかと決意を新たにした。


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