第35話 予想外の援護と白霧の世界⑧

「あぁ……そういうこと。材料が必要なのね」


「はい。魔法は便利な手段ではございますが、ゼロから物質を作り上げることはできません。効果の高い毒物を一つ作るにしても、植物や魔物から採取できる毒を調合して初めて世に出回りますから」


「つまり、薬物を専門に扱う者たちがいるということ?」


 それは日本で言うところの薬剤師のような者だろうか。体調を回復させる魔法があるのに、薬剤師は必要な世界ということなのか。


「我が国には薬草などを専門に扱う薬師がおり、その専門ギルドも存在いたします。ですが、魔術師や治癒術師も毒や薬を生成することはできます。治癒術師は治療の一環として毒物には精通しておりますし、薬も生成いたします。魔術師は魔法研究の延長上で薬や毒の知識に詳しい者もおりますから」


 治療の一環というのはなんとなく理解できた。だが、魔術師のほうが理解しがたい。見たことがないものは想像がしにくいのだ。


「研究の延長上とは?」


「たとえば……水魔法や風魔法に毒や痺れ薬を混ぜて相手に攻撃する、などです」


「怖いことを考えるわね」


 まるで兵器開発のような考え方だった。

 だが、魔法を爆弾に置き換えて考えれば合点はゆく。同じ武器でもより効果の高いものをというのは、兵器開発の基本だ。


「では、魔法で毒を浮かせて、飲む直前のティーカップへ入れるというのは?」


「それは……無理があるかと」


「どうして? 毒を浮遊させる魔法とかはないの?」


「物を浮遊させる魔法はございます。ですが、それは風の初級魔法です。特定の人物の器にのみ、誰にも知られずに毒物を入れるとなると難易度が高くなります。おそらく別の魔法となるでしょう。そして我が国では、そういった魔法は発明されておりません」


「魔法って発明するものなの?」


「はい。才能ある者が研究を重ね、新たな魔法を生み出したり古代魔法を復活させたりいたします。ここ数百年は発表が止まっておりますが……」


「では、姿を消して王女様に近づくとかは?」


「姿を消す魔法を使える者が、我が国では今のところ存在いたしません。その魔法は神話の時代にあったと書物で読んだことはございますが、復活させるにしても研究しなければ無理ではないかと」


「便利そうなのに……意外ね」


 ふと戦争で使えそうだと思ったのだが、すぐに無理だと気づいた。

 仮に戦場にいるすべての人間が姿を消してしまったら、同士討ちが始まってしまう可能性もある。思いのほか危険な魔法かもしれない。

 こういった魔法を欲しがるのは、前世の世界なら諜報関係の仕事に就く者だろう。


「では、姿を消す道具とかはあるの?」


 私はかつて映画館で観た、魔法使いの血を引いた少年が招待状を受け取って魔法学校へ行く某ハリウッド映画を思い出し、なんとなく質問してみた。

 あのシリーズの一作目で、そんなマントがあった記憶がある。


「姿を消す魔導具の存在を聞いたことはございますが……かなり稀有な一品です。存在もはっきりしておりませんし、入手も難しいかと思われます」


「でも、無いわけではないのね?」


「私は……見たことがございません」


 記憶を探るような表情のあとに答えたサラは、ランスロットのほうに振り返った。


「お兄様は、見たことがございますか?」


「いや、私もない。仮にメディウス家が入手していたら陛下へ献上しているはずだから、当家の記録に残るはずだ。もちろん、他の貴族たちでも同じことになる」


「そっか……実在しない可能性もあるというわけか」


 でも他国にある可能性は残っている。他の国々と交易のある商人なら、手に入れる事ができるのではないだろうか。それだけの資金もあるはずだ。

 ただし実在すれば、の話ではあるが。


「そうなると……城内の就業者の誰かが、王女殿下と敵対する誰かに雇われた可能性のほうが高い……か。殺害の目標が大きすぎるから、平民一個人の考えで行うことは考えにくいもの」


 私が呟くと、ランスロットがサラのほうへ振り返った。


「サラ、ここからは私が答えてもかまわないか?」


「はい。お願いいたします、お兄様」


 サラがランスロットの手に自らの手を乗せて頷く。ランスロットは彼女の言葉を微笑で受け止めてから、改めて私へ視線を置いた。


「サラの敵対者は多い。第五夫人以外は敵とみて間違いない」


「なぜ第五夫人ははずされるの?」


「あの者は大丈夫だろう。自らが平民出身ということもあり、第二王女殿下とともに修道院に入ることを希望している。賢い女性だ」


 どうやらランスロットはその女性を買っているようだ。

 確かに平民出身で、王位継承権争いに参加するのは恐ろしいだろう。私でも、我が子を危険な目に合わせることなど絶対にやらない。


「でも、第二王女は王位継承権第二位ではなかった? 確か、サラ王女の次よね?」


「確かにそうだが……。母親が平民出身で後見がいないとなると、おそらくハリエット様では難しい。仮に王位を継いだとしても、すぐに殺されるだろう」


「その事情だと、第三王子も同じ条件よね?」


 フローラから簡単に受けた説明では、第二王女と第三王子は法律によって王族となっており、他の子供たちと平等に継承権を持ってはいるが、母親が平民であるため即位は難しいだろうとのことだった。


「第三王子殿下の母親――第四夫人は確かに平民だが、実家が大富豪だ。彼女の父親から援助を受けている貴族も多い。その点は第二王女殿下とは大きく異なる」


「なるほどね……」


 昭和の総理大臣の発言に『数は力。力は金』というものがある。まさにそれが当てはまりそうな状況だ。


「修道院は安全な場所なの?」


「断言はできないが、後宮よりは幾分マシなはずだ」


「じゃあ、第五夫人母子には早急に修道院へ匿ってもらいましょう。こんなやり方をする相手では、他の対抗勢力もどうなるかわからないしね」


「私も、それは考えていた」


「一番怖いのは、ひとつの事件をきっかけにして、サラ王女も含めて兄弟姉妹が無差別に殺されることよ。今回の失敗から、次はどう動くのかが読めないわ。最終手段は実力行使だけれど……。さっきみたいに賊や魔物を城内に引き入れて暴れさせたら、誰が誰を殺したかなんてわからなくなるわ」


「そうだな。私も同意見だ。だが……」


 私が断言すると、ふいにランスロットは口元に手を当て私を上目遣いにみやりつつ、苦笑をもらした。


「まるで、あなたのほうが騎士団総帥のようだ」


「私はそこまで望んでいないわ。サラ王女の代わりだけでもた~いへんだもの」


 わざとらしく両手を上げて肩をすくめると、今度はサラが楽しそうに笑った。


To be continued ……

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●○●お礼・お願い●○●


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