血と涙の復讐

隣のカキ

第1話 呪いを……

 私にはもう一つの記憶がある。日本人として23年生きた記憶が……。





 衆人環視のなか、何故ここにいるのか状況を把握しようと努める冷静な自分が居た。


 神父のような恰好をした偉そうな人間が何やら罪状を述べているのだけど……身に覚えのない罪をつらつらと並べたてているこいつを見ると、言いようのない気持ち悪さがこみ上げてくる。


 全てを私のせいにしてしまえば楽だと言わんばかりの民衆からの大合唱。興奮し罵声を浴びせかけてくる人々のなんと醜い事か。


 ここへ連れて来られた瞬間、私はかつての記憶が蘇ったのだ。


 処刑される直前の最悪なタイミングで……






 俗に言う異世界転生。


 そして厳密には、ゲーム世界の登場人物への憑依。






 私はこのシーンを覚えている。


 ついさっきまで何度もプレイしていた乙女ゲーム『血と涙の復讐~ポロリ(あたまが)もあるよ☆~』のプロローグだ。


 このゲームは女性ウケが悪く、かといって男性にも好まれない……ハッキリ言えば売れなかったゲーム。


 当たり前だ。開始数分で主人公が処刑され、そこから巻き戻って復讐していく乙女ゲームなんて売れるワケがない。


 一体どの層をターゲットにしたゲームなんだと発売元に問い詰めたい程である。


 何故私がこんなゲームをプレイしたのか。


 それは…………

























 今年の夏は暑かったね。きっと暖冬だよね。なんて言われていた今年の冬は寒かった。


 そんな例年通りの寒い冬のある日……。



『大事な話があるから今家に行っても良い?』



 慣れた手つきでスマホのロック画面を解除してメッセージを開く。



『良いよ。』



 一言だけ返信し、スマホを置いた。


 何故だか嫌な予感がする。予感と言うか、確信めいた何かと言うか。



「きっと気のせいよね。」



 努めて冷静に一杯のお茶を飲んで喉を潤し、再びスマホを開いて録音アプリをダウンロードする。


 明日、親と彼を会わせるので落ち着かないだけだと思う。多分。


 私——芽瑠戸めるとリアには婚約者がいる。


 こんな時間に用事というのはきっと、親との顔合わせでどんな風に話したら良いかなという不安があり、直接私に会いたいのだと思う。思いたい。多分。


 程なくして呼び鈴が鳴り、私は玄関を開ける。



「……こんばんは。」

「遅くにごめん。」



 訪ねてきたのは彼だけではなかった。



 婚約者多良図だらず陸人りくとは何故か、私の親友真理伊まりいベルと二人で訪ねてきたのだ。



「えっと。二人してどうしたの? 寒いしとりあえず中入って。」


「あぁ。」

「うん。」



 二人の表情が優れない。


 何だろう。


 サプライズで結婚前祝的な事をしようと思ったけど思いつかず、仕方なしにネタバラシして普通に前祝しようぜとか?


 非常に前向きな理由を無理矢理捻り出した私は二人をアパートの部屋へと通し、スマホの録音アプリを起動した。



「実は……婚約を無かった事にしてもらいたくて。」


「え? 無かった事? 白紙? ホワイトペーパー?」



 突然何を言い出すんだろう。サプライズにしては捻りが効きすぎて頭が捻挫しそうなんだけど。



「その……俺はベルが好きなんだ。」


「あ、ベルマークの事ね。今でもまだやってるんだぁ。」


「そうじゃなくて、ベルが好きって言った。」


「私、陸人りくとと付き合ってるの。リアってこんな時くらい真面目に話せないの? 私達、本当にどう伝えようか悩んでたんだよ?」



 思い詰めた表情でベルが声帯から訳の分からない音を出し始める。



「え? ちょっと待って。浮気してたって事?」


「浮気じゃなくて、せめて秘めた愛が成就したと言って欲しい。」


「ごめんなさい。」



 秘めた愛って何だよ。いや、その前にお前らが浮気しといて何で私が悪いみたいに言った?


 控えめに言ってぬっころしたいんだけど。



「あのね。実は私達幼馴染で…………。」



ベルの合理性が欠落した前提条件の全く分からない頓珍漢な幼馴染ラブストーリーを聞かされた結果、私はようやく理解した。


 つまり一言で言えば寝取られたのだ。



 2人は大学からの付き合いで共通の友人も多い。元々ベルの紹介で陸人りくとと知り合い私は男女の関係となった。


 私と陸人りくとは3年の順調な交際期間を経てとうとう結婚か? と思いきやここにきてまさかの展開。


 寝耳に水。青天の霹靂。



「俺は昔からベルが好きだったんだ。この際だから全部言うけど、以前から何度もベルに告白していた。でも、ベルは俺を男として見る事は出来ないと言っては俺に君を紹介してきたんだ。」



 それ、今言う必要ある? 間違えて私が包丁装備したらどうする気?


 既に気持ちの上では包丁どころか日本刀装備してるけど。



「私ね? リアと陸人りくとが付き合ってるのを見て、やっと気づけた。私は陸人りくとが好きだったんだって……。だからリアには感謝してるの。」



 それはもう聞いた。しかも三回目だし。何回同じ話するんだってーのよ。


 鼻からキムチ食わせんぞマジで。



「あのさ。明日親に紹介するって言ったよね? 私の親に何て言う気?」


「それは……その、出来ればリアが別な人を好きになったって言ってもらいたい。」


「はい?」



 マジで何言ってんだこの男。



「ね? お願い。私、リアと親友だよね? 陸人りくとの事好きだよね? だから私達を応援して欲しいの。」


「いや浮気する男とか嫌いだわ。」


「そ、それって……ありがとう。」



 何故礼を言う?



