18話 冒険者の誇り



「あぁぁーもうダメだダメだ!」


「ここも撤退しようぜ、撤退だ!」


 ボロボロになって敗走するのは、出身も装備もバラバラの集団だ。

 彼らは【旅人の王おれ】が率いていた冒険者たちだ。


「なんで俺たちが神様と戦わなくちゃいけないんだよ」


「じゃあお前……戦わずに信仰を変えるのか? 【絶対神ゼウス】以外の信仰を認めない連中だぞ?」


「いや、そりゃあそうだけどよ……分の悪い勝負に命がけってどうなのって話で……」


「もう傭兵扱いになってもいいんじゃないかしら」


「何か起きたら強制徴兵だから傭兵より扱いはひどいぞ?」


「その何かは、いくらでも理由をでっちあげられるしな」


「私たちに首輪をつけるようなものね……」


「俺たち冒険者には命を奪って報酬をもらう討伐依頼があるじゃん? 討伐対象が魔物から人間に変わったってだけだろ? 別にここまで抵抗しなくていいでしょ」


 アルクール公爵軍と冒険者の連合軍は、【神聖王国ゼニス】の神聖騎士団ハイ・リッターに各地で敗戦しまくっている。

 俺を頼りについてきてくれた連中も、今ではすっかり意気消沈しちまった。


 それでも俺は鼓舞し続けるしかない。

 ここで俺まで折れてしまったら、本当に冒険者は神や国の奴隷予備軍に成り下がってしまう。

 だから俺は、残った冒険者たちの心を一つにするため大声を上げる。


「確かに俺たち旅人は! 冒険者は! 魔物や動物と戦うし、命の奪い合いをする!」


 さっきまでぼやいていた連中が俺に注目する。


「だけど、誰かと殺し合うために冒険をしてるんじゃねえ!」



「そうだよ……俺たちの冒険って人殺しのためじゃないはずだ……」

「おぉ、【旅人の王ヴァントハイト】が生き残ってたぞ!」

「よかったあ……俺たちまだ負けちゃいないな」


 安堵する者たちにもげきを入れる。



「まだ見ぬ景色を見たくて、ワクワクを発見したくて、自由を味わいたくて! だから冒険して! 戦ってきたんだろ!? 勝ち取ってきたんだろ!?」


 いつか、あいつが言っていた言葉を思い出す。

 自由には責任が伴うと。


「今回もやることは変わらねえ! 俺たちが旅人でありたいなら、冒険をしたいのなら、屈服しちゃいけねえ!」


「そうだ。軍なんかに吸収されたら、俺たちの冒険が終わっちまう……!」

「いろんな国を見たくて冒険者になったのに……一国の、そこの神の兵隊として縛られてちゃ本末転倒だもんな!」


 よし。みんなの萎みかけていた心が吹き返してきている。



「俺たちの心は誰のものだ!? 他の誰でもない、自分のものだ!」


「「そうだそうだ!」」


「俺たちに好き勝手命令できるのは誰だ!? この世でただ一人、自分だけだ!」


 何を選び、何をすのか。

 やるか、やらないかは俺たちの自由。


「何を、誰を信じるかは俺らの自由だろうが! 信仰を強制するなんざ、俺たち冒険者にはありえねえ!」


「「「おう!」」」

「俺たちには【旅人の王ヴァントハイト】がついてるぜ!」

「不死身のヴァンがいる限り、冒険者の魂はつぶれねえ!」


 みんなが再びやる気になってくれたが戦況は芳しくねえ。

 開戦当初はアルクール公爵の騎士団が5000人、冒険者が5000人の大軍勢だった。

 対する神聖騎士団ハイ・リッターはたったの6000人で、こっちの約半数しかいなかった。


 さらに奴らはただでさえ数が劣るってのに、騎士団を三つに分けてそれぞれ距離のある場所に布陣していた。


 勝ちを確信したさ。

 俺とアルクール公爵は話し合い、二手に分かれて左右に布陣した敵軍を撃破し、そのまま中央で待ち構えている敵本陣を挟撃しようと取り決めた。


 かなり数に差があるのだから、容易く打ち砕けるだろうって読みだった。

 だって俺たち冒険者軍を待ち受ける相手は、三つに分けた弊害でたったの1500人だ。5000対1500、しかもこっちは日頃から荒仕事に慣れてる猛者ぞろいだしな。


 だが、いざ激突してみてわかったのは、奴らの強さは尋常じゃねえってことだ。

 上位冒険者並みの奴らがチラホラいて、そいつらを中心に統率の取れた連携をしてくるのが厄介すぎた。


 見事、俺たちの突撃を受け止めきってみせた。

 普段から魔物と戦ってばかりの冒険者と、対人戦に特化して訓練された騎士との差ってやつだろう。

 

 しかも俺たちの横っ腹を突き破るように、中央にいた敵本陣の2000騎が突撃してきて一気に俺たちは崩れた。

 アルクール騎士団の方はといえば、元々俺たちが攻めこんだ陣より数が多い2500騎を相手に苦戦していたらしい。


 それからは後手後手に回って、逆に攻め立てられるような追撃の嵐だ。

今じゃ三々五々に散っちまって、もはや抗戦を続けている味方戦力がどれぐらいいるかすらわからねえ。



「ザンダー、ホーリィ。ここにいる戦力ってだいたいどんなもんだ?」


 同じパーティーメンバーの二人は、今では部隊を率いる立場にいる。

 そんな二人へ確認すると、疲れた顔してんのにすぐに答えてくれた。


「こっちは220人ぽっちだねえ」

「先ほど点呼を取り終えましたが約300人ほどですねぇ」


「……俺んとこが400だから、合わせて900強ってとこか。アルクール公爵軍と合流するにしても——」


「あー、ヴァン。考え中のところ悪いんだけど、物見の盗賊シーフたちから伝達きてさあ。だるーい敵さんがこっちを補足したっぽい」


「数は?」


「やばいねー。1700人はいるってさ」


 たった1500騎で5000人の冒険者を蹴散らした奴らが、今度は1700人以上でこっちを補足しただと?


「死んだらまたヴァンに蘇生してもらいましょうか」

「あー竜人領域を旅した時みたいに?」


 死地でありながら、いつも通り呑気に話す仲間の存在は心強い。

 だけど事実はしっかり伝えておかないといけねえ。


「あん時はたまたま上手くいっただけだ。そう、女神のお導きってやつだった」


「わ、また出た。その女神さまって本当にいるのかねえ?」

「竜人の儀式もその女神さまのお告げでしたっけ?」


「そんなようなもんだ。とにかく今回はマジで厳しいから……二人とも死ぬなよ」


「ヴァンもねー」

「おそらく我々は……冒険者は、あなたを失ったらすぐに瓦解してしまいますよ」


 ザンダーとホーリィがそう言い切るか切らないかのうちに、敵軍がズラッと林の奥から姿を現す。

 やべえな。

 パッと見だが、2000人はいるんじゃねえか?


「心配すんな……生きて帰るって、約束はしている」



 絶望的な光景の中、俺は自然と白銀の美しい長髪を思い出していた。

 そして俺は無言で祈る。

 

 どうかまた、生きて会いたいと。






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