12話 旅立ち


 俺が一心不乱に剣を握り始めてから3年が経った。

 常に自分の背丈より大きな長剣を背に担ぐのが日常となっていた。


つるよ、ブランコ遊びをしましょう——」


 俺は長剣を背負ったままツタを握っては離し、握っては離すを繰り返す。振り子のような空中芸を動物たちに披露しながら、森の中を高速で移動する。

 もちろん着地の際はツルがやんわりと絡まり、クッションとなってくれる。


「おっ、来てくれたのかレムリア」


 森から出るとのどかな田園風景が広がっており、そこには見知った人物が笑顔で迎えてくれる。

 ヴァン少年の周囲には村人たちが集まっていて、俺が来たと知ると一同は静まり返える。


「お邪魔しちゃいましたか?」

「いや、みんなとの別れ・・はもう済んだぜ。お前が最後だ」


 ひらりと片手をあげるヴァン少年。

 彼は村人たちに見送られながら俺の方へと近寄ってくる。


「ヴァン君……行くのですね」


「おうよ」


 彼は旅支度を整えきった姿でニカッと笑う。

 ヴァン少年も16歳になり、体格が少年から青年へと変わろうとしていた。

 日々、鍛えぬいた肉体は彼自身の期待を裏切らず、若くして村一番の剣士となっていた。


「俺がここまで強くなれたのはレムリアが稽古に付き合ってくれたおかげだ」

「剣術を指南してあげた、の間違いですよね?」


「はっ、そんな台詞は俺に勝ってから言えよ」

「次の打ち稽古は勝ちますからね」


「何年後になるかわからないけどよ、俺がいなくてもしっかり練習しろよな」

「言われなくてもやります。ヴァン君こそ————」


 無事でいろよ。

 そんな言葉をかけるよりも早く、ヴァン少年が小さな俺の身体を抱きしめた。


「……レムリアは相変わらずチビだな」


「……ヴァン君は筋肉だるまですね」


「なあ……言っても無駄なんだろうけどさ」


「何ですか?」


 ヴァン少年は別れの抱擁を解き、それから一歩離れて遥か彼方かなたを指さした。



「レムリア。俺と一緒に来ないか?」


「私にはやることがあるので」


 俺の知っている推しは、約80年後に起きる【神々の代理戦争】に少しだけ関わる程度。

 つまり俺はまだ表舞台に現れてはいけない。もし、ここで森の外に出て何かしらの変化を生んでしまうと、俺の知るクロクロの世界ではなくなってしまう。

 すでに【世界樹ユグドラシル】を400年も早く復活させてしまったので、これ以上の変化は危険だ。

 だから今はまだ、旅立ちの時ではない。


「どうしてもダメか?」


 珍しく食い下がるヴァン少年。

 ははー、こいつまさか今更になってヒヨってるのか?


「薬目当てで勧誘してますよね? 心配ならほら、たくさんあげます。それに言っておきますが、私がこの森にいないと【森の命水エリクサー】は作れませんよ?」


「まあ薬も欲しいけど俺が一番欲しいのは……お前だよ、レムリア」


「私は物じゃないのであげられません。失礼です」


「そういう意味じゃないっての。まあいいや、行ってくるわ」


 ヴァン少年はぽりぽりと頬をかきながら苦笑いを浮かべた。

 それからそのままクルリと背を向けて、歩き始めてしまう。


「ヴァン君」


「ああ? やっぱ一緒に行きたくなったか?」


 振り返ったヴァン少年にそんなんじゃないと首を横に振る。


「新たな発見に胸躍る、そんな自由を追い求めるなら責任きけんが伴います」


 ママンとパパンの言葉は、今はもう俺自身の教訓にもなっている。

 それをヴァン君に伝えると彼は深く頷いた。

 そして俺は先ほど言いそびれた言葉を口にする。



「必ず生きて帰ってきてくださいね。約束です」


「俺は約束を破らない兄貴だって知ってるだろ?」


「どうでしょうね。あと兄じゃありません。どちらかと言えば弟分でしょう?」


「ったく、つれねーな。まあ旅の土産みやげ話を楽しみにしてろや。ぜってーお前をワクワクさせてやるからな」


 こうしてヴァン少年は、死んだ者を蘇らす秘薬を求めて旅立った。

 彼の眼は、まだ見ぬ世界に希望と不安を抱きながら、前だけをひたすら見据えていた。


 そんな彼を見て、俺もまた80年後に備えて前進すると決意を固める。





◇◇◇◇

あとがき


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◇◇◇◇

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