19話 戦場の噂


巨獣食いの大鷲グレートイーグル】に乗った俺は、三日三晩かけてアルクール公爵領にある【ミトンの街】にたどり着いた。


 もちろん街の人々が【巨獣食いの大鷲グレートイーグル】を見たら大パニックになるだろうから、近くの山岳地帯に俺だけ下ろしてもらってから街に入った。



「クロクロのシーズン1よりも建造物が少ないですね。NPC……人口も賑わいがない?」


 記憶の中にある【ミトンの街】と比べて所々違った箇所がある。

 当たり前か。なにせ60年前だしな。

【ミトンの街】は元々、羊飼いたちが集ってできた街で毛織物が盛んだ。そして外敵から羊や自分たちを守ってもらうために、アルクール公の庇護下に入った歴史を持つ。



「【アルクールの戦い】について聞くなら酒場でしょうか」


 この時代にはまだ冒険者ギルドといった組織がない。代わりに冒険者が集う憩い場となれば、酒場が相場と決まっている。

 そして飲んだくれってのは、戦いの話が好きな連中が多い。

 特に酒が入ると饒舌になる。

 

「失礼します」


 昼間から酒場の門戸を叩けば、先客はチラホラといた。

 俺は迷わずカウンターに座っていた赤ら顔のおじさんの横に座る。



「店主さん。私にも飲めそうなものを、できればこの店のお勧めをください」


「ん? おいおい、ここはお嬢ちゃんみたいな子供が来るところじゃないぞ。んん、将来はだいぶ有望そうだな……いや、今の時点でもかなりの……」


 マント付きのフードを取って挨拶した俺に、マスターは深いため息をつく。


「おいおい……恰好は旅装でも、あんたどこぞのお貴族さまだろ? 面倒ごとはご免だぜ」


 一介の冒険者風の恰好をしていても高貴さがにじみ出てしまうとは、俺の変装が甘かったのか、それとも推しの美貌がすごかったのかわからない。

 前者だとしたら不甲斐ないし、後者だとしたら店主は見る目がある。


「お付きの者がどこぞにいるんだろ? うちはやましい商売になんざ手はだしてないぜ?」


「……酒場の看板娘に憧れています。早くから酒場を勉強したくて覗きにきました」


 ちなみにクロクロで女性転生人プレイヤーが初見の酒場NPCにこの台詞を言うと、どこの店主も割引してくれたり、好感度が上がったりと待遇がよくなる。


「殊勝なこったねえ……ま、お貴族様もたまには窮屈な高みから降りて、羽を伸ばしたい時もあるってことかね。ほらよ、とれたての果実水だ。お口に合うといいんだがな」


「ありがとうございます」


 店主は俺の『看板娘に憧れている』といった言葉を鵜呑みにはしていない。

 それでも高貴な人物が場末の酒場が好きで、何らかの大切な感情を抱いてくれている。それだけで、お嬢さんおれがここにいたい理由があるのだろうと気持ちを汲んでくれた。



「店主。隣のかたにも一杯ご馳走させてください」


「ほーお貴族様のわりにわかってるなあ。ケフッ」


 俺の隣に座っているおじさんは赤ら顔でニヤけた。


「しかも見目麗しいお嬢様からのお恵みときたもんだ。こりゃあ、遠慮しちゃいかんな! よし、この店秘蔵の【岩窟人の火酒ドワーフ・ジン】を一杯だ」


「よいご趣味ですね。私も【岩窟人の火酒ドワーフ・ジン】は好きです。あの喉を焼くような刺激の後にくる、絶妙な清涼感は癖になります」


「あんた、その年で飲むんか! お貴族様の習慣ってのはわかんねえもんだなあ」


 ちなみにクロクロでは酒場で情報収集をする際、カウンターに座っている常連客に一杯おごると重要なイベントに関する話を聞けたりする。

 それに則って今回もそうしてみたが……。


「わかんねえと言えばアルクール公爵だよなあ」


 どうやら当たりのようだ。



「【アルクールの戦い】ですか?」


「それもそうだが、俺がガキの頃は公爵なんぞに甘んじる御方おかたじゃなかったんだよ」


「甘んじる、ですか?」


 公爵という階級は、王の次に偉い貴族位だ。

 そのような言われはないはず。


「もともとは一国の王だった御方が、アルクール公国が……今じゃ神聖王国なんちゅうもんの下についちまったなんてよお」


 なるほど。

 これは初耳だ。クロクロの裏設定集にも載ってない、木々からも聞いてなかった情報を耳にして少しだけワクワクした。


 かつてアルクール公爵はこの地域の民を治める王だったのか。

 それが近年の【神聖王国ゼニス】の勢いに押されて迎合、恭順して臣下に下ったと。


 確かに【絶対神ゼウス】と争って、いたずらに地位や民が失われるよりかは良い判断だろう。

 ゼウスの強さを知る俺からしたら、賢君ではないだろうか?

