She is...
@sanmon_shosetsu
第1話 彼女の秘密。
晴天、
どこかしらの教室から微かに聴こえる授業中の先生の声、
遠くの方で芝を刈る音、
音楽室から漏れる聞いたことのあるようなないようなクラシックがうっすらと聴こえる。
昼食後の午後1時23分、
俺にとっては、すべてが子守唄だ。
グラウンドには、やる気のない様子でだらだらと足を動かす生徒に喝を入れる体育教師。竹刀片手に指導する教師なんて今の時代あの人だけだろう。その内、指導の一環として生徒に軽く手を挙げ、保護者から大バッシング。数か月の謹慎もしくは異動といったところだろうか。まぁそんなことはどうだっていい。
いつもと同じ、代わり映えのない景色、音、匂い。
嗚呼、平和。
なんて穏やかなんだ。
「、ーい、竹本先生!」
「、......あ、はい、」
「何ボーッとしてるんですか!僕、何回も呼んだってのに!」
「、あー、すいません..。...どうかしました?」
「もう...、竹本先生ってなんでそんなにマイペースなんですか、いつもボーっと遠く見てるし、この前だって僕が何度も呼んでたのに…って、違う!そんなこと今はいいんだ!、そう!うちのクラスに沢森澪という、生徒がいるんですよ。」
「さわもりみお、」
「沢森さんったら最近転校してきたばかりなのに、もうサボりの常習犯で!」
「あら、」
「僕、次の授業の準備とか小テスト作りとか採点とかー...、って、まぁ色々と仕事が溜まってるんですよ。なのに物理の田中先生から沢森さんが授業に出てないからどこにいるんだと言われまして...。こんっな忙しい時に誰が探せるか!って思ったら...、
竹本先生、手が空いてるみたいじゃないですか。」
「…は、」
捜してきてもらえます?沢森さん。
「チッ、はぁー…、めんどくさ...、」
至近距離で覗き込んで、回りくどくグダグダと頼んできたオッサンは沢森さんとやらの担任らしい。毛量が多いくせに前頭葉から徐々に薄くなってきているボサボサ頭、銀縁の脂ぎったメガネ。しかも多分かなりの度数のやつ。メガネの余白から見えただけでもその奥の風景が歪んで見えるレベルだから相当だ。紺色のポロシャツにお腹まで上げられたベージュのスラックス。存在感のあるお腹でスラックスの今にもはち切れそうなボタンが可哀想。そしてなぜ、ポロシャツをスラックスの中に入れているのか。余計に体系が目立っている。
「はぁー…、」
2度目の長いため息は静かな廊下に響き渡る。
そもそも俺は、沢森さんとやらを見たことがないし存在もさっき聞いて初めて知った。いつ転校して来たんだろう。せめて特徴を教えてほしい。髪が長いだとか、背は低め高めとか。そもそも女なのか男なのか。あのオッサンが3年1組の担任だったはずだから3年生ということは分かった。ただそれだけでは、探し出すのは至極困難だ。どこにいるのか目処すら立たない。もはや学校に居ないかもしれないじゃないか。面倒くさい。
話は戻るが、あのオッサンが本題を出すまでの課程には、毎度毎度腹が立つ。本題だけを簡潔に伝えてくれたら早く済むものを、自分は忙しいだの体調が悪いだのなんだのと私情を挟んで本題を言う。忙しいって言ってたけど、推しのアイドルがこの後、ラジオにゲストで生出演するから聞きたいだけじゃないのか。朝、同じアイドル好きの美術の先生とニヤニヤしながら話していたじゃないか。生徒よりも推しなのか。とことん気持ち悪い野郎だ。これだからヲタクは...って、一応上司だけど。今頃、職員室でだらしない表情を浮かべてるんだろう。腹立つ。
「にしても、いねぇ...。」
サボリの代名詞でもある保健室も行ったし、生徒がサボることが多い中庭も見た。非常階段も行ったし、空き教室も見た、旧校舎も。体育館裏も。
「はぁ...、どこだよ。」
足を止めて廊下から空を仰ぐ。
空が青い。
職員室とは違う風景とか匂い、音。
「.........、あ、...屋上、」
目に入った屋上のフェンス。確信に近い閃きが浮かぶ。なんで思いつかなかったんだ、屋上は王道のサボりスポットじゃないか。ただ屋上は危ないからとかなんとかで鍵がかかっているはず。いや、でも行こうと思えば行ける。だって、この前不良生徒が屋上のドアのガラス割って侵入して怒られていたから。
「...行ってみるか、」
…予想的中。
なのか、
「...............、」
仰向けに寝転がり、目を閉じている女子生徒。
この子だろうか。
上履きとリボンの色を見る限り、3年生だ。
「......、」
透き通るほどの白い肌に小さい顔、伏せられた目から睫毛がすっと伸びる。
「......、」
「、!」
予告なく突然開かれた目に心臓が飛び出そうになる。
彼女も一瞬驚いた表情を浮かべたが、すぐに表情を崩した。
「あー、見つかっちゃった。」
上体を起こして、両手を組み、欠伸をしながら伸びをする。
サラサラと、少し茶色い髪が僅かに風になびく。
言葉に反省の色も焦りも伺えない。
「君、沢森さん?」
「うん、沢森さんだよ、」
なんともゆるい返答のあと、あなたは?と振り返った沢森。
「ね、先生?」
「...、ん、え、あ、日本史の竹本、です。」
「タケちゃんかー。」
勝手にあだ名付けられてるし。別にいいけど。
「君の担任から探して来いって頼まれて。」
「あー、あの眼鏡。」
「鈴木先生な。」
「ありふれた苗字だ。覚えらんない。」
「お前それ、全国の鈴木を敵に回したぞ。」
「えー、やば。鈴木って結構いるじゃんねー。」
「うん。この学校だけでも何人かいるしな。」
「おー、それはそれは。学校出る前に襲撃されちゃうじゃん。」
へらり、笑う彼女。
ゆるやかな風は、彼女の髪を揺らし続ける。
「大変だった?私探し。」
「めっちゃ探したよ。」
「お疲れさま。」
「おう、」
出会って早5分。
彼女のなんとも独特な世界に飲み込まれている気しかしないが、嫌な気分ではない。
彼女の隣に立って、後ろポケットから煙草を出し火をつける。
「あ、いけないんだー。」
「おう、言うなよ。」
「どうしよっかなー。」
「おい、」
「ふふ、特別にひみつにしておいてあげるね。」
「頼んだ。」
「頼まれました。」
この時俺は、彼女を教室へ連れ戻すという任務は忘れていて、次の授業が始まるまで屋上でだらだらと駄弁り続けた。もちろん鈴木先生には怒られた。
そんな梅雨入り少し前の、お話。
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