第2章
2-1 リフォーム工事
新拠点で初めての朝が来た。
すやすやしていたミニャは朝ごはんの匂いに口をもぐもぐして、頬をにんまりする。
それにキュンキュンする近衛隊だが、朝ごはんの匂いが漂っているということは調理も佳境である。
『栗田ニアン:ミニャちゃん朝だよー。起きてぇ!』
『ネコ太:3月31日7時。ミニャちゃんの健康状態、異常なし! モグちゃんの健康状態、異常なし! 健康手帳に記載します!』
『カレン:お外班、洗顔用のお水の用意できました!』
『ハナ:朝ごはんの用意はあとちょっとで終わるみたいです!』
朝から近衛隊は大忙しだ。
「んにゃ……ふぁ……おにゃ……おにゃにゃにょー」
ミニャは目をとろんとしながら、とろとろな朝の挨拶を口にし、二度寝した。寝ぼけているのか、その手には揺すり起こしていた栗田ニアンをグワシと握ってしまっている。
『栗田ニアン:うわぁー! ぷにぷに圧力!』
説明しよう。
ぷにぷに圧力とは、ミニャのぷにぷにお手々に握られることで開かれる禁断の世界である。普通の人間なら内臓が悪くなるかもしれない圧迫だが、石製人形は頑丈なので美味しいところ取りの魅惑のコンテンツなのだ。
そんなぷにぷに圧力によって薄い本の登場人物になった気分の栗田ニアン。
それをあわーと見つめるカレンとハナは女子高生賢者。まだその扉もその本も、開くのは早い。
ミニャを起こし、朝の支度をさせ、モグと共にご飯を食べる。
「にゃむにゃむ! うまうま!」
「モモモ! モモ!」
寝ぼけていたミニャやモグだが、朝ごはんを食べるとすぐにシャキッとした。
そうして、食事や朝の会が終わると、ミニャちゃん陛下直々の賢者召喚が行なわれ、近衛隊が追加で召喚される。
さて、昨日ミニャのお部屋が完成したが、今日はさっそく拡張工事が行なわれる予定だった。
お気に入りのヘルメットを被り、ミニャはお外へ出た。
すると、見覚えのないものが。
「むむむっ! 昨日はこんな穴なかった!」
ミニャがズビシと指さした先には、お風呂用の穴がすでに掘られていた。他にも通路用の穴が半分ほど掘られている。これらは昨晩の内に掘ったのだ。
『ネコ太:昨日の夜に掘ったんだって』
「はえー、賢者様たちは眠らないの?」
『ネコ太:ううん、みんなで交代しながら寝ているんだよ』
「そっかー。いっぱいいるもんね」
『ネコ太:そうだね』
そんなふうにミニャが癒し領域を展開しているそばでは、建築班が集まっていた。
『チャム蔵:さて、諸君。我々は非常に重要な任務を仰せつかった。ミニャちゃんのお風呂作りだ』
チャム蔵の言葉を賢者たちは黙って聞いた。
しかし、その無表情にはいつも以上に気合が宿って見える。戦士の顔だ。
本日の作業内容をここで逐一説明していては時間の無駄である。
活動時間という制限がある賢者たちにとって、ミーティングはパソコンの前で済ますものなのだ。
いくつかの注意事項を告げて、話は手短に終わった。
『チャム蔵:では、ご安全に!』
『絶狼:ぎゃー、やめろやめろ! もうその言葉は聞きたくない!』
元社畜が悲鳴を上げた。禁忌に触れたらしい。
「ねえねえ、ミニャはなにするーう?」
『チャム蔵:ミニャちゃんは、サバイバーたちと階段作りだよ。河原に降りる斜面に階段を作るんだ』
「おー。ミニャ頑張る! モグちゃん、行くよ!」
「モモグゥ!」
というわけで、ミニャちゃん陛下がたくさんの賢者たちに護衛されながら、いざ出陣。
ミニャが出発した拠点内では、さっそく作業が開始された。
『ゼル:幼女のためにえんやこら』
『絶狼:穴掘り! ハッ、穴掘り! ふぁたっ、穴掘り!』
一列に並んだ土属性賢者たちが、通路用となる穴を作っていく。土属性は出番が多い賢者たちなので、穴掘りはもうお手の物だ。
通路の穴は昨晩の内にすでに半分は掘られているので、残りを掘ってミニャのお部屋と繋げる形となる。
一方、風呂場係は昨晩の内に掘られた穴の中で、さらに穴を掘り始めていた。浴槽用の穴を掘っているのだ。
構想は、一般的な住宅にある跨いで入るような浴槽ではなく、温泉のような床よりも下に埋没されたタイプであった。穴掘りが得意な賢者たちにとって、こちらのほうが遥かに簡単に作れるのだ。
浴室の広さは、縦横200cm×250cm、高さ120cm。浴槽は壁から少し離されて、80cm×120cm、深さ60cmのものが作られた。
壁は全体的に少し斜めになっており、大雑把ながら土圧が考えられている。また、床や浴槽はほんのわずかに傾いており、排水も考えられていた。
穴掘りが終わり、お風呂場は石でコーティングすれば完成である。
問題はここからだ。
『チャム蔵:それじゃあ行ってくる』
『モグラ:竜胆、光を頼むぜ』