 だが——


「結局は戦争になっちまってるじゃねえか。│おりゃあ、アルクール公爵の考えがてんでわからねえ」


「……今回の戦いは謀反というより、一部の民の権利を巡って争っているのですよね?」


「あ? あぁ……冒険者っつうー便利屋みたいな連中の使い道についてだな」


「もしかするとアルクール公爵は元々、【絶対神ゼウス】に全面降伏するつもりはなかったのかもしれません」


「どういうこっちゃ」


「形式上は臣下となっているわけですし、臣下であれば民に関する権利を主張するのは当然です。ここで冒険者という名の民を材料にし、ある程度は反抗しておき力を示しておく。するとアルクール領は今後、無下に扱われることはなくなるのでは?」


 しかも冒険者を通して、【神聖王国ゼニス】全域の影響力を握るチャンスにもなる。


「なるほど……一理あんなあ。しかも王様や神様は名分上、自国の民と争うわけで……本気で武力制圧しづらいってか」


「形だけの戦争、とまではいきませんが互いの落としどころを早めにつけるのではないでしょうか」


「だけんどもよ、このままだとアルクール公爵の思惑通りにはいかねえんじゃ?」


 よし。

 ようやく俺が聞きたいところまで話を持ってこれた。

 ここはひとまず名も知らないおじさんに話を合わせておき、詳しく掘り下げていこう。


「戦況は芳しくないですもんね」


「それだよ。まず最初のぶつかり合いでアルクール軍は砕かれちまった。そっから二戦、三戦って連敗続きで、今じゃ相当追い込まれてるっちゅう話だ。しかも公爵令嬢までさらわれて、長く歯向かうもんならご息女の命はないと脅されてるしよ」


 戦後の主導権も含めて、完全に王やゼウス側に流れを握られているようだ。

 公爵令嬢を交渉材料にして身代金や賠償金の上乗せ、はたまた爵位の取りつぶしなど、アルクール公爵の様々な権力を奪うきっかけにできる。

 しかしアルクール公爵にとっては跡継ぎである娘を取られても、いまだに抵抗を続ける理由はどこにあるのだろうか? まだ勝てる見込みがあるのか?



「もしかしてアルクール公爵は援軍頼みで踏ん張っているのですか? どこかと盟約を結んでいるとか」


「いや、来ねえな。周囲の貴族領は我関せずって態度らしい」


「では城に帰還して、いったんは籠城戦に持ち込むつもりでしょうか?」


「それもできねえぐらい追い立てられてるらしいぜ。うまく包囲されてるとかされてないとか」

 

 俺は木々や植物を通じて聞き出せなった、人間の事情をいくつも仕入れていく。

 現状をまとめるとアルクール軍と冒険者勢は絶望的で、このままいくと俺が知っているクロクロの歴史を辿らない。

 まだ逆転のチャンスがあるなら俺が変に手を出すべきじゃないけれど、そうも言ってられなそうだ。



「頼みの綱だった【旅人の王ヴァントハイト】って奴も重傷を負ったとか、死んだとか噂されてるしなあ」


 ん!?

 ヴァントハイト?

 そこはかとなくヴァン少年と名前が似ているような……?



「ヴァントハイトですか……?」


「なんだ、お嬢ちゃんは知らねえのか? 昔は【不死身のヴァン】なんて呼ばれてた英雄だぜ? でも死んだなんて噂が出ちまうんだから、不死身じゃなかったんだな」


 あのヴァン少年が、まさかの【旅人の王】だった!?


 世界樹を通して木々から聞ける声は称号や種族名などが大半だ。だからこそ旅人の王がどんな名前かは伝わってこなかった。

 そういえばヴァン少年が古森に入る時ですら、木々たちは『人間の男』と呼称しており、個体名などで告げられない。

 ……わかってはいたけど世界樹の情報網は万能ではない。

 

 そしてもう俺が手を出していいかどうか迷っている場合じゃなかった。

 冒険者側の逆転はありえないと、おじさんからの情報で十分にわかったじゃないか。



「よいお話をありがとうございます。ではそろそろお暇させていただきます」


「おーう。こっちもいい酒をあんがとな~!」


 名も知らぬおじさんに別れを告げ急いで街を出る。

 それから俺は地面に根を張る草々に手を当て、意識を集中する。


「草花よ、木々たちよ、をとり合い、我が耳、我が目となれ」


 アルクール公爵軍や冒険者軍は今どこで戦っているのか。

 そして敵はどの程度いるのか。


 離れた地で、枝をかき分ける硬い甲冑の音が響く。

 植物を踏みしめる重い足取り。

 血を吸って赤くなった緑。


「ここから西に三日ですか……【巨獣食いの大鷲グレートイーグル】の背に乗れば数時間でつきますね」


 この30年間ひたすら世界樹と通じ合ったおかげで、世界樹のそばにいなくてもこれぐらいの芸当はやってのけれるようになった。

 まだまだ推しには到底及ばないだろうけど、索敵に関して言えば、そこに植物さえあればどんなに離れていても軍の居場所ぐらいは特定できる。



「ピィィィィィィィィイィィィイイイイイっ!」


 急いで山岳地帯にまで駆け上り、それから【巨獣食いの大鷲グレートイーグル】の背に乗る。


「イェーガー……お願いします。友のいる戦場へ、私を届けてください」


 どうか生きていてくれ。

 いや、いやいやいや。ヴァン少年のことだし、きっと心配には及ばないだろう。

 毎回、『必ず生きて帰る』と約束もしてくれるしな。


 だから——

 この胸の奥から広がる不安を、どうにか押さえつけた。





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