第17話

   第2章



 夜明けの深く青い空をみると、泣きたくなる。

 綺麗すぎて、孤独と自分の弱さに突き刺さるから。

 旅立ちの日の朝は早い、窓辺から片づけられた自分の部屋を見回す。

 まだほんの短い期間だったけれど、ここは温かい場所だった。

 荷物の大体は額窓にしまっているので、ちいさな肩掛け鞄がひとつ、ベッドの上に置かれただけだ。

 自分の身体が姿見に映る。

 あの時と同じ、母さんが作ってくれた青いワンピース…

 あの頃よりもずっと長く伸びた黒い髪は母さんにも届くだろうか

 背中には父さんが作ってくれた木の弓…

 これをくれた時の父さんの想いと、今の自分の覚悟は違うけれど

「…行ってきます」

 ふたりに届くよう願いながら、メイは部屋を後にする。


「めーちゃん、おはよっ」

「ゆーちゃん…ゴメン、おこしちゃった?」

 1階には既にユメカがいた。

「うふふっ…やだなぁ、ちゃんとお見送りくらいさせてよ♪」

 テーブルにはパンとスープが用意されている。

 ユメカは今回、旅に同行しない。

 戦力としてはあまり頼りにならないのと、ユメカ自身やりたいことがあったので自分から辞退したのだ。

「ごめんね、予定が既に立ってて…でも大レース当日はちゃんと応援に行くからね!無理はしちゃダメだよ?」

 ちなみに、遠征中のユメカの護衛はサラが担当している。

 内容は知らないが既に幾つかの魔法がこの家に掛けられているらしい。

「うん、分かってる…心配してくれてありがとうね」

 メイは椅子に腰かけ、パンを手に取った。

 ユメカも倣って朝食にする。

 今朝のユメカはまだゆったりした部屋着のままだ。

「そりゃあ心配だよー、セイガもハリュウもちゃんとめーちゃんのフォローが出来るのか、困ったことがあったらいつでも連絡くれていいんだからねっ」

 お母さんみたいな口調だった。

 年頃の娘が男性二人と何泊かする…考えてみるとこれはマズいのではないか?

「やっぱり私も行った方がいいんかな!?」

「だいじょうぶだよー、ハリュウはそもそもボクを女の子扱いしていないし、セイガさんは…優しいから」

 とくんと、胸が疼く。

「セイガはね…でもあれで天然というか素で気付いてない所もあるから言いたいことはちゃんと伝えないとダメだかんね?」

「ハーイ♪」

 冷えた身体にスープが温かい。

『ユメカ殿、心配せずとも某も居ります故、ご自分のお仕事に集中してくだされ』

「そうだねマキさん、私も頑張らないとだもんね」

 メイの滞在中、ユメカとマキさんの仲もかなり向上していた。

 執事のようにメイを見守るマキさんにユメカが共感したのもある。

「新曲はもう出来そうなの?」

 そしてここ数日、ユメカは作詞作曲をしている。

「あ~…それはまだ、でも明日には打ち合わせがあるからある程度形にはしたいんだけどね……たいへんだぁ ははは」

 乾いた笑いの中に焦りのようなものが見える。

「ボクがいない方が仕事も捗るかもだし、焦らない方がいいよ?」

 健気なメイの言葉にユメカの心が抱きしめられる。

「えへへ、めーちゃんがビックリするような曲を作っておくね」

「うん…あ、あと改めて…忙しいのに魔法を教えてくれてありがとうでした」

 ぺこりと頭を下げる。

 ユメカは作業の傍ら、メイに簡易魔法を教えていたのだ。

 簡易魔法というのは、学園で作られた魔法で、利便性や平易性を重視した体系となっており、術者の『真価』をエネルギー源にしている点が特徴である。

 得意不得意はあるが、一部の才能が無くても習得が可能である点も優秀だ。

「旅をする上ではホント便利だからね、めーちゃんが覚えが早くてよかったよ」

『本当に便利ですな、御業はどうしても戦闘や儀式に特化しておりますから、あのような魔法があるなど、目から鱗でした』

 マキさんのどこに目があるのだろうとユメカとメイは想像する。

「うふふっ…そろそろセイガ達が来る時間じゃない?」

 約束の時間が近い、心も身体も元気…いっぱいだ。


 ユメカの家の最寄りの公園、そこにウイングが停められている。

「!……おはよう♪体調は大丈夫かい?」

「今日は寝坊しなかったようだな…ってユメカさんその恰好は!?」

「え?部屋着だよ?」

ふわもこの素材の肩を軽く摘まむユメカ

「す…凄くイイっす、兎みたいに可愛らしい!」

 ハリュウが震えながらグッドサインを送った。

 セイガも最初についそこに目が行っていたのだが、それはナイショだ。

「あはは、ウサギはいいね♪…それより気をつけて行ってね、めーちゃんをキチンとエスコートしないとダメなんだからね?」

「勿論、オレに任せておいてください!」

 ハリュウがメイの肩を叩きながら宣言する。

「痛いよバカハリュウ!」

「もう…だからそれが心配なんだよぅ…めーちゃんを傷つけたりしたら承知しないんだからっ」

 ユメカは表情こそぷんぷんとしてるが、メイとハリュウがお互いに気負っていないのは嬉しかったりした。

「俺も気を付けるよ、ユメカの方もサラさんがついているとはいえ気を付けて…仕事の方上手くいくように祈っているよ」

 ユメカの傍にいられないのは正直不安だった。

 でも、互いに決めたことだから…全力でいこうとセイガは改めて思う。

 登り始めた太陽の光が周囲を照らす。

 旅立ちの日にふさわしい、爽やかな気分だ。

 今回もハリュウが操縦して、後方の旅客部にセイガとメイが乗り込む。

「ほいっと」

 ハリュウが軽く飛び上がると、ウイングの操縦席が開いて、そこにスポッと身体を沈めた。

 旅客部背面にはドアがあり、セイガがそれを開く、使い方は前にハリュウに教わっていたので問題なく操作できた。

「…いってらっしゃい」

 ユメカが少し、寂しそうに微笑む。

「ゆーちゃん…行ってくるね」

 まずは勢いよくメイが入る。

「行ってきます、必ず無事に帰ってくるよ」

「……頼んだ…よ?」

「ああ、大丈夫だ」

 ドアを閉め、ロックを掛ける、それに呼応してウイングのエンジンが鳴動する。

 ユメカは離れると、大きく手を振った。

「…!!」

 声はエンジン音にかき消されて聞こえない。

 そして、ウイングが垂直に上昇し…空中で停止。

「いってらっしゃい!!」

 ユメカの声を合図に、ウイングは朝日を受けながら飛行を開始した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る