16話 女王と王の悩み
私の名はリュエル・エテルノ・ゼトワール。
【星渡りの古森】を見守る王であり、全てのエルフを見守る王でもある。
「リュエール。浮かない顔をしていますね」
私の心情を気にかけてくれたのは、我が永遠の伴侶であるフローラだ。
彼女は【花園】の女王でありながら私と一緒になってくれた稀有な女性だ。
「フローラ。
「あらあら。私の胸に飛び込んできますか?」
「うむ!」
愛する妻のたわわに実った双丘に顔をうずめ、ひとしきりその包容力を堪能する。
甘えに甘え、そして思考を整理する。
「あらあら、レムちゃんよりも大きな赤ちゃんですね」
「うむ! うむ!」
「レムちゃんの何が心配なのですか? とってもいい子で優秀で、それでいて努力家じゃないですか」
「それだ。あまりに出来すぎで、一生懸命すぎると思わないか? いや、必死になるのはもちろんリアの自由なのだが……」
「リュエールの心配は確かにわかります。生まれてすぐに古代樹と意思を繋ぎ、私たちが数千年かけて研究してきた世界樹の復活も、わずか数年で解き明かしたのですから。あの子は特別です」
「加えてリアはここ
「何がレムちゃんをああさせているのか……私にもわかりません。ただ、私たちの愛娘が、あそこまで頑張れる子であることに感謝しています。喜びも感じます」
「それはもちろんだ。だが、あまりに偉大過ぎる目的のために我を見失ってしまうのではないか、とな……」
「レムちゃんの心の在りどころがどこにあるのか、心を失ってしまわないか……【
「ああ、その通りだ。使命や信念とは時に己を熱く鼓舞してくれる。だが時に重圧と言う名の、心に突き立つ刃ともなりうる。私だってフローラに赤ちゃんプレイをさせてもらえなかったら、王でいることなど到底持たなかった」
「ばぶばぶしますか?」
「うむ! うむ! うむむむむ……もしや頻繁に会っている人間の影響か?」
「そうかもしれませんし、そうでないかもしれません」
「あの人間は5年置きスパンで森に足を踏み入れておるな。もしやあやつがリアに良からぬことを吹き込んで————」
「そうですね。レムちゃんは彼が
「うむ……うむううううう……!」
くそ! くそ!
パパはどうしたらいいんだレムリアああああ!
無茶しすぎはよくないと制約をかけるべきなのかあああ!?
しかし我が子には自由であってほしいいいいい!
私は無我夢中で妻のむにぷるん胸を揉みしだき、そして顔を一心不乱にうずめたのだった。
こうしていると安心して思考の沼へどっぷりハマってゆける——
「リュエールっ……あっ……! そ、そこまで激しくされては……あっ」
妻の悩ましい嬌声が響き、私の悩みはもう一つ増えた。
ヤるか、ヤらないか……!
ええい、なすがままよ! ママよ!
「あっ……もうっ、父子そろって、悩みの種です、わ……あっ、ああっ……!」
◇
「
街の住民に避難を呼びかける青年は、石塔の警鐘を必死に鳴らした。
だが次の瞬間、彼は空より迫りくる翼竜に食い殺されてしまう。
巨体でありながらも大空を跋扈する翼竜は力任せに石塔にぶつかり、その衝撃で街の象徴はもろくも崩れ去った。
「ひぃぃぃっ!
