第10話 衝撃の事実④

「……えぇ。殿下は覚えていらっしゃらないかもしれませんが、ずいぶんと興奮なさっておいででした」


「私は興奮のあまりに毒を飲んだの?」


「おそらくは」


「なぜ断言できるの? なんらかの形で毒を盛られたという可能性はないの?」


「わかりません。ただ、二人の毒味役を通り抜けたことは事実でございます。その後の調べにより、ティーポットにも菓子類にも毒が入っていないことがわかっておりますので……」


 そこまで発言してから、フローラは言い淀んだ。進言しにくいといった感じだ。


「いいわ、教えて」


「では、失礼を承知で申し上げます。毒物は姫様がご用意されたと、わたくしどもは判断し、治療にあたりましてございます」


「そう……私は毒を用意するほど、精神的に不安定だったのかしら?」


「いいえ。最初はそうではありませんでした。とても落ち着いた様子で、ですが王位を継ぐことに対しての不安を述べておられたのです。……そうだったわね、アン。ペネロピ、マリナ」


 女官長が二人の女官へ声をかけると、三人が同時に頷いた。


「はい、ラクリマ女官長」


「お茶の時間でしたので、私とアンが紅茶をご用意し、その間にペネロピがお茶菓子をご用意いたしました。ラクリマ様は、ティーセットをワゴンに乗せ、殿下がくつろがれているソファーまでお持ちいたしました」


「二人が用意してくれた紅茶とパイをテーブルへご用意していたときに、ぽつり、ぽつりと不安を漏らし、わたくしがお慰めしているうちに、逆に不安が大きくなってしまわれたようで……」


「急に興奮状態となってしまい、毒をあおったと」


「毒をお飲みになったのは、わたくしがアンとマリナへメディウス卿をお呼びするよう命じたあとでございます。殿下が心落ち着かれぬときは、わたくしどもよりもメディウス卿のお言葉で落ち着くことが多うございますので」


 なるほど。このランスロットという人物は、サラの心の支えといったところか。

 優しいかどうかはわからないけれど、兄のような雰囲気を持っているので、それも頷ける。もしかしたらサラの身内かもしれない。


「毒性が強いものでしたが、即効性のあるものではありませんでしたので、その場で解毒の魔法をかけました」


「殿下が助かったのはフローラ殿のおかげです。私としても、このままお気づきになられないのではないかと心配しておりました」


「そうだったの……。本当にありがとう、フローラ。おかげで命拾いしたわ」


 本人がご臨終しているため、事実は違う。もちろん言えるはずもないのだが。

 だとしたら、私は死ぬ直前の体に入ったのだろうか?

 いや、神様は死ぬ直前の、フローラが解毒魔法をかけているときの体へ魂を入れたと考えるほうが自然か。


 転生者の魂を入れるくらいなら、本人の魂を戻せばいいのに……と考えて、私はそうかと思い至った。

 おそらく王女は拒否したのだ。

 女神様たちの申し出を――命を取り留めて王位を継ぎ、国を建て直すことが嫌だと断ったのだろう。

 だから女神様は「自害した」と言ったわけか。


 そして『器』に入る者として、私たち異世界の転生者が選ばれた。

 それにしても、王位を継ぎ王国を再建することを頼まれたが、王女の環境や人間関係などがまるでわからない。

 失敗した。王女の本心も含めて、その辺りのことを転生前に詳しく聞いておくべきだった。これは本気で、幽霊でもいいから王女に来てもらうしかない。

 それは女神様にも頼んであるし、仕方ないから今は手探りでやっていこう。


「けっこう肝心なこと話してないわよね、あの女神様……」


「はい? いかがなされましたか、殿下?」


 聞こえないくらい小声で言ったはずの愚痴を、ランスロットが拾ったらしい。

 彼は軽く目を見開き、なんとも子供っぽい顔をして私の目を覗き込んだ。


「あ、いいえ。なんでもないわ」


 このイケメン……いや、フローラもだけど、体はサラで魂が転生したバツイチ子持ちのアラフィフオバサンって知ったら、どんな顔をするのだろう。


「また不安になって迷惑をかけてしまうかもしれないけれど……。これからもよろしくね。頼りにしています」


 もちろん、そんなことはおくびにも出さず、私はフローラへ笑いかけた。

 フローラはまぶたを閉じてから、片眼鏡をはずし、ハンカチで左右の目元をそっと拭いた。


「わたくしのような者に……。大変もったいないお言葉でございます」


 深く頭を下げたフローラが、顔を上げてまっすぐに私を見た。

 右目の色が……違う? 片眼鏡をかけていたときはわからなかったのに、フローラが眼鏡をはずしたとたん、光彩が紫や赤色と、虹色の変化をし続けている。


「フローラ殿は魔眼をお持ちなのですよ」


 おそらく私は、フローラの瞳を注視していたのだろうと思う。さりげなく、ランスロットが教えてくれた。


 なるほどね。先程フローラに感じた違和感はマガンのせいかー……って、マガンってなに?

 ラノベやマンガ、ゲームの中身が大学くらいで止まった昭和世代には、少々理解しがたいワードだった。


「フローラのマガンはどういう力を持っているの?」


 なにか不思議な力がありそうだと感じた私は、素直に質問してみる。とたんに銀髪イケメンが軽く目を見開いてから難しい顔になった。


「本当に……覚えていらっしゃいませんか?」


 フローラは第一王女付き女官の長。その主人が、自分の部下が持つ不思議な力の内容を知らないってのは、確かに不自然よね。

 だから私は押し通すしかないのだ。「記憶を失った王女」という役を。


「そう……ね」


 考えるふりをしてから、私はゆっくりと首を横に振る。できるだけ残念そうな、悲しげな顔をして目を閉じた。


「ごめんなさい。覚えていないわ」


「わたくしの力は治癒でございます。治癒に特化した魔眼はケガの治療だけでなく、毒の解析による解毒や状態異常の無効化など、さまざまなことが行えるのです」


 フローラがやわらかく微笑んで答えてくれた。

 冷たい印象がある人物だが、本当は優しい人かもしれない。ただ女官のトップだから厳格な態度を崩さないだけだ。


 なんとなく魔眼がわかった。それから魔法も使える世界だということも。動けるようになったら図書室で調べてみよう。

 もっといろいろと聞き出したかったが、体が疲れたせいか、急な眠気が襲ってきた。


「ごめんなさい。少し、眠らせてもらえるかしら?」


「失礼いたしました、殿下。詳しい話は、明日からゆっくり行いましょう」


 ランスロットの言葉に私は小さく頷き、そのまま意識がなくなった。


To be continued ……

――――――――――――――――――――――――――――――

●○●お礼・お願い●○●


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