第11話

「♪〜」



「なに書いてるんですか?」



「婚姻届」



 おっと、思わぬところにとんでもない地雷が。危ない危ない。

 やけに上機嫌だったと思ったらどうやら婚姻届を書いていたらしい。この年齢でそんなもの書くな。



「傑くん、誰も傑くんのために書いてるなんて行ってないよ。自意識過剰だね」



「でも本当は?」



「傑くんのため〜♡」



 やっぱりな。こういう時ってなんか勘が当たるんだよな。真奈さんは他の人にはこんな事しないし。



「それでは傑くん、ここにお名前を記入してください」



「ほいほいっと…」



 名前の欄になめを記入していく。すぐ隣の欄には雨宮真奈という名前が書いてある。見なかったことにしておこう。

 真奈さんは俺の名前を見ながら何やらにゃんにゃんしている。俺の名前ってそんなにおかしいのだろうか?



「これで私も雨宮…」



「気が早くないっすか?まだ俺達付き合ってすらないんですけど」



「それは後々、だよ!」



「…そうですか」



 なにこれ。遠回しの告白?何?俺もしかして告白された?リア充の仲間入り?…いや待てよ。真奈さんの男たらしはあまりにも有名な話だ。俺がここで勘違いしては武士の名折れだろ…武士じゃないけど。



「…でも真奈さん。幼馴染は負けヒロインっていうジンクスがありまして」



「何言ってるの?私幼馴染じゃないよ?」



 …都合のいい人だ。やっぱり俺の記憶は正しかったらしい。真奈さんは俺の幼馴染ではない。ただの友人だ。



「…そうですよね。ただの友人ですよね」



「嘘だって。私はいつでも傑くんの幼馴染だよ」



 …都合のいい人だ。



「傑はいるか」



 休み時間の騒がしい教室の中で凛と響いたその声に俺は振り返る。声の方には青髪の少女がこちらを向いて立っていた。少しキリッとしたその目つきからは女でさえも惚れさせるような魔性の魅力が垣間見える。



「お、純華!」



 彼女の名は三井純華。隣のクラスに居る俺の女友達だ。

 男勝りなその性格と溢れ出る魅力が特徴的な彼女は学園中の女子からの告白が絶えないのだとか。反対に男はメスにされる人が多いのだそう。俺は男への絶対的な執着があるから大丈夫だ。



「傑、元気か」



「めっちゃ元気だぞ。今日は来てたんだな。最近いない日多かったけど、なんかあったのか?」



「あぁ、少し野暮用だ。大したことじゃない。変わらず元気だ」



「そっか。純華が元気なら俺も嬉しいよ」



「私も傑が元気そうで嬉しい。最近は顔を見れなかったから心配だったぞ」



「なんだよ。俺はそんなにか弱い生物じゃねーよ。この前なんてな、一人で倉庫タンメン冥王星味食べれるようになったんだぜ?」



「それはすごいな。今度一緒にたべよう」



「…傑くん?」



 微笑んだ俺の背中に鋭い寒気が走る。一気に凍りついた空気。背中をグサグサと刺してくるどす黒い感情の影。変な汗が頬を伝う。

 恐る恐る振り返ると、真っ黒な瞳孔をガン開きにしてこちらを見つめてくる真奈さんの顔が目に入った。



「…真奈さん?」



「関心しないなぁ傑くん。私という幼馴染がありながら他の女にかまけるなんて」



「か、かまけてなんてないっすよ…」



「詐欺、詐欺だよ。結婚詐欺だよ。婚姻届けまで書いたのに」



「いやあれは練習じゃないっすか…結婚とか話が飛びすぎですよ…」



「あー、私傷ついちゃったな〜責任取って貰わないとな〜」



 …拗ねてる。真奈さんが拗ねてる。こうなるとこの人はめんどくさいぞ…中々機嫌を直してくれない。きっとおれが『結婚する』って言うまで何が何でも逃さないつもりだ。

 結婚する。一言そう言えば済む話だ。だが、その一言がどうしても重い。よりによって相手は学園一の美女。思春期真っ只中の俺には抵抗感がある。今は光を失ったその瞳は悩む俺の表情を映し出す。



「傑、人を傷つけるのは良くないぞ。責任を取れ」



「いや純華、責任を取るっていうのは生半可な覚悟で口にしてはいけない言葉なんだよ」



「…そうなのか?すまない、私にはよく分からなくてな…」



「…す・ぐ・る・くん?」



「ぐがっ!?」



 真奈さんの手が俺の腰をがっちりとホールドする。ギリギリと食い込むほどの握力で握られ、俺の腰は今にも玉砕せんと悲鳴を上げている。



「ま、真奈さん…?その、い、痛いです…」



「傑くんが悪いんだよ?私の目の前で他の女にかまけて…」



「傑、傑は女にかまけているのか?」



「今丁度その女にあ”いだだだだだだ」



 だ、ダメだ。このままだと俺の腰が役目を終える前に砕け散ってしまう…それだけは、それだけは避けなくては…

 純華から向けられる純粋な感情と真奈さんから向けられるどす黒い感情に挟まれながら俺は意を決した。



「…結婚しましょう」



「うん。しよう。式は明日でいい?」



「気が早いです真奈さん。そんな簡単に予約取れないでしょう」



「そんな傑くんに朗報です。実はもうとってありま〜す!」



「…マジですか」



「うっそ〜」



 …なんだ嘘か。嘘で良かった。この人だったら本当にやりかねないから怖い。冗談もほどほどにしてほしいところだ。



「傑、結婚するのか?」



「するわけないでしょ…」



「そうだよ純華ちゃん。傑くんは私と結婚するの」



「…結婚すると他の女とは遊べないと聞いた。傑は私と遊んでくれなくなるのか…?」



 純華の純粋な心から飛び出た一言は俺の心を突き刺した。彼女は見た目とは裏腹に時々ピュアな面が垣間見える。そのギャップに俺の理性は度々鏖殺されている。

 少し瞳を潤ませたその表情はまるで子犬のようだ。訴えかけてくるようなその表情に俺はなぜか彼女を今すぐ抱きしめてしまいたいという謎の感情に襲われた。

 いまだかつて無い未知の感情が俺の心を浄化してくる。…あぁ、心が…



「…大丈夫だ。純華とならいつでも遊ぶから」



「そ、そうか!私は嬉しいぞ傑!」



「んー!なんで目の前で堂々と浮気するの!」



「浮気じゃありません。男女の友情です。ていうかまだ俺たち付き合ってないでしょう」



「そうだよ!幼馴染だよ!だけど傑くんは私のものになる運命なの!にゃー!」



「はいはい、猫化しないでください…」






「…いいな。美少女パラダイスで」



「先生、目から血が出てますよ」

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