罪深きやしのカレーうどん

砂上楼閣

第1話

ーーーガチャ……


「(ただいま…)」


小さく呟くような帰宅の挨拶。


時刻はすでに深夜。


時計の針は0時を少し越えたあたりだった。


当たり前だが家中の電気は全て消え、物音一つしない。


ゆっくり寝室の前まで行って耳をすませば、寝息が聞こえてくる。


今日は特に忙しい1日だった。


こそこそと荷物を置いて、音が響かないように気をつけながらシャワーを浴びる。


(ふぅ、腹減ったな…)


遅くなるのは分かっていたので簡単には食べたが、単純に計算して6時間以上何も食べてない。


そりゃあ腹も空く。


シャワーを浴びてさっぱりしたからこのまま寝てもいいんだが、一度空腹を自覚してしまうと地味に辛い。


幸い明日は休みだ。


小腹を満たしてから寝て、ちょっとくらい寝起きに胃もたれしたって支障はない。


後でちょっと苦しむかもしれないが、腹が減ってるのは今。


寝起きの自分よ、許せ。


なんて心の中で小芝居しつつ台所へ。


冷蔵庫を漁りながら、手軽そうな物を探す。


あったのは……レトルトカレーと冷凍されたうどん。


ご飯はサランラップで小分けされたやつがある。


他は単品だと腹の足しにはならなそうなものばかりだ。


腹の空き具合を考えれば、カレーでがっつり食べてしまいたい。


レンジでチンすればカップ麺より早く出来上がり。


だが、いくら空腹でも時刻は0時過ぎ。


最近気になる腹回り。


多少の胃もたれはドンとこいだが、脂肪の新規加入はノーサンキュー。


となれば答えは一択……うどんしかない。


パッケージにある通りに茹でて、麺つゆをお好みに薄めて入れたら完成する手早く簡単なやつ。


よし、さっさと作ってツルッといってしまおう。


うどんなら消化もいいし、明日胃もたれに苦しむ事はない…。




(いや……それでいいのか?)




うどんをどんぶりに流し込んで、不意に沸き上がる疑問。


さっきまでの俺は、空腹を満たすためならば明日の胃もたれなんて関係ないと覚悟を決めていた。


それなのになんだ、この決断は。


これは妥協なんじゃないのか?


消化にいいうどんを胃袋に流し込んで、はいおしまい?


いつから俺はそんなチキンになっちまったんだ?


カレーとうどんしかないなら、2つとも食べればいいじゃないか。


わざわざ2つ作るのが面倒なら、1つにすればいいじゃないか。


つまり…


カレーうどんを作ればいいじゃないか。





鍋にレトルトカレーを入れ、そこに麺つゆと水溶き片栗粉を加える。


麺つゆは2倍濃縮のもの、片栗粉はだいたい水と1対2くらいか。


適度に混ぜて味をみる。


麺つゆが濃いなって感じたら薄くならない程度に水を加えて調整。


料理できる人なんかは、つゆは別に麺つゆじゃなくてお好みで白つゆにしたり、他にも酒などなんかを加えてみるといいんじゃないか?


できればネギとか肉、油揚げとかの具材を予め用意しておきたい所だが、明日の朝食の具材だったら怖いので今回は無しだ。


そこ、チキンて言わない。


レトルトのカレーだけだと具が無くて虚しくなるって人は玉ねぎや人参とかも加えてみるといい。


油揚げなんかもあると最高だな。


……よし、そろそろか。


鍋の中身をどんぶりに注ぐ。


さて、これでカレーうどんは完成だ。


が……


(ここまできたら、トッピングしないなんて逃げだろ?)


俺の中の悪魔が囁いた。





俺は、粉々に砕いたポテトチップスをそっと、カレーうどんにかけた。


天かすじゃない。


ポテトチップスだ。


野菜やたまごなんかじゃない。


ポテトチップスだ。


俺の大好きなのり塩味を、袋の上から握り締めて粉々にして、それをカレーうどんにかけた。


凄まじい罪悪感だ。


ただでさえ深夜。


うどんだけでなくカレー。


さらにそこにポテトチップス。


俺はなんて罪深いことをしちまったんだ…!


だが、すでに、賽は投げられた。


これ以上時間はかけられない。


シャワーと調理だけですでに時刻は一時近い。


それに麺を先に茹でたせいでやや伸びてる。


「(いただきます)」


俺は手を合わせて、音を立てないようにうどんを啜り上げた。


空腹がスパイスとなって、カレーうどんがどんどん減っていく。


味はシンプル、だがそれがいい。


砕いたポテチも天かすのようでいいアクセントだ。


サクサクした食感に適度な塩味。


疲れた体に、五臓六腑に染み渡る…!





「ふぅ、ごちそうさま」


ほんの数分で完食してしまった。


満腹には程遠いが、満足感はある。


カレーうどんにした選択に、間違いはなかった…!


「よいしょっと」


俺は食器を片付けようと立ち上がる。


さすがに洗い物をすると音がすごいので、水に浸けておくことにしよう。


カレーを食べた後の食器は放置しておくと乾いてこびりつき、洗うのが大変だからな…


「はっ…!」


そこでようやく気付いた。


俺の後ろ、寝室の扉が僅かに開いていることに。


そして、その奥から、飢えた獣のような瞳がこちらを覗いていることに…




みんな、深夜にカレーうどん、もしくは香りの強いものを食べる時は気を付けよう!


どんなに音に気を付けていても、匂いってやつは広がっていくからな!


そして深夜に美味そうな匂いがしたら腹が減る。


つまり、そういうことだ。


俺はその日の朝、胃もたれに苦しめられながら、家族に責められるのだった。

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