『竜胆:ああ、任せてくれ。無理そうならすぐにニーテストに連絡するんだよ』
『チャム蔵:了解』
チャム蔵とモグラは、これから洗い場と浴槽用の排水溝を作るのだ。光属性の竜胆にライトの魔法で照らしてもらいながらの作業となる。
まずは洗い場係のチャム蔵が穴を掘る。50cmほど掘ると、今度はやや斜めに掘り進めていく。
『チャム蔵:モグラ、始めてくれ』
『モグラ:オッケー』
浴槽係のモグラも同じように穴を掘り、チャム蔵の掘った穴と繋がった。
『チャム蔵:竜胆、上手いこと合流した。入ってきてくれ』
『竜胆:了解。壁塗り班の方も始めさせていいかい?』
『チャム蔵:そうだな、頼む』
竜胆を穴の中に招き、明かり係をさせる。
賢者は暗闇でも見えるが、明かりがあるほうがはっきり見えるのだ。
同時に、他の賢者たちに穴の補強を始めさせた。
『穴掘り:圧縮』は土を踏み固めたように強固にする便利な魔法だが、水に濡れると弱体化する欠点があった。踏み固められた土の道にもぬかるみができるのと同じで、圧縮しようとも所詮は土なのだ。水に濡れたらグズグズになった。
だから、崩れてほしくない穴には『圧縮』だけでなく、『硬化』の魔法をかけたり、石材や木材で擁護したりする必要があるのだ。
今回は、穴の径に沿うように枝を組み、その上から石で塗っていく予定だ。これは、石を大量に運んでくるのが大変すぎるので、枝を石の内部に入れて嵩増ししようというわけである。枝を要所要所で立てて、補強も忘れない。
チャム蔵たちは壁塗り班が作業を開始した音を聞きながら、自分たちも作業を始めた。
『チャム蔵:こっちで間違いないな?』
『竜胆:うん、間違いない。大丈夫だ』
竜胆と合流し、3人はまず方向を入念に確認した。
『モグラ:じゃあ始めるぜ。穴掘り!』
『竜胆:角度をつけ過ぎないようにね』
ミニャちゃんハウスから河原の斜面までおよそ30mある。賢者たちはこの区間に排水用の穴を通すつもりだった。
幅はあまり重要ではないため、穴掘りを150回使えば完成する計算だ。
川に降りる斜面の高さは約5mだが、拠点側では風呂場と合わせて2mほど掘り下げてしまっているため、残り3m分で傾斜を作る必要があった。
勾配は10%。
これは水平距離に100m進んだ際に、高低差が10m分になるという意味だ。30mならば3mとなる。
角度にすると約5.7度以下で穴を掘り進めれば良い。それ以上の8度や10度などで掘り進めると、河原の斜面には出ずに、一生外に出られない。
穴掘りを5回使い、あっという間に1mの排水溝ができる。
人形の大きさは30cm、穴の高さや幅は20cm。なので、3人は排水溝の中を中腰で進んだ。
『竜胆:まあ大丈夫だろう』
地面に傾斜を測る道具を置いて、竜胆が言う。
それは平たい石だった。
この石はよく見ると、一つの角度がぴったり4度で作られた直角三角形をしている。
使い方は簡単で、石の斜めになった面を地面に置き、上部に刻まれた溝に丸い石を置くのである。
この丸い石が静止するなら、地面はぴったり4度の傾きということになる。逆に転がってしまった場合は、転がった方向によって急なのか緩いのか判別できた。
シンプルな仕組みの道具だが、上に向かっているのか下に向かっているのかすらもわからない穴の中での工事なので、結構頼りになった。
ちなみに、実のところ、賢者たちは物の角度を正確に測る術があった。
ミニャのオモチャ箱の描写ツールで、絵の角度が割り出せるのだ。ウインドウに表示したその絵に石を重ねれば、好きな角度を持つ石が作れるわけである。
この道具もそれを利用して作られたものだった。
『チャム蔵:崩れないかひやひやするな』
『竜胆:やめてくれ。君らは土を操れるが、私は生き埋めになったらどうしようもない』
一行はドキドキしながら穴を掘っていった。ひと掘りひと掘り、まるでロシアンルーレットをしている気分だ。
チャム蔵とモグラが交代しつつ魔法を使い、10mほど進むとハプニングが起きた。
『チャム蔵:マジかよ。木の根っこだ』
『モグラ:案外深いところまであるんだな』
『チャム蔵:竜胆、どうしたらいいと思う?』
『竜胆:1mくらい引き返して根を避けるしかないだろう。この場で曲がり角を作ると、幹が風で揺れた時に振動で崩れる可能性がある』
『チャム蔵:幹の揺れで根っこまで動くのか?』
『竜胆:いや、実際のところはわからない。だが、根が浅い木だと台風で根ごと倒れるらしいから、深い根でも案外大きな影響があるかもしれない』
『チャム蔵:そうか。じゃあその案でいこうか』
『モグラ:外部班、悪いけど、壁塗り班に伝えておいてくれ』
そんなハプニングがありつつ、穴掘りは進む。
