余命宣告された金髪碧眼の幼馴染が死を迎えるまで
上下左右
プロローグ ~『病弱な幼馴染』~
杉田隼人には桜木エリスという幼馴染がいた。
文武両道の完璧超人で、母親のフランスの血が色濃く出ているせいか、髪は黄金に輝き、澄んだ碧色の瞳は異性の注目を惹きつけた。
プロポーションも日本人離れしており、キュッとした腰のくびれと、服の上からでも分かるほどに大きな胸はモデル顔負けだった。
そんな自慢の幼馴染は、やせ細った顔で病室のベッドで横になっている。生理食塩水が取り付けられた点滴スタンドからはチューブが伸び、彼女の体に繋がれている。
「エリス、具合はどうだ?」
「昨日よりも元気ですよ。きっと隼人くんがお見舞いに来てくれたからですね」
「それなら、こんな顔でも見せに来た甲斐があったな」
慣れた手付きで、隼人はカゴに積まれた見舞い品の林檎の皮を剥く。ウサギの形に加工して、フォークを添えると、エリスの瞳が輝いた。
「可愛いですね~」
「エリスが喜ぶと思ってな。練習したんだ」
「私なんかのために……」
「エリスは大切な幼馴染で、家族だからな。これくらいの努力は努力とさえ思わないさ」
隼人とエリスの付き合いは長い。家が隣同士だったこともあり、幼い頃から一緒に遊んできた。
だからこそ情もある。エリスが入院してから、彼はお見舞いを欠かしたことはなかった。
「そういえば、本を買ってきたんだ。読むだろ?」
「マイ先生の新刊ですか?」
「正解だ。エリスの推し作家だもんな」
「切ない恋模様を描くのが得意な人で、物語に引き込まれるんです……隼人くんも読みましたか?」
「ああ、傑作だったよ」
「読み終わったら感想を共有しましょう。あ、ネタバレは禁止ですよ」
「もちろんだ」
表紙に花火と少女が描かれた小説を手渡すと、エリスはそれをギュッと抱きしめる。
「この本、大切にしますね」
「ボロボロになったら捨ててくれてもいいんだぞ」
「その心配はいりませんよ。きっと本より先に私の命が尽きちゃうでしょうから」
「エリス……」
医者からはいつ死んでもおかしくないと宣告されている状況だ。迎えが来るのは明日か、もしくは明後日かもしれない。
悲しみで俯いていると、エリスは無理して笑みを浮かべる。重くなった場の空気を感じ取ったのだ。
「暗い話ばかりでは楽しくありませんし、隼人くんの大学生活について教えて下さい」
「充実しているよ。友達もできたし、従姉妹の月ちゃんもいるしな」
「大学の講師をされているんですよね?」
「最近、助教授に出世したらしいぞ」
「相変わらず才能に溢れた人ですね」
「俺と同じ血が流れているのか疑わしく思えるほどにな」
杉田家は天才を多く排出している家系で、隼人の両親も有名大学を首席で卒業した医者と会社経営者だ。
唯一の凡人だと、自嘲気味に彼は語るが、そこに卑屈さはない。彼の家族は能力の優劣で人を差別する者はおらず、しっかりと愛情を注がれてきたからだ。
(エリスの境遇と比べたら、俺が恵まれているのは明らかだからな)
彼女の両親は夫婦仲が悪く、険悪な状態となっていた。その二人から生まれたエリスにも愛が向けられることはなく、パートナーの不満を解消するために虐待されていたこともあるほどだ。
そのせいかエリスは誰に対しても敬語だった。年下も家族でさえも関係ない。心を許しているはずの隼人に対しても、口調から他人行儀を完全に忘れられずにいた。
(でもまぁ、これでもマシになった方か)
昔は冗談さえ口にしなかったのだ。それを思えば、随分と成長したものだ。
「夢のキャンパスライフですし、恋人はできましたか?」
「できるわけないだろ。俺、根暗だし」
「顔は整っているのですから。頑張ればできますよ」
「頑張るつもりがないからな……エリスは恋人が欲しいのか?」
「私には無理ですから……恋人ができても、最後には悲しませるだけですよ」
「それはそうかもしれないが……」
「でも、だからこそ恋愛小説が好きなんです。最近では自分でも書いているんですよ」
「それは読んでみたいな」
「新人賞にも応募しましたから。もし出版できたら、読ませてあげます」
「約束だぞ」
頭の良いエリスのことだ。彼女が本気で打ち込めば、作家デビューも夢ではないだろう。
「エリスの顔も見れたし、俺はそろそろ帰るよ」
「寂しくなってしまいますね……」
「また明日来るさ」
「待ってますからね……」
「もちろんだ」
泣きそうな顔で手を振るエリスを背に、さよならの言葉を残して立ち去る。廊下に出ると薬品の匂いが鼻孔をくすぐり、瞳が赤く充血するのだった。
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