第3話
もうひとつの真なる世界、ワールドとも呼ばれるこの世界は様々な意味で想像を超える広大な世界だ。
この世界に来たばかりのセイガには特に、それは眩しく思えた。
セイガとユメカとレイチェル…3人は共に別の世界、ここでは枝世界と呼ばれる別の場所から、ある時に再誕、新たに出現した存在だ。
レイチェルの話によると『ここ』の人口の70%ほどが再誕してきたもので、残りはその子孫や特殊な事情のものだという。
そのせいだろうか、この世界の風景は昼間でも空に幾つかの月のようなものが見える以外は基本的に自然豊かなものなのだが、あちらこちらに視線を伸ばすと不思議な形状の建造物やら、巨大な塔やら、時代も文化も様式も違う異質が幾つも存在していた。
そのうちのひとつがこの『
白を基調とした落ち着いた雰囲気の幾つもの校舎、一見それはやや古い、近代の建築物のようにも見える。
しかしその本質はもっと高度な科学を基盤としたものだ。
大きな正門も、格式高い大理石を使っているが、内部構造はテクノロジーが組み込まれた防壁でありセキュリティの塊である。
そんな正門のすぐ外にふと、緑色の魔法陣のようなものが浮かぶ。
それは光を吹き上げると…
「はい到着、通常ゲートはセキュリティの関係上学園内には発生させられないからここで我慢してね」
そう説明しながらレイチェルが現れた、すぐ後ろにはセイガとユメカもいる。
「いえいえ、ここまでだとしてもとても楽ですよ、ありがとうございます」
セイガの家はこの学園からはやや離れている、セイガ一人なら走ればいい話だがユメカのことを考えるとやはりテレポートは嬉しかった。
「ふえー、何度経験してもテレポートってスゴイですよね…なんか身体がバラバラになって再構築された気分だよ」
両手で身体を擦りながらユメカ
「確かに…そんな原理のテレポートも存在するらしいですね、このテレポートゲートはある空間と空間をテレポートゲートで結ぶタイプだから人体には影響はないの…安心してね♪」
一番慣れているレイチェルが説明してくれる。
彼女は学園の教師なので、許可のある区域での『通常テレポート』(緑)の権限が認められていた。
因みに学園の持つテレポートゲートにはその他に、特殊な場合にのみ許可なく使用が可能な『緊急テレポート』(赤)と遠くの施設同士を結んでいる『定位置テレポート』(青)が存在する。
「凄い技術です、まさか人間が空間を渡るなんて…」
セイガはそのまま、自分の手をじっと見る。
「ふふ、セイガだって似たようなコトが出来るもんね☆」
「ああ、だからこそ驚きというか…実感が追いつかない面もあるよ」
青い空を見上げる。
子供の頃…枝世界での記憶は一部曖昧なものだけど、セイガは鳥や虫、空を飛べる存在に憧れていた。
そう遠くない未来、人が空を飛べる日がくると誰かに聞いてからはなおのこと空へと希望を膨らませていたものだ。
そして、このワールドに来て…
セイガはその夢を一部的にだが叶えることが出来た。
ここは望むことを実現できる…広く澄んだ空を見上げながらセイガは感慨に耽る。
するとその空の一角に、大きな翼有るものが映った。
ドラゴンだ。
「ああっ、アレはぁ♪」
ユメカの声に合わせるように鮮やかな緑色の巨体が旋回する。
そして静かに降下を始め、どすんと思ったよりは小さな音をたて着地した。
「わー、なんか前よりも操るのが上手くなったんじゃない?」
「えへへ…そうですかぁ♪」
前屈みのまま二本足で立つドラゴンの背後から、可愛らしい少女の声がする。
しかし、最初に降り立ったのは…気高い炎色のマントを翻し、少し乱れた金髪を払いあげる動作も様になっている、美形の青年だった。
「王が、来てやったぞ」
「エンちゃん♪ 相変わらずカッコよく決めるところはスゴイね」
「ユメカさま、おからだはもうだいじょうぶですか?」
「ルーシア、私は元気いっぱいだから平気だよ☆」
「まあ、夢叶様は常時無駄に元気ですからね」
「コラ、テヌートも相変わらずなんだから」
ユメカの元に次々と集まる3人
王の名前は『エンデルク・ノルセ・プライム』
供である
彼等もまた、セイガとユメカに出会い、苦難を乗り越えた仲間だ。
「相変わらず、ルーシアの聖竜はカッコいいなぁ」
セイガがワクワクした瞳でドラゴン…聖竜を見る。
「えへへ…聖竜さまもよろこんでますよぉ、ここまでありがとうございました」
ルーシアがぺこりと頭を下げると聖竜と少女の間に『竜』の『真価』が浮かび、そして聖竜と共に消える。
これがルーシアの力だった。
「同じタイミングとは奇遇だけれど、流石に時間には正確なようね」
「王は、時間の大切さを知るもの…だからな」
レイチェルとエンデルクの目が合う、美男美女が並ぶ様はまるで絵画のようだ。
「こう見えてエンデルク様は出席する講義、全て無遅刻ですから」
「じゅんびの時間もまいにちかかさないのですよ~」
誇らしそうなふたりの従者に続いて
「それでは、そろそろ時間だから早く学園長室にいかないと、だね」
