第2話 催眠魔法を欲した子供

一人の男が山中の少し開けた場所に立っていた。


 そして男の目の前には、男の体長を大きく上回る巨大な魔物、鎧竜が居座っていた。


 もしも鎧竜が起きていたならば、男はすぐさま殺されていたと思われるが、男の運がいいのか、鎧竜は目を閉じて眠っているようだった。


 静かに眠っている鎧竜を見つめながら男はため息をついた。


「はぁ、なんでこんなことになったのか。」


 その男、ホルダー・アッシュは子供のころから不眠症に悩んでいた。


 昼でも夜でも満足に眠ることができず、ぼんやりとすることができても熟睡することは全くなかった。


 そして、それはアッシュをひどく苦しめていた。


(なんでまわりの人はそんなに眠ることができるのだろう?)


 まわりの子供や大人がなぜ、なんの苦労もなく眠ることができるのかアッシュには理解ができなかった。


 しかも、寝ている人はとても静かに、安らかな顔をしているのだ。


 一体、眠ることのなにがそんなに心地よいのだろうか。こちらは眠ることができないのに。


 自身の不眠症を治すためにアッシュは催眠魔法の研究にのめりこんでいった。


 アッシュが生きている世界では、日常的に魔物が出現して人を襲っており、魔物から身を守るためにふつうの人でも魔法や武器の扱いを学ぶのが一般的であった。


 そのため、学校でも魔物に対する授業が行われていたが、魔物と戦うときには生きるか死ぬかという状況になることが多いため、催眠魔法を覚えるなら他の魔法を覚えようとするのが普通だった。


 しかしながら、アッシュの催眠魔法に対する熱意はすさまじく、他の子どもが学校で一般的な魔法の勉強や運動をしている中で、アッシュはひたすらに催眠魔法の勉強をしていた。


 それは、アッシュが常に寝不足で運動をする体力がなく、他の勉強や魔法を覚える余裕もなかったことが関係していたかもしれない。


 目にクマを張り付かせながら本にかじりつくアッシュは異常にしか見えず、大人も子供もアッシュに近づこうとはしなかった。


 それから年月が経ち、催眠魔法に子供時代の全てを費やした結果、アッシュは自分に催眠魔法をかけることで不眠症を克服することに成功したのだった。


 生まれて初めて自分の満足いくまで眠り、そしてスッキリとした目覚めを体験したとき、アッシュは涙を流して喜んだほどだった。


 そして、そのころにはアッシュは大人になっており、体力、学力、魔法の成績など、すべての成績が下位となっていたアッシュにまともな働き口は存在していなかったのであった。


 アッシュは他に並ぶ人のいないほどの催眠魔法の使い手となっていたが、一方で他の能力を何も有していなかった。


 それからのアッシュの生活は悲惨なものだった。


 アッシュの夢は自分と同じように不眠症に悩んでいる人を助けたいというものだった。


 しかしながらアッシュが育った街ではアッシュの力は必要とされず、アッシュは別の街へ行かざるをえなかった。


 そして、稼ぎの少ない日雇い労働をしながら催眠魔法を行うサービスを始めたが、アッシュに催眠魔法をかけてもらおうとする人は皆無であった。


 男が一人でやっている催眠魔法のサービスなど、怪しすぎて誰も利用しなかったのである。


 そのため、アッシュの稼ぎは日雇い労働によるものがほとんどであり、基本的に金欠であった。


 ただ、肉体労働をしても催眠魔法を自分にかけることで疲労を癒すことはできていた。


 そのようにアッシュは細々とした生活を送っていたが、1人で行動しているアッシュは目を付けられやすかったのか、アッシュにちょっかいを掛けてくる人は後を絶たず、その度にアッシュは他の街へ引っ越すなどの対応をせざるをえなかったのだった。


 そんななか、アッシュの目にとまったのが賞金のかかっている魔物の退治であった。


 魔物は力が強く危険な存在であり、多少の魔法が使えたとしても普通の人では対抗できない。


 そのなかで、魔物と戦うのは主にハンターの役目であった。ハンターとは魔物と戦うことを目的とした戦いのプロであり、卓越した技能を有していた。


 ハンターは魔物と戦い、倒した魔物に応じた報酬を得ていた。


 そして、普通の人でも倒せるような弱い魔物には低い賞金しか掛けられていないが、複数のハンターでないと倒せないような強い魔物には高額な賞金が掛けられていたのだった。


 アッシュが目をつけたのは、その高額な賞金が掛けられた魔物だった。


 日雇い労働をするなかで、アッシュは人並み程度の体力を有するようになっていた。とはいえ、アッシュの体力は一般的なハンターにも大きく劣っており、とても魔物と戦って勝てるとは思えなかった。


 それでもなお、アッシュは自分が魔物を倒すことができると確信していた。


 なぜならアッシュには秘策があったからである。それは、アッシュが磨き上げてきた催眠魔法を利用することだった。


 催眠魔法で魔物を眠らせて、眠っている間にその魔物を倒してしまうのだ。


 アッシュは催眠魔法の研究をするなかで、自分以外の人間に限らず、動物や魔物であっても催眠魔法にかかることを発見していた。


 そして、催眠魔法が珍しいためか、人間も魔物もほとんどの相手が催眠魔法に抵抗力をもっていないことに気づいたのである。


 こうしてアッシュは魔物退治を始めることにしたのだった。


 手始めに最も弱いといわれているウサギのような魔物に催眠魔法をかけ、眠っている魔物にナイフを突き立てた。不慣れな感触に手が震えるが、魔物は眠ったまま抵抗することもなく息絶えていった。


 はじめての経験にアッシュはひどく疲弊した。そして、その割に魔物を倒したことによる報酬は日雇い労働の5分の1にも満たないものだった。それでもアッシュはこの作業を1週間行った。


 それは、アッシュが突然に賞金の高い魔物を倒すよりも、弱い魔物を倒して実績を作ったほうが信頼されやすいだろうと考えたからだった。


 そしてアッシュはついに、高額の賞金が掛けられている魔物、鎧竜を倒すために、鎧竜がよく出没するという山の中へ向かっていったのだった。

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眠りの魔法はけっこうコワい? @furu-

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