ウェイクアップ・ロボットブラザー

狂フラフープ

リジェネレイション・オブ・サイボーグ隣のババア

 今年も一年酷い年だ。開けてしばらくバレンタインデーに隣のババアはサイボーグになり、一方のあたしは持ち物検査で新玉ねぎを取り上げられた。

 何のことはない。チョコだなんだとはしゃぐ浮かれポンチ共を狙い澄ましてハゲ担任は朝っぱらから女子高生のスクールバッグをひっくり返して回り、そんなのはじめから持ってないもんねと余裕ぶっこいていたあたしのバッグには狙い澄ましたかのように何故か新玉ねぎがぶち込まれていて、学校に新玉ねぎを持ってくるのはルール違反ですか何が悪いんですか、それは校則の第何条に書かれていますか、突如始まった公開処刑の公開弁論に挑んだあたしの理論武装はなんで玉ねぎ持って来たのの一言でいともたやすく崩れ落ちた。

 わかんない。

 先生もわかんないけど玉ねぎは没収しますね。

 だが犯人はわかる。始業までは時間があるのでどうせ徒歩七分の道程を走って自宅に駆け戻り、その途中に骨粗鬆症で足の骨を折った隣のババアこと堂嶋ふみ子を担いでタクシーに乗り、たったの二時間後にはふみ子の膝下にはチタンとセラミックの複合骨格が、磨り減った膝には人工関節が入り、待合室で覗き込んだあたしのスクールバッグにはテカテカ光る玉ねぎの皮と土とひげ根の切れ端が入っていた。ただそれだけの話。

 学校への連絡を適当に済ませ、あんなことの後で学校には行きたくないので出来るだけ長く病院に居ようとついさっきまでへらへら笑ってちょっとふみ子に感謝してたのに、劣化した裏地だと思った薄片が取れたての早採り玉ねぎの新鮮外皮だと気付いた瞬間にあたしの涙腺は唐突にぶっ壊れ、嘘でしょこんなの絶対玉ねぎ切ったときの硫化なんとかのせいじゃんヤダヤダこんな理由で泣くのは絶対ヤダと待合室で泣いていたら何かを勘違いしたおばさんのくれた飴はあたしの一番嫌いな薄荷のど飴ででも気付けばおばさんはもう居なかったから我慢して食べた。鼻を啜ったのは薄荷のど飴の刺激のせい。

 たぶんあたしには放課後の職員室で教職員連中の薄ら笑いと共に新玉ねぎが返却され、ふみ子には近日中に市役所から三級サイボーグ認定証が郵送される。なぜって骨と人工関節とせっかくなのでちょっと追加した人工筋肉に加え、かねてからの入れ歯と白内障の治療と過度な酒が祟った補助肝臓とハゲ隠しの人口毛髪とを合わせて義体化比率が15%を超えたから。ふみ子は晴れて正式に国が指定するサイボーグ化要件を満たしたのだ。


『いいなァーっ! ばあちゃんいいなァーっ!!』

 そしてふみ子は幼い孫に電話をかけてその気になれば1680万色に光るゲーミング膝関節を自慢している。

 サイボーグと言ってもしょせんは三級だ。非サイボーグとの違いはせいぜい国からサイボーグ用品に使えるポイントが年に二千円分支給され、公共交通機関でサイボーグ優先席が使え、水曜と木曜は映画を見る際に割引が効くことくらいだ。映画に関して言えばババアはそもそもより割引率が大きいシニア割引が使え、これらは重複しないので何の関係もない。そしてあのババアは頑なにバスの優先席には座らない。

 遅れてやってきたふみ子の長男の車に乗るため、ふみ子は孫にまたねと手を振り何故かあたしも孫に挨拶させられた。ふみ子の孫は小学校の低学年ぐらいだろうか。高学年にもなれば自分の両祖父母の義体化比率の合算値で繰り広げられるバトルはクラスの日常風景で、小学校では一番脚の速いジジババの居る男子はとにかくモテる。ババアはタバコも吸うので、そう遠くない内に心肺機能も強化されるだろう。孫にはバラ色の小学校生活が約束されていた。

 それほどまでに小学生間のサイボーグ人気は高い。

 当然、孫にモテたいジジババはこぞって自らの身体改造に年金を注ぎ込む。一説によるとこれは小学生向け漫画雑誌で繰り広げられたプロパガンダの成果であるとの陰謀論がネットの一部界隈で囁かれているが、まったくもってふざけた話だった。

 ふざけた話だった。

 つまり当時あたしが学校でモテなかったのはウチのジジイとばあちゃんが元気溌溂生身100%であることに大部分の責任があって、近視用眼鏡の分であたしより義体化比率が低い祖父母が自慢するのはいつだってデカい大根とかなんか裏山で捕まえたタヌキとかだった。そんなものは休み時間のサイボーグジジバババトルにおいて何の役にも立たず、SNSにアップしてもいいねしたアカウントの平均年齢が40代を越える類の拡散しかしない。

 実際に土手を走らせれば絶対にあたしのオーガニックジジババの方が早いのに、クラスの連中はカタログスペックでしか喧嘩をしない。拳で語ろうとしたあたしは悲しきモンスターとして生徒指導室に繋がれ、かくして夢見たバラ色の学生生活は何処へやら、あたしは小学校時代、休み時間は陰キャとして教室の隅でこっそり野菜スティックを齧る緑黄色生活を送る羽目になった。


 車で送ってくれるというふみ子の長男の申し出を、どうせすぐ近くだからと断りを入れる。でも、と続ける長男の口をあたしは、まだ見舞いに行ってないからの一言で至極簡単に封じ込めた。

 一階はともかく、六階の受付はもうとっくに顔見知りだ。

 エレベータホール隣の受付カウンターを会釈だけして素通りし、そして案内されるまでもない604号室。

 あたしの良く知る特一級サイボーグが寝ている。

 この等級ともなれば、同じサイボーグでも三級のふみ子とは受けられる恩恵の桁が違う。税の減免に高額医療費補助、通信費と交通費はほぼ掛からないしサイボーグ施設はフリーパス。専用の雇用枠に配偶者斡旋、その代わりに有事の際は徴兵に応じる義務まである。そんなサイボーグの名前が、部屋の手前に掛けられたボードに書かれている。

 石杖イツキ。あたしの弟。

 数値の上ではどんなジジババにだってサイボーグバトルでマウントが取れて、けれど足の速さで言えばベッドの上から一歩も動けはしないあたしの弟の戦闘力、つまり義体化比率は事故から三年以上がたった今もじりじり上がり続けている。

 呼吸器の下にはあたしの知らない喉仏があって、頭の中では今でも生意気な小学生のまま、イツキが今どんな声で喋るのかさえあたしは知らなかった。

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