セイガが腕時計を見ながら建屋を指差す。
普段はいつ戦闘があるか分からないので装飾物は極力省いているのだが、このワールドに来てどうやら時計が気に入ったようで今日は着けているのだ。
6人となった一行はそのまま校舎の一つ、一番大きな建物に入った。
本来、学園に定休日はない。
しかし、本日は特別な措置として休校になっている。
だから、いつもは多種多様な人々が行き交う校内はとても静かだった。
夜も夜間訓練があったり、一部の講義や研究室が動いているので、ここまで人気のない学園はとても珍しい。
そんな静まり返った廊下を6人の足音だけが響く。
「…あれ?」
最初に気付いたのはセイガだった。
長い廊下の先に、誰かいる。
遠くからでも判別できたのは…明らかにそのふたりの存在が大きかったから。
片や身長210cm、がっしりとした肉体に鎧を着け、、大剣を背中に差し、燃えるような赤い髪と赤い瞳を持った男。
片や身長220cm、服の上からでも分かる筋肉、薄い青色の髪と灰色の瞳、褐色の肌を持ち、頭の中心には白い角の生えた女。
その両者が向かい合っている。
殺気はない…けれど異常なまでの気迫がその場に流れていた。
互いに無言…
「ええと…キナ…さん?」
ユメカが恐る恐るといった風に呼びかける、すると
「おお、ユメカじゃないか♪」
鬼の少女は明るく振り向くとセイガ達の方へ歩いてきた。
女の名前は『
「いやね、ホントはモブ沢と一緒に来たんだけどアイツは別の要件があるそうで離されちゃったんだよね」
まるで今まで何もなかったかのようにキナさんは笑い掛ける。
男の方も気にしていないのか油断なく居住まいを正す。
「セイガ…どうやらお前とはよくよく廊下で会う運命のようだな」
そんな軽口をいうのは珍しい。
「ああ…前にも言ったがここは戦場ではない、だからアルザス、俺はここで戦う気はないよ」
「そうだな」
それだけで、ふたりには分かるものがあるのだろう、男も軽く笑った。
男の名前は『アルザス・ウォーレント』、『剣聖』の称号を持つ剣の達人だ。
セイガとは過去に2度、激しい戦いを繰り広げている。
『真価』もセイガと同じ『剣』であり、お互いがお互いにとって特別な存在…
つまりライバルと言える関係だった。
「お前等…我に言うべき事があるのではないか?」
セイガとアルザス、その間にエンデルクが入り込んでいる。
いつも以上に厳しい表情だ。
「我は責任は取って貰うと断言しただろう、王の言葉を忘れたか?」
それは前にこの3人が揃った時に出た言葉…
「ああ…俺はもう二度とユメカを失うつもりはない。必ず守る」
セイガは固い意志のまま熱い目線でユメカの方を向く。
責任…それはアルザスとセイガが戦った際にユメカが犠牲になった…その落とし前のことである。
ユメカは少し恥ずかしそうに視線を背けた。
一同の間に少しの沈黙が流れる。
「自分は…ユメカに返せるものは無い…しかし今後同じことが起きないよう最善を図るつもりだ」
アルザスは、それだけ言う。
生死をかけて戦う道を選んだ以上、不幸は必ず起きるだろう、それを考慮しての言葉だった。
「ふん、許すつもりは無いが…お前等の覚悟は分かった、好きにしろ」
「もうもうっ ひとまず今日は『これから』が本題なんだから今はみんな仲良くしようよぅ…大体私のコトなんだから私が気にしてなければいいでしょ?…ね?」
ユメカが中央に入って笑顔のまま畳みかける。
「全員そろったコトだしもう行こうよ♪」
「ちょぉっと待ったぁぁぁ!」
突然、頭上から声がする。
全員が見上げるとそこには…
「儂を忘れて貰っちゃあ困るのう」
高い高い横壁の細工、その一角に
「とぅ!」
彼はそのまま飛び降りると、見事に着地しポーズを取った。
「謎のおっさん、カッコよく参上」
黒い紋付の着物を着こなした30代ほどの長い銀髪ですらりとした体形の美男子、なのだが
「ほっほっほっ、驚いたじゃろ」
「はい、おどろきました♪」
何故か爺口調の男にルーシアだけが反応した。
「はいはい、それじゃあ行きますよ」
レイチェルは手を叩き、呆れた表情のまま先頭に立つ。
「待ってくれい、儂ここで目立っておかないともう出番が無さそうなんじゃよ」
「知りません」
そのままスタスタと歩く。
「うふふ、
ユメカ他の面々もそれに続く。
「セイガなら分かるじゃろ?このカッコよさを追及する男の美学」
「ええと…分からなくはないのですが…今はそれをやるべきではなかったんじゃないかと思います」
セイガも苦笑しながら
「儂も主要人物なのに扱いが酷い~~訴えてやる~!」
文句を言い続ける上野下野を置いて先へと進むのだった。
『上野下野』、学園の近くの街に『楽多堂』という小さな店を構える店主。
悪ノリと邪推が大好きな点は困りものだが、このワールドでの経験は豊富で何かと頼りになる男だ。
…多分。
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