木の根が張っている時はハズレだが、石が出てきた時は当たりだ。そのまま壁の補強に使えるからだ。
途中で、チャム蔵とモグラは魔力の都合で他の賢者と交代して、穴掘りが進む。
そして、その瞬間は訪れた。
一方、階段作りを頼まれたミニャ。
お家から斜面までの距離は30mほどなので、ミニャにとってはすぐ近くだ。
しかし、賢者は6倍の法則があるので約200m。この距離もまあ近いのだが、活動制限がある賢者にとっては決してバカにできなかった。
「あっ、ここだ!」
ミニャはズビシと名推理。
河原へ続く斜面に、昨晩の内に整地された階段が出来上がっていた。
形状は一往復分のつづら折りの階段だ。斜面の上の最後の1m分だけ真っ直ぐな階段となっている。
本当は全て真っ直ぐな階段が良かったのだが、5mの高さの斜面にそれを作るとなると、かなり広範囲に地面を掘らなければ急な階段になってしまうので不採用となった。
「あれぇ? でも階段できてるよ?」
ミニャの疑問も尤もである。
『サバイバー:ミニャちゃん、ここを片足でえいえいって踏んでごらん』
「ここ? えいえい! にゃっ!?」
サバイバーに言われて、ミニャが階段の端をえいえいと踏んだ。すると、そこの土が崩れてしまった。
「にゃんてこった……」
『サバイバー:崩れちゃったな。じゃあ、崩れないようにするにはどうすればいいかな?』
「むむむっ!」
突然の質問に、ミニャはむむむっとした。
賢者たちが見守る中、ミニャの脳内子猫たちが猫じゃらし型発電機をぶっ叩きまくる。
ミニャは徐に崩れた階段の土を手で整地する。
その瞬間、脳内子猫たちが貯めるエネルギーが一定値を越え、ミニャにピシャゴーンと閃きをもたらした。
「ここに何か置けばいいかも!」
『サバイバー:その通り!』
『ネコ太:ミニャちゃんすっごーい!』
『くのいち:ミニャちゃん賢い!』
『栗田ニアン:天才ですぅ!』
「にゃ、にゃふぅ!」
べた褒めである。
あまり褒められた経験がない賢者たちは、褒めて伸ばす教育方針らしい。
というわけで、ミニャちゃん陛下の天才的閃きによって、丸太による土留めが採用された。いわゆる丸太階段というやつだ。
すでに用意されている木材を使い、下段から順番に階段の土留めが始まった。
やることは簡単で、杭を2本打って、それに丸太を2本寝かせるだけだ。
ミニャは新しいお手伝いが楽しいようで、一段出来上がるごとに「むふぅ!」と達成感を味わっている。
「モグちゃん、ここをふみふみするんだよ!」
「モグ?」
「こうやるの!」
賢者からやり方を教わったミニャは、階段の上で土をふみふみした。
すると、それを見たモグが短い足で真似をし始めた。
「わっ、モグちゃん上手!」
「モモッ!」
「そう! ぺったんぺったんって!」
無限癒し空間である。
【442、名無し:うわぁ可愛いいいいいいい!】
【443、名無し:これにはもう俺氏もパソコンの前でぺったんぺったんですわ!】
【444、名無し:ニートが床をドンドンするのは最低な行為だからやめろ。母ちゃんが泣くぞ】
雑談スレの賢者たちも順調にあいきぅを下げている様子だ。幼女と獣は成長しているのに。
そんなことをしていると、ネコ太の下へニーテストから連絡が入った。
どうやら、排水用の穴が開通したとのこと。
ネコ太が周りを見回すと、数m離れた斜面に石製人形が3体いた。
『ネコ太:ミニャちゃん! あっちで賢者さんたちが穴を掘ってきたって!』
「にゃんですと!」
ミニャはむむむっとした。
『ネコ太:お家からね、穴を掘ってきたんだって! 行ってみよう!』
ミニャはこうしちゃいられねえとばかりに、モグを抱っこして穴掘り部隊の下へ向かった。
『タイタン:やっほー、ミニャちゃん!』
『不動:頑張ったよー!』
4分の3はチャム蔵たちが掘ったのだが、交代した賢者が美味しいところ取りをした。
「穴掘ってきたの? これぇ?」
『タイタン:そうだよー。お家から掘ってきたんだ』
『竜胆:見てみるかい?』
竜胆がライトの魔法を穴の中に入れて明るく照らした。
「おー……」
ミニャは穴を覗き込んで、おーっとした。
言うてただの穴である。非常に地味だった。
だが、モグは興味があるようで穴を覗き込んでモグモグしている。
『竜胆:それじゃあタイタン、不動、あとは穴の周りを整地して、こちら側からも石で補強を始めよう』
『タイタン:りょうかーい』
4分の3はチャム蔵たちが掘ったが、タイタンたちには掘った後の仕事もあるのだ。
ミニャちゃん工事監督はうむと頷いて視察を終え、階段作りへ戻った。階段作りの方が楽しい模様。
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