「リアさ、そうやって陸人りくとを嫌いだって事にして私達を応援しようとしてくれてるんでしょ? 前からリアって私の事助けてくれてたよね……。」


「ステイステイステイ! 誰も助けるなんて言ってないけど?」


「え?」



 不思議そうな顔すんな! その顔をするのはむしろ私の方でしょうが!



「私に失礼だと思わないの? こっちは真面目に付き合ってるつもりだったし、結婚も視野に入れて明日親に紹介するって言ったよね?」



 本当にふざけるなよ……。



「でも、リアとはもう付き合えない。」


「それはこっちの台詞。」



 いや何でお前がショック受けた顔すんだよ。その顔だって私がする方でしょうが!



「良い。もう帰って。」


「ごめん。」

「ごめんねリア?」



 うるさい。



「早く帰って。」



 私は泣き顔を見られないよう、強引に2人を部屋から追い出した。








 翌日、私は改めて謝罪に来た陸人りくとの顔面にグーを入れ、共通の友人全員にメッセージで経緯を説明してやった。録音した音声データ付きで。


 お前らなんかハブられちまえ!


 この2人が揃って話したい事があると言ってきた時、嫌な予感がしたのだ。


 念のためにスマホで録音しておいて正解だったよ。


 私はこの苛立ちを何かにぶつけなければ気が済まなかった。そんな時にゲームコーナーでふと目に入ったタイトル——『血と涙の復讐~ポロリ(あたまが)もあるよ☆~』だ。


 丁度その日の私は血と涙の復讐をしたい気分だった。ポロリ(あたまが)もあるとか最高じゃん。


 幸いお正月中だったのでヤケ酒しながらゲームを三日間ブッ通しでやってやりましたよ。


 主人公は第一王子の婚約者メルトリア=アースダイン。彼女が性悪ヒロイン達に嵌められ処刑されてしまい、時間の巻き戻りが起こる場面からゲームはスタートする。


 メルトリアは他のヒロインやその婚約者達の策略を回避しつつ、無能な第一王子と結婚するまで生き残るよう立ち回るゲームだ。


 敵対的なヒロイン達を許すルートも結構あるらしいけど……私の精神状態はゲームとは言え性悪な彼女等を許す事など出来るはずもなく、全てのヒロイン達を残らず滅ぼしてやった。


 ついでに策略に一役買った意地悪令嬢共の婚約者達も少々。


 元親友ベルに似たライバルキャラのヒロインがいたので、徹底的に嫌がらせ&処刑プレイもしてやったのはご愛嬌。



 ざまぁぁぁぁ!!


 酒が超うめぇぇぇ!!



 ノリノリで全ヒロイン死亡ルートを周回プレイしてやりましたとも。


 気付けばスマホの通知が溜まっていたので確認すると、ベルから何であんな事を友達に言ったのかと激おこメッセージがたくさん届いていた。


 殆どの友人から縁切りされていたようだ。


 はんっ。事実を言って何が悪い。


 こっちは私を好きじゃない男と3年付き合わされて騙された挙句、浮気されてたのに……。


 そもそもテメェらの下らない幼馴染ラブストーリーに付き合ってやったんだから、本来はテメェらが友人達に報告するのが筋だろうがよ!


 代わりに被害者の私がわざわざ報告してやったんだから、むしろ感謝して欲しいくらいだわ!


 陸人りくとと付き合ってなきゃ、もっと良い人とだって付き合えたかもしれない。


 優しいイケメンだって少しは寄って来た。


 正直陸人りくとは優しいだけが取り柄の冴えない野郎だけど、私はイケメンに騙された事があり、陸人りくととの交際に踏み切ったのだ。


 陸人りくとを好きになったのも事実ではあるけど今となっては単なる黒歴史。


 イケメンに騙された後、今度は冴えない野郎に騙されたってわけだ。



「こんな事ならイケメンに騙されてた方がマシだわボケ!!」



 こうしてベルからのメッセージを見てブチギレたのが私の日本人として過ごした最後の記憶。


 そして今、かつての記憶が目覚めたらこのシーンだ。メルトリアとして生きて来た記憶も混在している私は……私は…………。




「「「「「殺せー!! 悪魔の手先を殺せー!!」」」」」



 私は今、処刑台の上に立っていた。


 何故私がこんな目に? 全力で抵抗したい所だが、この体は大層弱っているようでろくな抵抗が出来ない上、縄で縛られてもいた。


 ゲーム通りなら時は巻き戻り、私は生き延びる事が出来る。


 しかし、たとえゲームの世界に入り込んだのだとして、ゲームのシナリオ通りに時が巻き戻るという保証はどこにもないのだ。


 もしも時が戻らなかったら……?


 そんな事は考えたくもない。これから自分がどうなってしまうのかが理解出来てしまい、自然に涙が溢れ出て来る。


 死ぬのが怖い。


 自分がこの立場になって初めて感じる恐怖は……ゲームじゃない。間違いなく現実だ。


 だが、特等席でこちらを楽しそうな笑顔で見るマリーベル(元親友似)。その隣にいるマリーベルの婚約者ダラス(元カレ似)。


 2人を目にした私は、死の恐怖を味わいながら固く誓った。



「……ったいに復讐してやる。」



 処刑人が私の首に剣を振り下ろしたのが分かる。


 日本人として過ごした記憶とメルトリアとしてのこの体が持つ記憶。両方が走馬灯のように駆け巡り、私の意識を塗りつぶす。


 走馬灯って本当にあるんだ。


 願わくば、あの2人に呪いを……。


 そう思った矢先、世界がぐるぐると回り、私の視界は暗転した…………

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