「【
「俺は【
「旅人たちの話じゃ、あの恐ろしい翼竜は【
「ぎゃっ、ぎゃあああああああ!?」
街の人々は空からの来襲者についばまれ、自らの街の守り神がすでにこと切れていると悟る。
絶望の波が街を侵食し、逃げ惑うことしかできずない。
しかし、そんな流れに抗う者がいた。
「ザンダー、ホーリィ! 出来る限りワイバーンを狩るぞ!」
矮小な人間の身でありながら、彼は自信たっぷりに言い放つ。
年の頃は四十を過ぎ、顔に刻まれた
「えー、放っておけばいいのにさ。やめておこうぜーヴァン」
「ヴァンは一度言い出したらやめませんからね。付き合うしかないでしょう」
ヴァンと呼ばれた中年に応えたのは、同じく三十後半と四十前半の男性二人だ。
「はーだるいねー……
男は焼け落ちた翼竜に間髪入れずに接近し、片手で握った短槍でもってその喉元を貫く。
「
片や
餌をむさぼろうとした翼竜は結界に弾かれ、触れた箇所が焼けただれているのに気づき慄く。
そして翼竜にさらなる恐怖が躍りかかった。
その凶刃を放つは、『翼竜を狩る』と豪語した言い出しっぺ本人だ。
「うおぉぉりゃああああ! 【三日月切り】!」
夜の虚空に浮かぶ三日月のごとく、真っ白な斬撃が青空の下に閃いた。
彼は四十の身体とは思えない躍動感で跳躍し、空飛ぶ翼竜の首を一刀両断してしまう。
「俺の名はヴァン!」
翼竜をあっさりと屠った中年は大剣を肩で担ぎ、翼竜の死体に足をかけながら堂々たる姿で周囲を見渡す。
「戦える者は武器をとって俺に続け! 自分の街を、家族を命がけで守り抜くんだ! 旅人で俺の名を知っている者は、俺と共にこの冒険を楽しもうぜ!」
彼が声高らかに宣言すると、周囲の人間たちの顔色が変わる。
それは絶望から希望へと塗り替わる瞬間だった。
「ヴァンって、あのヴァントハイトか!?」
「【不死身のヴァン】!?」
「今じゃ【旅人の王ヴァントハイト】って呼ばれてる英雄じゃないか!」
「よっしゃあああ! 俺も英雄と肩を並べて戦うぜ!」
「ビビってる場合じゃなかったな!」
「うおぉぉぉお! やってやるぞおおお!」
こうして人々はヴァンを中心に、一丸となって翼竜と奮戦した。
多くの犠牲を出したものの街が滅びることはなかった。
◇
「はー、つっかれたー」
「これも【旅人の王ヴァントハイト】様のせいですねえ」
街の連中が催してくれた感謝の宴の最中だってのに、ザンダーとホーリィは不満たらたらだ。
街の住人たちは多くの友人知人、はては家族を失った。だからその悲壮感を吹き飛ばそうって宴をやってるのに、しらけた相棒たちだぜ。
「で、【旅人の王ヴァントハイト】さんはよー。あの時、街の奴らが発起しなかったらどうするつもりだったんだー?」
「ええ、ええ。私もそこのところは深く追求しておきたいですね。まさか我々だけでワイバーンの群れを撃退だなんて、命がいくつあっても足りませんよ? 【旅人の王ヴァントハイト】さん?」
いや、まあこいつらは悪い奴じゃない。
なにせ俺の無茶ぶりに二十年もついてきてくれた奴らだからな。
「王なんて言うのはやめろよ。俺は前の呼ばれ方のほうが気に入ってんだ」
「不死身のヴァンかい」
「まあ我々も不死身と間違えられるほどには、ヴァンの秘薬には助けられてますからねえ」
「おうよ。そっちの方が女神の恩恵に預かれそうだしな」
「出た出たー。ヴァンが昔から言ってる例の女神さまねー。本当にいるのかい?」
ザンダーはいつもこの話題になると疑ってきやがる。
「いるぜ。
「ヴァンをからかうのか……すごいねえ」
「多くの旅人たちを救い、数多の旅人たちに尊敬されるあなたをからかう、ですか」
「『私の薬のおかげで王と呼ばれる気分はどうですか?』とか煽ってくるのが目に浮かぶぜ。だから旅人王とか言うなって」
「仕方ないさー。今のお前は多くの冒険者にとって支えなんだからさあ」
「そうですよ。だから早急に帰郷を済まして、アルクール公爵のもとに戻りませんと」
仲間たちの意見は
だが、やはり死地へと飛び込む前には————
俺はあいつに会っておきたかった。
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